54:可愛い魔王。
生春巻きは、綺麗になくなった。みんなの胃袋恐ろしや事件だった。
明日は魔国に戻るので早めに寝ることに。フォン・ダン・ショコラたちはケルベロス型で寝るらしい。大きくなっている人型だとなんだか違和感があるらしい。
「おやすみ、フォン・ダン・ショコラ」
「「わっふぅー」」
既にケルベロス型になってベッドに寝そべっているフォン・ダン・ショコラの頭を撫でる。大型犬……いいっ。中身は変わらないから、撫でると鼻筋を手のひらに押し付けて来るのも、すごくすごく可愛い。
抱きしめて寝たら、脳内に幸せ物質が溢れ返りそうだなぁと想像していたら、横に立っていたウィルにジトッとした目で見られていた。
「……駄目だからな?」
なんで考えてることが分かってる風なのよ。ちなみに私が何を考えてると思っているんだって聞いてみたら、正解だった。
「そんなに分かりやすいかなぁ?」
「まぁ、こういうときはな」
「ちえっ」
私たちの借りている部屋に戻り、荷物の片付けをしつつ、帰り道の相談。
港町でライスペーパーを買い足すことは前提として、所々にある町にも立ち寄りたい。ここパスコビルで取り扱われている食材が魔国とは全く違ったように、道中の町でもかなり違うはず。見たいし食べたいし、買いたい。ここでの散財は未来への投資なので気にせず買いまくると決めている。
「お前はいつも食べもののことばかりだな」
「あら、悪い? 美味しいもの食べられて、幸せでしょ?」
「ふははっ、まあな。幸せだ。いつもありがとう」
ちょっと呆れたように言われたので、悪いのかと煽りぎみに聞いてみたら、ウィルが楽しそうに笑いだした。それから、お礼と優しいキス。
「せっかくの休暇だったのに、すまなかったな」
「あら、楽しかったわよ?」
お義父さんたち、生きもの、食べもの、いろんな出会いや発見があった。
ちょっと焦りもしたけど、ウィルのおかげでどうにかなったとこもある。
「ウィル」
「ん?」
「ありがとね」
「んっ」
ウィルが破顔してまた柔らかなキスをしてきた。こういうとき、ほんとウィルって魔王らしくないなと思う。もちろんいい意味で。
お風呂を済ませ、ベッドの中で向かい合っておしゃべり。
あのままのフォン・ダン・ショコラで魔国に戻ったら、みんなをびっくりさせちゃうけど、どうしよう。
「認識阻害の魔法か、幻影を掛ければいいだろ」
「魔力は大丈夫?」
「誰に言ってる。ほとんど回復した」
ドヤ顔でそう言うウィルは、ちょっと魔王の名前に違わない尊大さみたいなものがあったけど、ぐったりとして寝込んでいた姿も知っているので、つい笑ってしまった。
「なんだよ?」
「いろんなウィルがいて、可愛いなって」
「ふんっ。また可愛いか」
ウィルは可愛いが褒め言葉に聞こえないと言うけど、可愛いは褒め言葉なのよね。こう、心臓が甘く震えるような、抱きしめたくなるような感じ。そう言うと、じゃあ抱きしめろと命令してきた。
「偉そうにっ!」
「ん?」
今度はいたずらっ子みたいな顔。
ああもぉ、やっぱり可愛いじゃないのっ!





