一章 エピローグ
部活をやってない生徒が残っているには少し遅い時間に、ある部屋で数人の生徒が集まっていた。全員が目を向けている壁には、プロジェクターによって映像が映し出されていた。
「会長。これが例の生徒の模擬戦のデータの全てです」
「そうか」
場所は生徒会室。
言葉を交わしたのは生徒会副会長の椿咲と会長の秋宗の二人だ。
本来ならばコの字型に並べられた机の上座に秋宗が座り、その左右に伸びる机に他の生徒会役員が座っている。しかし、今現在椅子に座っているのは秋宗を含めて3人の生徒会役員だけであり、他の生徒会役員たちはこの場に出席していない。なお椿咲は椅子に座らず秋宗の左後ろに立っているので、この部屋には四人しかいないことになる。
見ている映像は和人達と克己達の模擬戦だ。
「見ただけでは分からないな。他のデータは?」
二人が見ているのは映像だが、これは別にカメラで撮られているわけではなく、他のデータと共に記録されているもののほんの一部だ。
仮想演習場では全ての現象が魔力で再現される。それはつまりあらゆる現象を人為的に作り出しているということであり、コンピュータを用いたシミュレーションとほぼ同義といえる。そして当然、そのデータはあらゆるものを完璧に記録したものになる。
壁に映し出されている映像もあくまで人間が見やすいように映像として出力されているだけで、実際には目に見えていないところまで精密に記録されているのだ。
「それが……持ち出すことが許されたのは映像記録まででした」
椿咲は無念の様子を顔に滲ませて言う。
「そうか」
しかし秋宗はそれについて何かしらの感情を動かすこともせず答えた。
なにも不思議なことではない。この試合に限らず、他の模擬戦のデータだって当事者が許可しない限り全てが公開されることはない。
他の通常──普通科という意味ではない──の高校に比べ生徒会としての特権が大きいとはいえ、それにも限度があるということだ。
「何としても知りたいところだが、先生方が折れることは無いだろうな」
秋宗はずれてもいない眼鏡の位置を直しながら、椿咲に同意を求めるかのように呟いた。
「はい。この場合は本人に直接聞きに行くほうが良いかと」
「そうだな。この生徒は……八神和人は今どこに?」
「彼は今、意識不明のまま医務室で寝ているかと」
それを聞いて秋宗は訝しげな表情をする。
「仮想演習場で戦ったあとに意識を失う、か」
しかし直後に秋宗は、椿咲に見えぬ所でほくそ笑んだ。
「だがこの場合は逆に都合が良いか」
秋宗は小声でそう言ってから椅子から立ち上がる。
「会長、どこに行くのですか?」
椿咲がそのまま部屋から出ようとする秋宗に問い掛けると、席に座ったまま映像を繰り返し見ていた残りの二人も秋宗へと視線を動かす。
秋宗は扉に手をかけたまま振り返ることもなく答えを返した。
「ちょっとした仕込みだ」
◇ ◇ ◇
「……ん」
目を覚ますと見知らぬ天井が……といったお決まりの展開はこの場合は必要ないだろう。和人は目を覚ました時点でここが学校にある病室──医務室の方が正しいのかもしれない──だと気付いたし、自分がどうしてここにいるのかも理解していた。
「……お、ようやく起きたか」
同時に近くに誰かいるということも分かっていたので、真横から発せられた声に不必要に驚くようなことは無かった。
「ずっとここに居てくれてたんですか? 伊月先生」
「はっ。その調子じゃ意識が曖昧になっているということは無さそうだな」
たった今、本から目を上げた伊月は和人の声を聞いて安心したように笑う。
「そしてその質問に対しての回答は残念ながら『ノー』だ。教師というものはそこまで暇な仕事じゃない」
「なら偶々ということですか」
「いや、それについてはどっちとも言えないな。今ここに私がいるのはお前が目を覚ます時期を印南先生が予測していたからではあるが、それと私の空いている時間が重なっていたのは確かに偶然とも言える」
伊月はそう話しながら手に持っていた文庫本サイズの本を近くにあった机の上に置き、姿勢をまっすぐ和人に向けた。
(起きるタイミングを予測……ね。わりと凄いことじゃないのか?)
和人は顔も名前も知らない印南という人物について考えながら、伊月の言葉に返答する。
「待ってくれていたということは分かりました」
「もちろん。いろいろと聞きたいことがたくさんあるからな」
既にいつもの調子に戻っている和人の顔ではあったが、続く伊月の言葉にその余裕を崩されそうになる。
「……というと?」
「謎の爆発や克己の剣をぶった斬ったこと、それに最後の光の玉。今回の模擬戦の事だけでもいろいろと聞きたいところだが……」
含みのある言い方をした伊月に、和人は嫌な予感がしていた。
「私が今質問したいのはお前自身のことだ」
和人からすれば、模擬戦についての質問の方が何倍もありがたかった。
(問題は先生がどこまで知っているのか……)
「和人。お前は、もともと軍に入っていたんじゃないのか?」
どう受け答えをするのかパターンを考えていた和人に、伊月は単刀直入に本題を投げ込んできた。
「さあ、なんのことでしょう」
和人はひとまず、そう誤魔化すしか出来なかった。
「お前のことについていろいろ調べさせてもらった。もちろん学校に記録されている情報には制限がかかっているが、私にも昔馴染みの伝手というものがある」
「……それで?」
「今の軍には公にできない事が多いらしいな。情報元の奴もすべて知っているわけではないが、それでも小耳に挟む程度のことは知っているらしい」
和人は黙って続きを促す。
「三年前、親を殺されて軍に入ったという子供がいたらしい」
伊月の目が鋭く和人の目を突く。
「親が殺されたからと言って軍に入れるというわけで無いと思いますが」
和人が言っていることは当たり前のことだ。たとえどんな事情があろうも、子供が戦場に立つなどあってはならない。
「だろうな。そんなことをしていては先進国の恥だろう」
伊月も一度は和人の意見を認めた。
「だが特殊兵として優秀な者は年齢の垣根を超えてくる。未だ議論は続いているが、魔力的に優秀な親から生まれた子供も優秀なことは多いとも言われている」
「それはただ単に親が特殊兵の場合、幼少期から魔力的な教育が行われているからとも言われていますが?」
伊月が一呼吸吐く隙に和人は反論を繰り出す。
この反論の内容についても確固たる証拠は無いが、数あるなかでも有力とされている説の一つだ。冬美などもこのケースに当てはまるだろう。
「それに、それは子供が軍に入れることの理由にはなっていませんが」
和人の反論を受けて、伊月の目は妖しく光る。
「ああ。だから軍はそれを隠したんだろう。名前も、家族関係も、戸籍さえも誤魔化して」
もしかすると、伊月の目には同情があったのかもしれない。
「学校のデータで私が閲覧できるお前の個人情報は限りなく少ない。特に理由もないのに他の生徒と比べ圧倒的に情報が少ないんだよ」
和人がなにか言い返そうとする前に、伊月は次々と言葉を重ねる。
「なぜ住所に行くと空き家しかないんだ? なぜ親を調べてもなにも出てこない? なぜ親以外の血縁が存在していない?」
和人はゆっくりと口を開いた。
「先生の先ほどの話からするに、先生も元軍人なんですか?」
明らかな話題逸らし。
これは和人にとって負けを認めたも同然だった。
「私だけなにも開示しないのは確かにあれだな。そうだ、私も元軍人だよ。とはいっても、1、2年程度だがな」
伊月がそう言った後、長い静寂が病室を満たした。
和人がやっと口を開いたのは、伊月が部屋から出ていこうと考えたタイミングとほぼ同時だった。
「俺からは何も言えません。ですが、先生も他言無用でお願いします」
伊月の推測を完全に認めるような発言。
実際は伊月の言ったことにはいろいろと間違いが含まれていたのだが、和人はわざわざそれを訂正する気にはならなかった。
「約束しよう」
推測が正しければ自分よりも長い間戦場に立っていたであろう子供を目の前にして、伊月はそれしか口に出すことが出来なかった。
伊月から見える和人の目には、いったいどんな感情が浮かんでいるのだろう。ともすれば自分よりも大人びているところのある和人に、伊月は大人としてどんな言葉を掛ければ良いのだろうか。
その答えが出ることはなく、再び静寂が支配した部屋の中に廊下から足音が響いてくる。
「ああ、もうそんな時間か。おそらく浩太達だろう」
大きく採られた病室の窓からは、夕暮れの柔らかい光が差し込んできていた。本が置かれた机に乗っているデジタル時計は、PM6:00過ぎを示している。もうとっくに今日の授業は終わっている時間だ。
「私はもう仕事に戻るが、あいつらは毎日お前のとこに来ていたんだ。ちゃんと礼は言っておけよ」
そう言って伊月が部屋から出ていき部屋の外で一言二言の会話が交わされた数秒後、病室は賑やかな喧騒に包まれた。
お読みいただきありがとうございます!
ようやく一章が終わりました。思っていたよりも長く(時間的にも文量的にも)しまいましたが、とりあえず一息つけるところまで漕ぎ着けたことに安心しています。
最後少し駆け足だったかなとも思ったのですが、今までスローペースだったのでこういう急展開もありかな、と。
二章からは本編にもあったように生徒会や伊月先生などが多く出る予定です。詳しい和人の過去や何故黒紬に入ったのかなども明かされるかもしれません……。
ぜひ二章もお付き合いしていただけると幸いです!!
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それではまた、次の章で!!