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Black Birds   作者: 本書章人
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一章 8話


 こちらへ向かって歩いてくる克己(かつき)を、和人かずとは睨みつける。

 ゆっくりとだが確実に距離を詰めてくる克己に対し、損傷によってもう飛び上がることすら困難な和人は後退を余儀なくされている。


 和人のギアはたった一回の攻撃を喰らっただけで、既にボロボロになっていた。


 克己の大剣とも言うべきブレード。それがなぜ和人に抑えられていたのにも関わらず、その足を振り払うことができたのか。そして、その後どうやってあれ程までの重量の武装を高速で振り回せたのか。

 それに対する答えを、和人は頭の中に既に出していた。


(魔力ブースターによる制御。知っている物よりもかなり小型化されてるな)


 剣にブースターを付けて高速で振ることを可能にする。

 そのコンセプトは多くの人が考えたことがあるにも関わらず、今まで実現されたことはなかった。歩兵が活躍する場のほとんどが銃撃戦や砲撃戦の近代戦において、近接武器の価値はほぼ無いに等しい。室内戦などにおいても大きく、重い刃物(はもの)を振り回すよりも、小型の火器やナイフのほうが遥かに効果的だ。


 結局そういったものは「ロマンはある」とだけされて、実用化されることは無かった。……数年前までは。


 それらを実用化から遠ざけていた要因である重量や安定性、操作方法など技術面の問題。そして何よりも重要な「費用対効果が薄い」という問題全てを魔力(まりょく)が解決した。


 燃料は使用者の魔力を使うため従来では必要であった燃料タンクが不要となり、壊れやすいブースター関係も魔力を使うものなら単純な構造でも十二分(じゅうにぶん)に効果を発揮してくれる。操作面も使用者が魔力を操作することで扱うためボタン要らずとなり、複雑なボタン操作や操作機構を必要としなくなった──その魔力操作が簡単とは言わないが。

 費用対効果、つまりは実用性という面に置いても、特殊兵ならば通常歩兵よりも近接武器の活躍の機会は多くあるうえに、使わないならマナゾーンにしまっておけばいいというだけの話だ。実際、日本の軍に正式採用されているものだってある。


 そして、その威力は見てもらったとおりだ。


 克己の大剣で()ぎ払われた右腕からは、金属を含む複合装甲ごと断ち切られた人工筋肉の繊維が所々から飛び出しており、見るも無惨な姿と成り果てている。次もう一度まともに喰らえば、それがどこであろうと和人は戦闘不能に(おちい)るだろう。


 先程の攻撃も、右腕を犠牲にしなければそれだけで戦闘不能になっていたかもしれない。現に正面から重い一撃を貰った冬美(ふゆみ)は、今もなお地面から起き上がる気配はない。


(損傷も大きい上に二対一か。さて、どうしたものか)


 和人の前には、克己の他にももう一人の敵がいた。そいつは和人によって壊されたライフルを捨て、今は浩太(こうた)が持っているものと同じ型のハンドガンを構えている。


『おいそっちはどうなってんだ!』


『冬美さんは大丈夫なんですか!?』


 ジリジリと追い詰められていく和人の耳に、不意に浩太と優樹菜(ゆきな)の声が流れ込んできた。


 和人たちが使用している通信機は、スイッチを入れている最中にマイクがオンになるのはもちろんのこと、一定以上の声量を検知した際にも自動的に声が送られるようになっている。おそらく和人が冬美の名前を叫んだのが浩太達にも聞こえたのだろう。


「冬美が斬られた」


 いつも通りではあるものの、和人の事務的な言い方が余計に浩太達の不安を煽った。


 しかし、浩太達の口がなにか発するよりも先に再び和人が口を開く。


「まだ完全にやられたわけじゃない。それよりも、そっちにもそろそろ敵が来るはずだ。こっちは俺に(・・)任せて、お前たちは残りの二人に集中しろ」


 仮想演習場では現実の体に影響を及ぼすような衝撃でない限り、致命傷では無い不詳で落ちる(・・・)──既にやられた克己の仲間のように光の欠片になって消える──ことは無い。なので、冬美も気絶しているだけで完全に戦闘不能になったわけでは無いはずだ。


 和人の発言はただの強がりの様にも聞こえるが、その台詞に嘘はなかった。


 それでも危機的な状況であることに違いはない。浩太達はそれを理解したうえで、リーダーでありこのチームで一番の実力者である和人の言葉を信じるしかなかった。


『分かった。こっちの心配しなくていいぜ』


 浩太は自分のやるべきことをしっかり認識したうえで自信満々に答えた。


「ああ、任せた」


 和人は律儀(りちぎ)(こた)える。


『……頑張ってください』


 浩太ほど自身を持てない優樹菜は、そんな月並みな台詞しか言うことができなかった。


(頑張って、か。これはますます負けられなくなったな)


 そんな会話をしている間にも和人の状況は悪化する一方だった。


 追い詰められていく和人と背後の森との距離は、既に10mも無い。このまま後ろに進めば、木に足を取られ隙を晒してしまう。かといって背中を見せれば克己達は容赦無く襲いかかってくるだろう。


 余程和人を警戒しているのか、それとも「手負いの獣ほど恐ろしい」という言葉に従っているのか、克己達は満身創痍の和人に対しても慎重に距離を詰めてくる。ハンドガンを持っている克己の仲間──名前は聡一(そういち)だがこの時の和人は知らない──も撃ってくることは無い。


 相手がなにかこれ以上のアクションを起こせば、その瞬間攻めるつもりでいる和人だったが、これでは身動きがとれない。


 しかしここで、この模擬戦で何度目かの違和感──勘と言ってもいい──が和人の脳裏に現れる。


(ここまで慎重になるものか?)


 確かに和人はまだ諦めていないし、それを相手も理解しているだろう。だが現在、和人は手に武器をもっておらず、ライトタイプには隠し武器のようなものを収納できるスペースは限られている。


 ここにきてこれ程まで慎重なのは、和人の中にある克己の性格とはかけ離れていた。


(それに、そこまで慎重なのに伏兵の心配はしていないのか?)


 克己達は最初とは違い周囲を警戒することはなく、聡一も和人にのみ集中している様子だ。

 ただの推測や思い違いかもしれない。しかし、さっき自分自身をの命を救った己の違和感(・・・)というものを和人は信じた。


 そこまで考えを巡らせたのと、和人が背後の気配に気付いたのはほぼ同時だった。


(っ!)


 和人は本能的に左へと跳んだ(・・・)──飛んだ(・・・)ではない。


 冬美のライフルよりも少しばかり殺意のたかい発砲音と共に飛んできた銃弾は、和人のバーニアを(かす)めながら反対側の森の奥へと消えていった。


 和人は位置関係の変わった二人から距離を取りつつ、森から出てきた新手に目を向ける。


(チッ。一人戻ってきてたのか)


 和人は心の中で毒吐(どくづ)く。


「浩太、こっちにもう一人来た。そっち行ったのは一人だけだ」


『えっ?』


 突然言われたことを浩太は理解できていないようだった。


 しかし、和人はそれに合わせるほど余裕がない。


「そっちのやつはもうお前の周りにいるはずだ。そいつを片付けたら、なるべくはやくこっちに来てくれ」


 克己達が伏兵を警戒してなかった理由を踏まえたうえで、簡潔に指示する。


『おい! どういうことだよ!』


 返ってくる浩太の声を無視して、和人はすぐに意識を目前(もくぜん)の敵に切り替えた。


 ◇ ◇ ◇


「どうすりゃ良いんだ……?」


 開始地点の空き地の真ん中で、浩太は途方に暮れていた。


 もともと森の中に隠れていた浩太だったが、敵が二人で来ると知らされたタイミングで優樹菜と同様空き地の中へと戻っていた。これは相手に先手を許したとしても、各個撃破される危険を考慮したものだ。

 しかしこれが相手に人数という情報を与え、和人がされた不意打ちに繋がってしまったとは、この時の浩太は気付いていなかった。


『とりあえず、和人さんのことを信じましょう』


 落ち着かない浩太に対して、優樹菜は自分にも言い聞かせるようにしてそう言った。


「そ、そうだな」


 二人が信じた(・・・)ものは和人の言った言葉とその実力、その二つどちらとものことだ。


「それで、どうする?」


 今度は独り言のようにではなく、ちゃんと問い掛けるようにしてその言葉を口にした。


『早く和人さんの援護に行きたいですけど、ここは和人さんの言う通りこっちを片付けてからですね』


 今浩太が和人の飛んでいったところで、残された優樹菜がやられてしまえば人数不利はそのままだ。かといってここから優樹菜が援護射撃を飛ばそうにも、和人に余裕がない無い状態で撃てば和人ごと巻き込んでしまう可能性が高い。

 浩太達は近くに潜んでいるはずの一人をやらない限り身動きが取れない状態だった。


『マナレーダーが使えないのが厳しいですね』


「あっ、確かに!」


 優樹菜に言われたことで、浩太はようやくその点に気が付いた。


 浩太が森に(ひそ)んでいた時には、それを隠すように優樹菜が魔力を散布していたのだが、浩太が優樹菜のもとに戻ってからはそれを()めていた。


 魔力の拡散はかなり早い。同じ場所から()くだけでも周囲一帯50mがすぐに影響範囲内になるほどだ。そしてそれ故に、散布を止めるとその影響もすぐに無くなるはずだった。


 しかし、浩太達のマナレーダーは依然として使用不能のまま。おそらく近くにいる敵が魔力を流しているのだろう。


 このまま相手が隠れたままだと浩太達はなにもすることは出来ない。


『ひとまず、なんとしても誘い出さないと……』


 ()れったくなって今すぐにでも突撃してしまいそうな浩太だったが、それを実行に移す一歩手前で相手をおびき出す作戦が頭に浮かんだ。


「ユキナ、ちょっと思い付いたんだけどよ」


 浩太は周囲の警戒を怠ること無く作戦を伝えた。


『分かりました、それでいきましょう。いちかばちかの賭けになりますけど、このまま何もしないよりかはマシです』


「頼っちまうことになるけど任せたぜ、ユキナ」


『いえ、浩太さんの方が危険な役回りなんですから。お互い様ですよ』


 これ以上時間を掛けることを嫌った二人は、これ以後なにか言葉を交わすことなく作戦を実行に移した。


 優樹菜は今までと同様周囲を警戒し、反対に浩太は地上から飛び立つ。


 浩太が思い付いた作戦は浩太自らが囮となって敵を誘い出し、それを優樹菜が狙うというものだった。相手が出てきてくれるかどうかは賭けではあるが、二人は分が悪いとは思っていなかった。


 後ろを気に掛けながらも、浩太は高度を上げていく。


(ごめん、ユキナ)


 浩太は心の中で再び優樹菜に謝罪した。


 謝罪の理由の一つは、作戦上最も重要な役目を押し付けてしまったこと。

 もう一つは自分が相手を攻撃できない、ひいては優樹菜に相手を攻撃する役目を任せるしかできないということ。浩太は結局、練習の際にも和人を戦闘不能にする程の攻撃を行う事はできなかった。


 2つ目の理由により、優樹菜が想定しているよりもずっと、浩太の中の罪悪感は大きかった。


(いや駄目だ! 今は敵を倒すことに集中しねぇと)


 浩太は頭を振って雑念を振り払い、意識を下方へと向ける。


 敵はスタンダードタイプ。空にいる浩太を攻撃するなら地上から銃で狙わなければならない。必然的に、浩太が高度を上げれば上げるほど狙いにくくなるはずだ。


「くそ、いつくるんだ」


 無意識に浩太の口からは声が出ていた。

 相手が浩太達を監視していたのなら、浩太が飛んでいることも分かってるはず。浩太がこれ以上離れれば相手は撃墜することも追いかけてくることもできなくなるだろう。


 先に浩太の方が痺れを切らしそうになった瞬間(とき)、下方に向けていた目が敵影を捉える。


 敵は出てきたくれた。だが、浩太達の思惑通り(・・・・)出てきてはくれなかった。


 敵は優樹菜の背後から現れた。


「ユキナ!」


 体ごと振り返った浩太が発した切迫した声によって、優樹菜も何が起きているのかを理解した。だが克己の様に接近戦を想定していない優樹菜のギアでは、振り返るのに長い時間がかかってしまう。それこそ、致命的なまでに。


 優樹菜が振り返った時には、既に相手は優樹菜の(ふところ)に潜り込んでいた。正面からならば優樹菜のギアは克己と同等レベルの防御力を誇る。しかし、敵は振り返った優樹菜の横を通り抜けるようにして背後へと回る。


 ギアを着ながらの素早い身のこなし。冬美ほどではないにしろ、相手が自分を上回る実力者であることが優樹菜と浩太にも分かった。


 優樹菜のギアには背後に対しての武装は付いていない。背後に張り付かれてしまった時点で、優樹菜が相手に勝つ方法は無かった。

 優樹菜の背後に回った相手は、冬美が克己にした様にライフルを首元に向ける。

 浩太も敵が見えた瞬間に全力でブースターをふかしているが、間に合いそうにはない。


『んっ!』


 相手が引き金を引いたと同時に、優樹菜も最後の抵抗で後ろに肘打ちをかます。


 何発か優樹菜の首元へと発射されたが、相手も優樹菜の打撃によって姿勢を崩した。

 相手を隙を晒した最初で最後のチャンス。この機を逃せば浩太達が相手を逃がすこと無く仕留めることはできないだろう。


「間に合えぇぇ!」


 浩太がギアを扱うことに関する才能は、平均と比べても高くない。和人は練習を()てそう感じていた。それは浩太にも伝えてあるし、本人も自覚していることだ。


 ただ、魔力的な瞬発力(・・・)については平均を大きく超えた領域にあると和人は思っていた。


 100mはある優樹菜たちまでの距離を浩太はたった3秒で詰めた。


 相手はまだ、優樹菜に(とど)めを刺そうと浩太を気にかけていない。浩太は全力で飛びながらもブレードを構えて相手を狙う。


 しかし、ここで浩太の脳裏に迷いが生まれてしまう。


 その実力があるはずなのに出来ていない。それは心理的な障壁が理由の大半であり、浩太の場合も人を斬ることに対する躊躇(ためら)いがあるのが理由だ。躊躇いが生まれるのは浩太の心が善良であり、優しいからとも言えるが、それは同時に浩太自身の甘えでもある。


 思わず手を引いてしまいそうになった時浩太の中に、父から言われた言葉が蘇った。


 ──優しさで救われるのは仲間とお前自身だ。でもな、優しさで死ぬのもまた、お前とお前の仲間なんだ。


 小さい頃に教えられ、その意味を実体験として幼い浩太の心に深く刻み込まれた言葉が、浩太の最後の迷いを打ち消した。


 練習で出来ないことは本番でできることはない。昔から言われていることではあるが、浩太の場合足りないのは技術ではなく、覚悟だけだった。


「うおぁぁぁ!」

 ギアの構造上、ギア自身が音速を超えることはない。しかし、浩太の瞬間的な加速力と腕の人工筋肉の瞬発力により、ブレードの切っ先が音速を超えた。


 ブレードを振る瞬間、浩太の気迫に気付いた相手が急いで回避しようとしていた。しかし直前で気付いたところで(かわ)せるわけもなく、辛うじて庇うことが間に合った腕ごと、浩太のブレードは相手の体を両断した。


 初めて人を──仮想体とはいえ──斬ったことは浩太に小さくない衝撃を与えたが、その余韻(よいん)(ひた)る間もなく突然の爆発が浩太を襲った。


「なんだ?!」


 爆発で地面に叩きつけられたまま浩太は辺りを見渡すと、少し離れた位置に優樹菜が浩太と同様に地面に倒れているのが見えた。

 爆発の中心地は浩太と優樹菜の丁度()(なか)。浩太が斬った敵がいた場所だ。


『敵が最後に自爆したみたいですね……』


 浩太が結論に辿り着く前に、優樹菜が答えを独り言のように漏らした。

 声に沈痛な響きがあるのは、いくら仮想演習場の模擬戦とはいえ、自爆という行為に対する忌避感があるからだろう。


「ユキナ、大丈夫なのか?」


 浩太からでも優樹菜が首元を撃たれたところは見えていた。通信機から流れてくる優樹菜の声にそう問いかけるが、返事は帰ってこなかった。


「ユキナ?」


 ここで、自身の通信機がおかしくなっていることに浩太は気付いた。

 まだ多少視界がぐらつく中、メットを外して優樹菜へと歩く。


「ユキナ、わりーけどオレの通信機(ヤツ)が壊れちまったみてーだ」


 メット越しでも聞こえるように浩太は声を張り上げる。


「あ、そうなんですね」


 優樹菜はこのままでは話しにくい──主に浩太が──と思ったのか、メットを外してから(こた)えた。


「それで、大丈夫なのか?」


 先程聞けなかった質問をする浩太に、優樹菜は苦い顔をする。


「いえ、多分もう限界が近いですね……」


 仮想演習場では、即死の攻撃でなくとも致命傷であれば時間経過で戦闘不能になることがある。これは現実での出血量などを考えたもので、それについては既に練習の時から知っていた。

 自分がこの(さき)戦えるかどうかの自己認識は重要なことだと、和人から念を押して言われていた。


「浩太さんは大丈夫ですか?」


「それが最後の自爆にやられてワリとボロボロになっちまった。もうあんまり飛べねーな」


 浩太は自爆を背中側から受けてしまっていたので、ライトタイプの命とも言えるバーニアが大きな損傷を受けていた。

 実は、自爆を受ける前から浩太の瞬間的な爆発力にギアが絶えられずに、(なか)ば自壊するように損傷していたのだが。


「すみません浩太さん、あとは任せます。和人さんをよろしくお願いします」


「おう任せとけ!」


 和人に返したときのように、浩太は自信満々に宣言した。


 安定しない飛行姿勢のまま、光となって消えた優樹菜を背後に浩太は森の上に飛び上がる。




 和人達がいるはずの空き地で爆発が起きたのは、浩太が飛び立ってから3分程、丁度和人を視認したタイミングだった。


「カズトォォォ!」


 何が起こったのか分からぬまま、浩太は喉が張り裂けんばかりに叫び、手に持つブレードを和人へとぶん投げた。


 ◇ ◇ ◇


 時は少し遡る。


 克己達を前に、和人はまだ隙を見出(みい)だせずにいた。


 相手は三人。(うち)二人は銃を構えていて、もう一人も今は大剣しか持ってないが、まだ隠し武器が無いとは言い切れない。

 和人が逃げるような姿勢を取ればすぐに撃ってくるだろうし、逆に相手が仕掛けてくれば、その瞬間和人も攻めに転じるだろう。


 ひりつく緊張感の中、長い間小康(しょうこう)状態が続いていた。


『ユキナ!』


 その時、突然和人のメット内で浩太の声が大音量で流される。


(向こうが動いたか)


 更にそれに続いて、浩太の気合の叫びと金属を斬り裂く破砕音が鳴り響く。


(これは……浩太がやってくれたか。まったく、本番になってようやくか)


 克己達も仲間がやられた音を通信で聞いたのだろう。一瞬和人から注意が逸れる。


 呼吸一回にも満たぬ時間。


 しかしそれは、和人が距離を詰めるには十分すぎるほどの隙だった。


 森の中から不意打ちをしてきた相手──名前は邦彦(くにひこ)──へと瞬時に接近し、克己の方へと蹴り飛ばす。そのままハンドガンしか持っていない聡一を無視して克己へと距離を詰める。

 相手も立て直してきている。しかし、克己が右手に持つ大剣の方へと邦彦を蹴り飛ばしたせいで、克己が大剣を振るには一度仲間を迂回するように剣の軌道を変えなければならない。


 そのまま足元に落ちていたナイフを拾いながら、克己に肉薄する。


克己(こいつ)さえ落とせば!)


 いくら魔力で加速できるとしても、直線的に振れないならば相手の大剣より和人のナイフの方が先に克己へ届く。


 だが、克己は味方がいるのを関係無しに大剣を振ってきた。


 蹴り飛ばされた影響で体勢を崩していた邦彦は当然()けきれる訳もなく、大剣は脇腹(あた)りを(えぐ)るようにして和人へと迫ってきた。

 同士討ちだろうと克己ならやりかねない。そう思っていた和人はすぐさま身を引こうとした。しかし、ここで和人にも予想外なことが起きる。


 逃げようとした和人を、邦彦が脇腹を斬られながらも掴んできたのだ。


(なんなんだよこいつは!)


 変な姿勢でつんのめってしまった和人に大剣が襲いかかる。


 体を逸らしてなんとか威力を(やわ)らげようとしたものの、二度目の重い斬撃は和人のギアに大きな損害を与えた。

 和人の体が再び宙を舞う。大剣の切っ先が(かす)ったメットが、和人から離れた位置に落下した。


 メットが外れる程の衝撃に襲われたことで、平衡感覚を含む様々な感覚が狂わせられる。今度は受け身を取ることすらできずに落下した和人に、一足先に起き上がった邦彦が銃を向ける。


(くそ、早く立たないと)


 体を起こそうと足に力を入れると、左足からバランスを崩してしまう。和人の左足の付け根には、右手と同様人工筋肉ごと断ち切られている跡があった。


 スラスターも使いながら無理矢理起きようとした和人を、聡一が後ろから押さえつける。

 背中に膝を押し付けられて、今度こそ和人は身動きが取れなくなってしまった。


「動くな!」


 聡一がハンドガンを和人の頭に向けながら、裏返った声で脅してくる。


 いくら和人でもスタンダードタイプに重量と人口筋肉の量で負けているライトタイプで、下から聡一を()退()けられるほどのパワーは出せない。


「よお。和人(カズト)、だったか?」


 地面に(たお)()す和人に拡声器を使って話しかけてきたのは、大剣を肩に担ぎなおした克己だった。その声には、隠しきれぬ愉悦の色が滲んでいる。


「危ないところだったぜ、全くよぉ」


 克己は話しながら、地面に落ちていた和人のライフルを踏み抜く。ヘビータイプの重量に耐えきれず、まるで重機に押し潰されるような音を立てて金属がひしゃげていく。


 克己はそのまま和人に止めを刺しに来るのではなく、自分の後ろに倒れていた冬美へと足を向けた。


「ぉい。や、めろ」


 衝撃の影響で和人の呂律(ろれつ)は上手く回らない。


 しばらく時間が()った今でも、冬美はまだ目を覚ましていない。


 その冬美を、克己は首を掴むようにして持ち上げる。


()めろ)


 持ち上げられることで、耐えきれなくなったように冬美の頭からメットが外れた。


 メットから解き放たれた黒髪が宙に揺れる。


 その情景は和人に否応(いやおう)なく一つの記憶を思い出させるものだった。


(頼む、()めてくれ)


 ギアを着た男が女を持ち上げ、その首筋に刃を当てている。


 黒く長い髪が女の後ろに流れる。


()めろやめろヤメロめろ)


 そして、それを何もできずに地面に這いつくばって見ている自分。


(もう、()めてくれよ……)


 記憶の奥底から這い出てくる過去(トラウマ)に和人の意識は引きずり込まれていった。


 ◇ ◇ ◇


 自分の手で持ち上げた冬美の首に、金属装甲すら容易に斬り裂く大型のブレードを当てる。


 このブレードは、克己自らの父が経営する会社で作られたものだ。実際にはもっと高性能な製品(オリジナル)があるのだが、それは現役の特殊兵の中でもエースクラスの人物が使用しているもので、克己が使っているのはそれを扱いやすいように調整された特注品(レプリカ)だ。


 性能が抑えられているとはいえ、この武器がもたらした結果に克己は笑みを(こぼ)さずにはいられない。

 まず予想外の強さを見せ、克己の見立てでは冬美以上の強さを持つ和人を打ち負かしたこと。そして、一度は自分を負かした冬美を奇襲される(・・・)かたちからそれを()()けたこと。


 克己は自分の手にぶら下がっている冬美と地面に倒れている和人を見て、今一度満ち足りた充足感を感じていた。


 そう、克己はこの時勝ちを確信していた。


 故に突然起こった爆発に対して、冷静な判断力を示すことが出来なかった。


「なんだ!?」


 聡一が和人を押さえていた場所で、粉塵を10m以上巻き上げるほどの爆発が突然起きる。


 その爆発は(ほの)かに青かった。

 だが青い爆炎があがったのではない。巻き上がる砂煙に反射するようにして、青い光が爆発の全体を照らしている。


 規模に反して小さすぎるとも言える爆風を感じながら、克己の目は爆煙の中に吹き飛ばされている聡一の姿を捉えた。


 さっきまでほとんど損傷の無かった聡一の姿は、見るも無惨な姿へと成り果てていた。爆発の衝撃で壊れたのではなく、まるでSF映画のレーザーに撃ち抜かれたかのように体の至るところに穴が空いている。


 視点を下に戻すと、パラパラと巻き上がった土や草が落ちてくる中から一つの影が見える。右手が不自然に垂れ下がり、背中に翼のように広がっていたバーニアの片側がもがれた姿。


 克己はそれが見えた瞬間に冬美に先に(とど)めを刺すか、すぐさま邦彦に影に向かって撃つように命令するべきだった。それが最終的な結果を変えれたかどうかは(さだ)かではないが。


「カズトォォォ!」


 判断力が鈍っているせいで克己がまだ何をするか決断できていない中、拡声器を使っていないとは思えないほどの声量で、男の声が克己のいる空き地に届いた。


 落ち着いてきた土煙の奥から、空を飛ぶライトタイプの姿が現れる。


 何もできずに硬直していた邦彦と違って、克己はここで判断力を取り戻した。


「撃ち落とせ!」


「……あ、ああ!」


 混乱していた頭に命令・・という単純な行動理由を与えられたことで、邦彦が命令を受けてから実行に移すまでの時間差(タイムラグ)はほとんど無かった。


 違和感を訴える脇腹を無視して、邦彦は浩太へとアサルトライフルを向けて引き金を引く。


(よし、当たった!)


 邦彦はあまり射撃が得意ではなかったが、偶然の結果か邦彦のライフルから放たれた銃弾は、何故か(・・・)ヘルメットを着けていなかった浩太の頭へと命中した。

 光となって消えていく敵の姿を見ながら、弾が当たったこと克己からの命令を上手くこなせたことに安堵していた邦彦は、視界外で起きていたことに全く気付いていなかった。


 ゆっくり和人へと目を戻そうとした邦彦はゼロ距離まで近付いていた和人と目が合った。


 首筋に当てられるナイフ。


「ヒッ!」


 金属の装甲()しだというのに、命を奪う道具の冷たさ(・・・)というのを邦彦は確かに感じた。


 しかし邦彦に最も恐怖を与え、その心まで氷漬けにしたのは、目に映ったもの全てを飲み込むような何も反射しない暗く冷たい和人の目だった。


(クソ)が!」


 ギアを着ている邦彦の首をナイフの一振りで跳ね飛ばした和人を見て、克己は左手で掴んでいた冬美を投げ捨てて臨戦態勢に入った。


(なんなんだ! アイツは!)


 和人はいつの間にか、どこから現れたか分からない長身のブレードを手に持っていた。

 和人の目はすぐさま次の獲物へと向けられる。


 ブゥン、と空気を震わせながら(はし)る大剣を和人はギリギリで避けながら、恐れること無く間合いの中へと踏み込んでくる。

 普通なら回避不能の斬撃を何度繰り返しても、和人に全て()らされ、受け流されていく。


(どうなってんだよ!)


 相手は片腕を使えず、ギアのパワーも武器の性能も明らかに克己が(まさ)っているというのに、未だに克己の大剣は和人のギア本体には(かす)りもしない。受け流されること前提で大剣を操っても、まるでそれを知っていたかのように今度はそちらへと流されてしまう。

 攻めあぐねる克己とは反対に、和人は受け流した隙に克己の関節部へと攻撃を重ねている。圧倒的に有利な状況の中、克己だけがダメージを蓄積させていった。


 攻撃を(さば)いているはずの和人の目は大剣を追っているのではなく、克己の顔へと常に向けられている。近付いたことで肉眼でもよく見える和人の顔には感情が抜け落ちたように表情が無く、目を見ているとその深淵に吸い込まれるような錯覚を克己に起こす。


(クソクソクソ!)


 克己の焦りと苛立ちが乗った一振りは、さっきまでより大振りになってしまった。和人はそれを見逃さず、受け流した大剣が地面へと突き刺さるようにブレードを傾ける。

 和人が何をしようとしているのかさとった克己が大剣を急いで引き戻そうとすると、今度はそれを待っていたかのように大剣を押し返される。


 自らの膂力(パワー)と大剣のブースター、そして和人の後押しによって克己は敵の目前で両手を上げるような無防備な姿勢になってしまう。


 克己の首筋へと迫りくる刃。


(今だ!)


 克己の膝から散弾が発射される。通常の弾のように見えて、それら一つ一つが榴弾という両刃(もろは)(つるぎ)とも言える兵装。


 克己が最後の最後まで残していた隠し玉も、和人は倒れ込むように体を後ろに逸らして回避した。


()けられた……だが!)


 和人は今、上体を完全に空へと向けた姿勢になっている。これなら避けることも受け流すことも出来ないはず。


「ぬおあぁぁぁぁ!」


 大剣のブースターを無理矢理使って体を戻して、和人へと必殺の刃を振り下ろそうとした克己は、目を疑うような光景を目にする。


 まるで逆再生のように不自然な動きで体を戻した和人は、振り下ろされる大剣を手に持っている薄いブレードを使って両断(・・)した。


「は? なにが……」


 何が起こったか理解できないまま克己は自分に向かって手を伸ばしてくる和人を呆然(ぼうぜん)と見つめる。伸ばされた和人の左手は、克己の首元をガッチリ掴んだ。


(だが素手それでどうやって俺を倒す?)


 重量差と耐久の違いで、大剣を両断したブレードはもう使い物にならないほど刃こぼれして、今は地面に投げ捨てられている。

 予想外の出来事が立て続けに起こったショックから立ち直り、今一度余裕を取り戻した克己は、再び目を疑うようなもの(・・)を見た。


 動かせないはずの和人の右手が持ち上げられている。そして、その両手に握られるようにして青白い光の球体が浮かんでいた。


 嫌な予感がして刀身が3分の1程度しか残っていない大剣を振ろうとした時、背後から放たれた弾丸が克己の肘裏を(えぐ)る。


(っ!)


 眼球だけ動かして見た先には、地面に倒れたままの冬美が和人の持っていたハンドガンをこちらに向けていた。


 光の玉が克己の胸部装甲へと吸い込まれるようにして接触し、和人の右手がそれを押し潰すように克己の装甲へと当てられる。


 気付いた時には克己の意識はカプセルの中の現実の体へと戻っていた。


 ◇ ◇ ◇


「なにが……起きたんですか……?」


 優也(ゆうや)の声に答えられる者はこの場にはいなかった。


 軍属経験のある印南(いんなみ)も、実戦経験(・・・・)のある伊月(いつき)でさえも、今目の前で起きたことを(にわか)には信じることができなかった。


(何が起きた……。いや、何を起こしたんだ、和人)


 伊月は全身を硬直させたまま、目の前にある画面に映る和人を見る。


 和人が押さえつけられていた場所でいきなり爆発が起きたと思ったら、その()、人が変わったように克己を圧倒しだした。

 相性で劣るギアとの至近距離での攻防、それは力や技術だけでやれることではない。一つのミスで全てが終わる緊張の中、そのプレッシャーに負けずに成し遂げる精神力が必要だ。それは、伊月にとっても容易なことではない。


()は、いったい誰なんですか?」


 伊月を優也と挟み込むようにして立っていた印南が隣に立つ伊月に問うた。


 「彼」としか印南は言わなかったが、それが和人を指していることは伊月にも優也にも理解出来た。


「どこの生まれなんですか?」


 どう返答するか悩んでいる伊月に印南が質問を重ねる。


「彼の実家は良家です」


「それ以外には?」


 伊月の短い答えに、印南は不満を隠そうともせず更に問い掛けた。その顔には「あなただって何を訊かれているのかわかってるでしょう?」という意思が表れている。


「いえ、それだけです」


 ただし、伊月もこれ以上なにか言うことは出来なかった。


 国防にも関わっている黒紬(くろつむぎ)高校では、入学時に通常の教育機関に比べて徹底的とも言えるほど身辺調査が行われる。そして黒紬の教員たちは多少の違いはあれど、多かれ少なかれ生徒の情報データベースにアクセスできる。


 入学以来の騒動で和人について調べる機会があった伊月だったが、そこで分かったのは和人が一般的な家庭(・・・・・・)よりも裕福な家で生まれたということだけだ。

 (いち)教員である伊月が()()る情報が限られているし、なによりも黒紬(ここ)にくる者のほとんどが良家の生まれである。逆に一般家庭なのであれば、そちらの方が怪しいと思うことだろう。それゆえ、伊月もそれほど疑問に思わず調べるのを止めてしまっていた。


 その点で言えば、伊月よりも印南のほうが触れることのできる情報は多いだろう。

 それに気付いたのか、伊月の口が閉じられているのを見てこれ以上は無駄だと分かって、印南が再び口を開くことは無かった。


 代わりにという意思があったのかは分からないが、今度は優也が口火を切った。


「とりあえず、和人(かれ)が今までになかったほどの逸材であることは間違い無いですね」


「だな」


 伊月は口に出して肯定し、印南は黙って首を縦に振った。


 今までにも入学時点で、ああなる前(・・・・・)の和人程度の実力者ならば黒紬にもいた。例えば現生徒会長である秋宗(あきむね)もそうだったし、2年生にもそれ以上の資質を持つ生徒が存在する。


(だが今の(・・)和人と比べた時、果たして横に並べる者があいつ(・・・)以外にいるだろうか……)


「それよりも伊月先生。アナウンスをされては?」


 印南に言われたことで、伊月は自分が審判の役割だったことを思い出した。

 目の前に置かれているマイクのスイッチを押そうとしたタイミングで、さっきまで克己を倒した姿勢で固まっていた和人が全身の力が抜けたように崩れ落ちた。そしてそのまま、光となって姿を消す。


 負傷の影響が限界に達したんだろうと思った伊月と優也に対して、専門家である印南がいち早く異常に気付いた。


「今のおかしくありませんでしたか?」


 普通やられた時には、克己の様に意識が残った状態で落ちる(・・・)。しかし和人は意識を失ってから、それに合わせるように落ちたように見えた。


 それが何を意味するか理解出来た印南は、出遅れた二人に(さき)んじて右後ろへと振り返った。

 その視線の先には、カプセルがある部屋へと続く扉の隣に一つのパネルが埋め込まれている。パネルには等間隔に並べられた白い長方形の(うち)3つが緑色に、一つが赤色に点灯していた。


「印南先生、いったい何が……?」


「その話はまた後で。私は今から仕事をしなければなりません」


 経験の浅い優也を置いて、躊躇なく扉の中へと入っていった印南の背中に伊月は続いた。


 お読みいただきありがとうございます!


 ようやく戦いが終わりました……。書き始めると想定していたよりもどんどん長くなってしまい、いつの間にやらこんな長さになってしまいました。戦闘シーンももっとスマートに書ければよかったんですが、今の私ではこれが限界です。あとは皆さんの脳内補完でかっこよくなっていることを願っています。


 さて、克己との試合も終わったということで次のエピローグで一章としては結末を迎えることになります。二章がどうなるのか、という今後の展開に繋がることも書いていますので、ぜひエピローグを楽しみに待っていてください。

……とりあえず一区切り付けれるので筆者としては安心できてます。


 最後に、よろしければブックマーク登録や高評価をしてくださると嬉しいです!感想などもお気軽にどうぞ!!

 面白いと思ってくれた方や、次の話が楽しみという方はぜひよろしくお願いします。


 それではまた、次の話で!!

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