一章 5話
和人たち四人は訓練棟の中を歩いていた。
入学式の日から4日経ち学校の暮らしにも慣れてきた今日、ようやく仮想演習場を課外でも使用できるようになった。
とはいっても数に限りがある仮想演習場を使うためには事前に予約が必要であり、和人達は今日、金曜日の午後5時から7時までをおさえていた。
「いやー、2時間も使えるなんてな!」
「そうですね。事前に先生に伝えておいて良かったです」
前を歩く浩太と優樹菜が楽しげに話している。
「言っておくが遊びじゃないからな」
和人はそんな二人に後ろから小言を言いつつ、内心では不安を感じながら歩いていた。
「分かってるって」
「も、もちろんです」
二人が振り向きながらそう言う。しかしその顔はお世辞にも分かっているようには見えなかった。なんとか引き締めようとしているのは分かるが、それでも緩む口元を隠しきれてはいない。
(浩太はともかく、優樹菜までこんな調子だとどうなることやら)
隣を歩く冬美の顔は相も変わらずな表情ではあったが、今はそれに安心感を覚えていた。
「何見てるのよ」
和人に見られていることに気付いて、冬美が不機嫌に文句を言った。
「あぁ、すまん」
和人も無意識に見す過ぎていた事に気付いてすぐさま視線を逸らした。
冬美の不審そうな視線はまだ向けられているが、それから気を紛らわすように授業で仮想演習場を使ったときのことを思い出す。
ウォーギアの授業とはいえ、そのギアの特性は人それぞれで一纏めにできるものではない。そのため今までの授業では簡単な動作確認と、ギアを動かすために必要不可欠な魔力操作の訓練だけだった。
先生の話によればこれからの授業でもほとんど基本動作の訓練か、実戦形式の訓練しか無いらしい。皆使う武器もギアの運動性能も違うのだから、効果的な訓練メニューが全く同じになるようなことはほぼない。それこそ実戦ぐらいしか無いのだから、授業内容がそうなってしまうのも致し方ないことと言える。
ならば個々人のギアに合った練習はどうするのか。それはほとんどが生徒任せになっている。
もちろん教員に個人で直接指導してもらえるようお願いすることはできるし、そのための教員も日替わりで待機している。しかし、生徒の数に対し教員の数は圧倒的に少ない。なので、黒紡の生徒は自分で自分にあった訓練を考え、自己鍛錬していかなければならないのだ。
つまり和人たちも今、チームでれっきとした戦闘訓練を行うために仮想演習場に来ている。和人たちが確保している場所以外の部屋も、既に他のチームの予約が入っている。
「強くなれるかどうかは自己責任、か」
三田村先生の言った言葉を口の中で噛み締めていると、ようやく予約していた仮想演習場の部屋の前へとたどり着いた。
我先にと入っていく浩太に続いて和人たちも中に入ると、そこには普段授業で使うときのような大きなモニターのある待合室は無く、すぐに二つの扉へと繋がっていた。
何も言わずともすぐに男女二手に分かれて扉をくぐり、後ろ手で鍵をかける。
奥にある部屋は普段と同じようなロッカールームとなっていて、和人と浩太はそこに学生端末以外の物を置く。とはいってもほとんど荷物なんて持っていなかったが。
二人は上着も脱いでロッカーの中のハンガーに掛け、靴を履き替える。着替えることも考慮された部屋ではあるが、和人たちは服を替えることはせず、上着だけを脱いだ状態でさらに奥の扉へと向かう。
その先はロッカールームよりも広い空間となっていたが、窓もない無機質な白い壁や天井がその大きさを錯覚させていた。
そして床に設置されているまるでSF映画にでてくる冬眠カプセルのような機械が一際異質な存在感を放っていた。
「ここは6台しかないのね」
いつの間にか別の扉から入ってきていた冬美が、後ろに優樹菜を引き連れたまま意外そうな声をあげた。
和人と浩太よりも少し遅れた女子陣だったが、男子陣と違い上着を脱いでいるわけでは無かった。
「意外でもないだろう。そもそも普段使ってるような30人同時に使用できる仮想演習場が一私立学校にあることの方がおかしい」
「確かにそうね。この学校のスケールのせいで感覚が麻痺していたわ」
「ふふふ、そうですよね。私も本当にここが私立の学校で、しかも学費がタダなんて信じられないです」
黒紡に対する国からの私学助成金の金額は公にはされていないものの、入学してからの四日間で既にこの学校の資金力というものは嫌というほど思い知らされていた。
「オレはこれを使ってもいいよな」
「どれを使おうと一緒だ。好きにしてくれ」
一番端のカプセルの前に立っていた浩太に返答しつつ、和人もその隣のカプセルの前に立つ。開かれたままのカバーの中には、黄緑色のジェルのようなものが拡がっていた。
和人は躊躇いなくそこへ横になる。身長が2mある人でも問題なく飲み込む大きさのジェル状のマットは、見た目通りの柔らかさと反発力をもって和人の体を包み込んだ。
カバーを閉めようと取っ手に手をかけるが、その前に言わなければならないことを思い出し、カバーを閉じようと上げた手をそのまま下に振り下ろした反動で上半身を起こす。足側が少し下に傾くようになっているので、思っていたより軽い力で上半身を起こせた。
「折角だから今回は中でギアを着てみるか?」
和人の台詞に浩太と優樹菜が目を瞬かせる。
「まだ早いんじゃないかしら?」
唯一平然とした顔のまま答えた冬美に対して、他の二人の顔はどんどん強張っていく。
「そんなに緊張する必要は無いだろ」
「いやいや、まだ私達4日目ですよ?」
無理です、と優樹菜は頭を左右に振る。
「でも、和人の言う通り練習したほうが良いのは確かよ。今後必要になることもあるだろうし」
「ふ、冬美さんまで……」
「それに、魔力操作のいい練習になるからな」
冬美の後押しと和人の駄目押しによって優樹菜は納得させられた。
「オ、オレもか?」
優樹菜が済し崩し的にでも練習することになったのを見て、浩太の顔はさらに強張っていた。
「チームの中でお前だけできないままで良いなら好きにしろ」
「ぐぬぬ……」
「別にあなたができなくても仕方ないと思うわよ? それに他の練習の時間を取られるくらいなら、あまり無理しないほうがいいんじゃないかしら?」
「や、やる! ゼッテーできるようになる!」
出会ってから4日目にして、和人と冬美は浩太の扱いにもだいぶ慣れてきた。
その後は各自黙ってカプセルの中に入りカバーを閉める。
小さなランプは付いているものの、薄暗い金属の箱に閉じ込めらているという状況は、閉所恐怖症でなくともかなり怖い。
闇に目が慣れる前にカバーの裏についていたディスプレイが点き、和人は眩しさに目を細める。
ディスプレイに表示されている設定を確認し、設定を『ギア』から『ギアスーツ』に変えておく。
最後に承諾をしてから開始を押すと、和人の意識は夢を見るように遠のいていった。
和人が次に目を覚ましたときには、だだっ広い真っ白な空間に立っていた。
直前まで横になっていたという脳の認識のせいで一瞬足元がぐらつくが、倒れることなく姿勢を維持する。普段はギアに乗っている状態で目を覚ますので、その金属の鎧によって意識せずともバランスを保てていた。
自分の身体を見下ろすとさっきまで着ていた制服ではなく、バイクなどに乗るときに着るようなライダースーツのようなものへと変わっていた。それもツナギのように上下が繋がっているタイプだ。しかも足先から手の指まで覆われ、表に出ているのは首から上だけ。そして、革ではなくゴムのような質感のそれは、まるでSFアニメなどに出てくるパイロットスーツのようにも見えた──和人もあまり知らないがラバースーツに似てると言えるかもしれない。
そんな事を考えている和人の隣に2つの大きな光の塊が出現する。そして光が消えたあとには冬美と浩太の姿があった。
二人ともその場で少したたらを踏んだが、その場で尻餅をつくことは免れた。
ほぼ同じ動きをするふたりを見て、和人の口角が自然に上がる。
「仲が良いな、お前ら」
少し離れた位置に立っていた和人を目に捉え、冬美は露骨に嫌そうな顔をする。
「貴方が冗談を言うなんて珍しいわね、和人。こんな小学生みたいな人と仲が良いだなんて思わないでちょうだい?」
「なっ!」
冬美の毒舌に浩太が意表を突かれたように驚きの声を上げる。
「オレもこんな気取ったヤツと仲がいいなんて思うなよ!」
そしてここで張り合うのが浩太である。
「そこだけは同感ね」
「ふんっ!」
お互い顔を背けている様子は、二人の身長差もあって姉と弟のように見えた。
「にしてもホントにスゲェな。本物と区別付かねえぜ」
浩太が和人に近寄りながら顔を覗き見てそう言う。
「これが全部魔力でできてんだろ? スゲェなぁ……」
「スゲェ」と繰り返しながら浩太は今度は自分の手を見て感嘆する。
これで浩太が仮想演習場を使うのは3回目なのだが、それでも思わず声が出てしまうほどの再現度ということだ。
(とはいえ、流石にいい加減慣れる頃合いだろう)
仮想演習場の中では自分そっくりの魔力でできた仮想体に意識が移る。その仮想体は現実の身体を精緻に再現されていて、顔以外にも手の大きさや髪の長さなども再現されている。
しかし、流石に内臓などといった体内は再現されてない。今、和人達は息を吸って吐いてはいるが、あくまで呼吸の動作をしているだけで実際に酸素を取り込んでいるわけではない。
なので仮想演習場内であれば息を止めても大丈夫なのだが、息をしていないという意識は現実の身体がたとえ息をしていたとしても、脳が錯覚を起こして苦しくなる。人によっては危険な状態となることもあり、その場合は強制的に意識が現実の体に戻る。
「なぁ、ここってめちゃくちゃ広いけどよ。どこにあるんだ?」
今度は周りの広い空間を見渡しながら浩太が和人に訊く。
「それはまあ、練習棟の地下だろう。今はこんなに広く見えるが、実際には普通の教室と変わらないくらいの大きさなんじゃないか?」
頭の上にクエスチョンマークを出している浩太に、いつの間にか和人の横まで来ていた冬美が追加の説明をしてくれる。
「私達が小さくなってるってことよ。だから周りの空間もそれに合わせて大きく見えてるってこと。魔力で再現されてるのだから、大きさだって自由にできるのは当たり前でしょう。少しは頭を働かせなさい」
……毒舌付きで
今度は正面から火花を散らす二人だったが、その間に生まれた新たな光によってそれ以上の口論には発展しなかった。
光が収まったあと、そこには三人の予想通りギアスーツを着た優樹菜の姿があった。
優樹菜は目を開けたあと、浩太たちのようにたたらを踏んでから姿勢を正す。
「あっ、すみません。私結構遅かったですか?」
「いやそんなことはない」
一番最初に入った和人が代表して答え、それを聞いた優樹菜が胸を撫で下ろす。
「まずは……」
「えっ!?」
早速ギアに乗るための説明をしようと前に向き直っていた和人だったが、驚き声を上げた優樹菜に視線を戻す。
するとそこには顔を真っ赤にした優樹菜が立っていた。
「どうしたんだ?」
スーツに問題でもあったのかと優樹菜の全身を見たが、特に違和感は無く、和人たちが着ているものと同じカラーリングの物だった。
まさか仮想演習場で穴が空いているようなこともあるまい、と和人が見ていると、横にいた冬美が肘で脇腹をつついてきた。
なんだ、と思って冬美を横目を送る。
「じろじろ見るんじゃないわよ」
冬美に冷たい声で言われると、視界の隅にいた優樹菜が堪えきれなくなったように背中を向けた。後ろからでも髪の隙間から先を覗かせている耳は、まるで林檎のように真っ赤に染まっていた。
その様子と隣でさらに呟かれた冬美の「これだから……」という台詞でようやく和人は理解する。
先程見た優樹菜の体型は、高校一年生にしてはグラマラスといえるものだった。ギアスーツは仮想体と同時に仮想演習場内に再現される特性上、身体にピッタリ合うようになっている。そのため、ギアスーツは優樹菜の豊かな胸部の大きさをありのままに見せていた。
慌てて後ろを向くと、隣にいる浩太も既に後ろを向いて優樹菜から視線を逸らしていた。
「なんか言ってやれよ、カズト」
「お前が言えよ。コミュニケーションは得意だろう?」
「バッカ、これにはカンケーねえだろ」
「それは俺も同じだ!」
小声で言い争いをするが、流石にそろそろまずいと思い和人が口を開く。
「その、優樹菜。俺達もよく見たわけじゃない、から……その」
自分でもあまりにもあまりな口下手さに呆れつつ、なんとか次の言葉を探して強張る口を動かそうとしたが、なかなか言葉が見つからない。
「はあ……。本当にこれだから」
まだ隣にいた冬美が先程聞いたばかりの台詞を繰り返しながら優樹菜へと歩いていった。
「優樹菜。そんなに気にしなくてもいいんじゃない?」
和人や浩太に対しての声とは正反対の優しい声音と話し方で、冬美が優樹菜に話しかける。
「和人は途中まで気付くことすら無かったのよ? あの馬鹿だってね。貴方が思うほど気にすることは無いわよ」
後半の部分は和人たちからは何を言っているのか聞き取れなかったが、優樹菜はそれでどうにか勇気が出てきたようだ。
「すみません、和人さん、浩太さん。もう大丈夫です」
まだ少し震えている声を聞いてゆっくりと振り返ると、恥ずかしそうに胸の前で腕を組んだ優樹菜とその隣に立つ冬美の姿があった。
隣に立つ浩太は顔ごと上に向けて視線を逸らしていたが、和人の頭の中にはもうそのことは締め出されていた。
まっすぐ優樹菜の目だけを見て口を開く。
「優樹菜がいいならもう練習を始めてもいいか?」
「は、はいっ!」
すっかりいつも通りの顔と声になっている和人をみて、優樹菜も顔を上げて力強く返答する。
「いきなり別人みたいに元に戻るわね」
「背中とかにスイッチでもあるんじゃねえか?」
小声で交わされた冬美と浩太の会話は、和人と優樹菜の耳には入らなかった。
三人の意識が切り替わったのを確認して、和人も距離を取りながら意識を集中させる。
「まずは俺がやるから見ておけよ」
和人は三人の前に立つと、前置きを入れてからマナゲートを開こうとする。以前先生が実演したようにわざわざ手を突き出すようなことはせず、頭の中のイメージだけでマナリングを使う。
和人の前の膝より少し高い位置に、地面と平行なマナゲートが生まれた。右足を一度上げてからそこに下ろすと、ゲートを通った足先から順にしっかりとした重量を感じる。
そのまま床まで足を下ろそうとすると、左足よりも高い位置でコツッという音が聞こえた。他の三人の視線が自分の右足に集まるなか、和人はそのまま左足もマナゲートのなかに下ろし、ここで一度マナゲートを閉じる。
マナゲートがあったせいで和人本人には自分の足が見えていなかったが、これでようやく自分自身で確認できる。
マナゲートを通った足には膝下までのギアの装甲が付いていた。
ギアを付けるときに足だけ先なのは、足裏と地面の間に空間が必要だからだ。ギアの装甲の厚みに合わせた厚底ブーツを履いていればこのようなことをする必要はないのだが、今のようにギアスーツしか着ていない状態だとこのような手順を踏む必要がある。
「へぇ、脚だけでも結構威圧感あるなぁ」
浩太はそう言いながら近付くことなくその場で和人を見上げる。
元々の身長差に加え足裏の装甲厚によって、距離が離れていても浩太は和人の顔を見上げるような形になっていた。
「とはいっても、この状態じゃまともに動けないんだがな」
金属で出来ているギアを動かすためには、もちろん人の筋力だけでは足りない。本来は身体と装甲の間にある金属の繊維で出来た人工の筋肉のようなもの『金属筋繊維』で動かしている。
言うまでも無いが、これも魔力によって操作しなければならない。今までの授業で行っていた基本的な動作確認と魔力操作の練習は、主にこれのためだ。
そして今、和人は膝下までしかギアを付けていない。そのため膝や腰の力は素の筋力分しかないので、膝下だけで数十キロを超える装甲をつけたままでは歩くことすらままならない。
「ある意味、一番無防備な状態と言えるわね」
「確かに特撮ものでも変身中に攻撃されたら即やられちゃうもんな」
冬美の台詞に浩太がウンウンと頷いている。
「特撮が何かはよく分からないが……。まあ、冬美の言うとおりだな」
そろそろ足首だけで体勢を維持するのが辛くなり、和人は次のステップへと進んだ。とはいってもこの先は一瞬だ。
足元にもう一度マナゲートを開いてから、マナゲートを上にあげながら全身に装甲を付けていく。この時、装甲同士が干渉しないように手を少し広げ、指も開いておく。
「おおっ」
マナゲートが腰まで来たところで誰からともなく声が上がる。
下から上がってくる光の円を見ながら目元まで来た位置で反射的に目を閉じる。そんなことをしたところでマナゲートは体を貫通して、目の中に入ってくるのだから眩しいことに変わりはない。
光の洪水に飲まれたあと目を開けると、目を閉じる前よりも視界が少し薄暗くなっていた。
「スゲェ!」
「凄いです! 先程の浩太さんではないですが、なんだかアニメの変身シーンみたいですね。それこそ魔法少女みたいな」
スモーク加工の施されたバイザー越しの視界で、浩太が両の拳を握りしめながら興奮気味に目を輝かせ、優樹菜もそれに負けず劣らずの熱量で声を上げていた。
(優樹菜もそういったものを見ていたのかな……)
和人は意味もなく優樹菜の幼少期に思いを馳せつつ、フルフェイスのヘルメットの中から口を開く。
「魔法陣でも書かれていれば、少しはそれっぽくなっていたかな」
和人が冗談めかして言い放つと、優樹菜は「そうですね」と優しく微笑む。
確かに、時間にして3秒程度で全身金属の鎧に包まれるその光景はアニメのワンシーンそのものだ。
「これだと喋りにくいな」
和人は目元のバイザー部分を上げ、顔の下半分を覆っているマスクを開いた。
和人のギアのメットは目元が防弾仕様の特殊樹脂製で、それ以外は金属製になっている。
顔の部分が全て見える状態になり、閉塞感が若干和らぐ。
「じゃあ早速お前らもやってみろ」
和人の指示に三人が同時に動き出した。
結局、優樹菜と浩太は自分でギアに乗ることが出来ず、一度カプセルに戻ってから、ギアに乗った状態で始まるよう設定してギアに乗った。
冬美はというと、脚部は難なく終えたもののそれからが大変だった。
もともと付けている脚部部分との接合や重量バランスなどの問題で、上半身部分のギアを着けるのは足だけに比べてかなり難しい。
「オレはまず脚だけでも付けれるようにしないとな」
「ええ。私もまだまだです」
ちなみにギブアップした浩太と優樹菜だったが、優樹菜が脚部だけは行けたのに対して浩太はその初手で躓いた。
「まあそれは追々やっていくとして、今は戦闘訓練でもするか」
話題を変えようと提案した和人に乗っかったのは、案の定というか浩太だった。
「そうしようぜ! オレもようやくコイツの動かし方が分かってきたしな!」
そう言って浩太はその場で軽く動いて見せた。
魔力によって人工の筋肉を動かす都合上、魔力操作を誤れば意図しない方向へと関節を曲げてしまい、最悪の場合は人の関節が外れたり、ギアが破損したりする可能性がある。
「それぐらいで躓いていたら困る。お前は飛ばなきゃ意味ないからな」
浩太は和人の声ですぐ意気消沈してしまう。
前途多難だな、と和人が溜め息を吐いていると、冬美が手を挙げる。
「私は独りでやりたいことがあるのだけど」
「私も武装の扱いで慣れたいことがあるので」
冬美に続いて優樹菜もそう言うので、冬美と優樹菜は個人練習、浩太は基本動作とライトタイプのギアで空を飛ぶための練習をそれぞれですることになった。もちろん、和人は浩太の指導にあたる。
二人と一組はそれぞれ距離を取るように移動して、初めてのチーム練習が始まった。
◇ ◇ ◇
「こんなものかしらね」
冬美は手に持っているアサルトライフルから手を離し、周りを見渡す。手放されたライフルは地面に落ちることなく、途中に開かれたマナゲートへと吸い込まれていった。
優樹菜はまだ一人で黙々と武装の試し打ちを行っていた。
ヘビータイプに多く見られる肩などに付いている武装は、体を動かすために金属筋繊維を動かすのと同様、魔力操作によって扱うことになる。射撃はもちろん、照準も魔力操作によって行わなければならないので、かなり精密な操作と高い集中力を要求される。
だがそれも、ライトタイプの比では無い。
浩太と和人の二人はかなり遠くの方で練習をしていた。にも関わらず浩太の悲鳴がかなりの高頻度で聞こえてきた。浩太は飛び回るようなことはせず、地面から3メートル程離れた位置で、その場に留まる練習をしていた。
傍から見るとあまり難しそうには見えないが、冬美はライトタイプに乗ったことが無いのでその難易度はあくまで推し量ることしかできない。
結局浩太は30秒ほどでバランスを崩し、頭から地面と激突する。
この時の冬美は勘違いしていたが、ライトタイプでその場に浮遊するというのは空を飛ぶよりも難しいことなのだ。
和人は倒れ込む浩太に手を貸して起こしあげると、その後リトライすることなくこちらへと歩いてきた。
「一段落ついたのかしら?」
そうは見えないけど、と先んじて浩太に視線を向けつつ訊くと、和人が苦笑しながら頭を傾ける。
「まあ、ぼちぼちってところだな。筋が悪い訳では無い」
和人の曖昧な評価に、隣の浩太も歪な笑いを浮かべることしかできなかった。
(まあ和人がつまらないお世辞を言うことはないでしょうし、本当のことではあるのでしょうね)
「オマエもやりたいことは出来たのか?」
「ええ、もう少し詰めたいところだけれど……。優樹菜も呼ぶの?」
「ああ。俺が声を掛けてくる」
そう言って和人が優樹菜に向かって飛んだ。
これまでに多くの人のライトタイプで飛ぶ様を多く見てきた冬美だったが、和人の動作はその大人たちに負けない流暢な動きだった。
和人が少し離れた位置から優樹菜に声を掛け、二人は冬美の方へと歩いて来た。
「もうこんなに時間が経ってたんですね……」
四人が揃うと同時に優樹菜が声を出す。
冬美が軽く手を左右に振ると、その空間にホログラムのようなウィンドウが表示される。照明やら地形やら書かれたその右上隅には終了予定時間の15分前を示す数字があった。
「そうね、もっと時間が欲しいところね」
「最初に色々あったからな。次からはもう少しだけ長く時間が取れるだろう」
お開きのムードを漂わせる三人に、浩太が口を開く。
「なあ、カズトとフユミは戦わねぇのか?」
浩太の声に冬美はメットの中で眉を動かす。
(確かに、和人の実力は気になるわね)
先程の練習の中でも、和人は見本として軽く飛んでいるだけでライトタイプらしい派手な動きはしていなかった。チームメイトの実力を知るためにも、和人と一度戦ってみるのは冬美にもいい提案だと思われた。
「別に良いが……」
先に口を開いたのは和人の方だった。
「私も大丈夫よ。むしろ貴方の強さを知れるいい機会ね」
「そんなに興味を向けられると、なんだか申し訳なくなるな。特に面白いものもないんだが……」
和人が自嘲気味に笑うと、浩太が即座にその発言を否定する。
「いやいや、冬美。コイツの言うことは信用しないほうがいいぞ。さっき一瞬だけ見せてもらったが、やべえ動きしてたぜ」
「へぇ、それは楽しみね」
その「やべえ動き」とやらを冬美は見れていなかったが、それもこの戦いで見れるだろう。
「時間も無いことだし、さっさと始めましょう。それと、やるからには全力でやってちょうだい」
冬美は和人の返事を聞くことなく歩き出す。
和人もそれに続いて歩き出し、お互いの距離が100メートルほど離れた位置で止まる。その間に浩太と優樹菜も邪魔にならないよう離れた位置に移動していた。
『ステージは別にデフォルトのままでいいよな?』
和人の声がメット内のスピーカー越しに冬美に話しかけてくる。
「良いの? 開けたステージは貴方に不利な気がするけれど」
『ああ、変えるのも面倒くさいしな』
会話を終え、両者が武器を手に持つ。
冬美のやや大型のアサルトライフルに対して、和人が持つものは全体が小さめな代わりに銃身が延長されていた。
『私がカウントダウンしますね』
今度は優樹菜の声がスピーカー越しに聞こえる。
『10、9、8、7、6……』
カウントダウンが進む中、冬美は頭の中でどう和人を倒すか戦術を組み立てる。
とはいっても開けたステージでの戦い。そして基本的に武装がこのアサルトライフルしかない冬美に取れる戦術はそう多くない。
『4、3……』
自身が克己相手にしたように、武器を狙われて無力化されないよう気をつければ、武器の威力的にも装甲的にも純粋な撃ち合いなら負けない。
『1、0。開始!』
優樹菜の号令とともに冬美はライフルを構える。そのまま引き金を引いて即決着をつけようとしたが、和人は狙いを付けられる前に飛び上がった。
だが空を飛んだところでそこに障害物は無い。再び狙いをつけて撃とうとするが、和人の動きを見て指が固まってしまう。
「なに、あの動き……」
思わず口から言葉が漏れる。
和人は空中で急停止や急旋回など、従来の航空兵器では有り得ないような予測しにくい動きをしていた。
ライトタイプが他の航空兵器に大きく勝る点。それは大きさという点以外にも、その瞬発力が挙げられる。
例えばジェットエンジンでもオンオフを切り替えるのに時間が掛かり、推力を安定させるのにも時間が掛かる。プロペラ機も言うまでもないことだろう。
それに対して魔力による推力確保はかなり小回りが利く。そもそも実体のない魔力をどうやって物理的な推進力に変えているのかというと、金や銀などといった魔力に対して何らかの反応を起こす金属を使っている。ギア全体に使われている金属筋繊維も同じく銀を含む合金で作られている。
そして魔力を用いたスラスターは欲しい分の魔力を流すだけで、その量に比例した推進力をそのまま出してくれる。そのため、今和人がやっているような急停止や急発進、いきなりの方向転換を可能にするのだ。
もちろんそれも完璧な魔力操作がなければならない。冬美は大人達が乗るライトタイプの動きを数多く見てきた。しかし、和人が今している動きはそれを遥かに超えた動きだった。ライトタイプの動きとしての一つの完成形、それが今冬美の目の前にあった。
時間にして一秒に満たないほどではあるが、銃を構えたまま固まってしまった冬美に、和人から放たれた銃弾が容赦無く襲いかかる。しかも、和人の動きは以前として変わっていない。
(あの動きのまま撃ってくるなんてどんな頭してんのよ!)
今度は心の中で和人に対して悪態をつく。
激しい動きをすれば相手からすると狙われにくい。しかし、本人とて無事では済まない。激しい回転をすれば酔うし、急旋回などをすればGで意識を持っていかれる。ギアスーツには対Gスーツと同じ機能があるのだが、それでも今の和人の動きで意識を失わずにいるのは相当の鍛錬が必要になるはずだ。
(その状態で正確に狙いをつけて射撃するなんて正気の沙汰じゃ無いわよ!)
止まらぬ悪態を吐きつつ、体でライフルを庇う。
体を襲う不快な衝撃に耐えつつ、反撃のタイミングを伺う。
3秒程度で止んだ銃声を合図に、冬美は和人に向けて再び銃を構え直す。幸い先程の銃撃が装甲を貫通することはなく、冬美の体は思い通りに動いてくれた。
高速で冬美の周りを飛び回る和人に狙いをつけ発砲する。当たる気はしなかったが、そのままでは相手に反撃する隙を与えるだけだと冬美は分かっていた。
ギアのおかげで銃の反動はほとんどの無いようなものだ。それでも冬美の銃弾は和人に掠りもしない。
カチンッ。
冬美の銃が火薬の爆発音ではなく、冷たい金属音を出した。
(弾切れ?!)
冬美のライフルの弾倉は35発入り。クローズドボルト式なので薬室内にある弾を含めれば最大36発の弾が入る。
しかし、普段冬美がそれらを全て撃ち切ることはない。リロード時間は最大の隙に成り得る。撃ち切らないのはそのタイミングを相手に気付かれないようにするためだ。一度撃ち切ってしまえば、必ずくるリロードのタイミングを相手が理解してしまう。
冬美は弾が一切当たらない異常事態と緊張ゆえに、自身の弾切れのタイミングを把握できていなかった。
(リロード……、いや取り敢えずハンドガンを)
相手は機動力の高いライトタイプ。リロードの隙を晒せばそこを突かれる。そう思ってリロードよりも素早く攻撃姿勢に移れる選択をした。
ライフルを躊躇いなく手放し、大腿部に付けているハンドガンに手を伸ばす。
グリップを掴み、指で安全装置を解除しながら和人を狙えるように腕を上げる。
否、上げようとした。しかしその手は黒い装甲に包まれた別の手によって抑えられていた。
ハンドガンを掴もうと一瞬視線を下に動かした瞬間に、和人が目前へと移動してきていたのだ。
顔を上げると、外側からだと真っ黒にしか見えないバイザー越しに和人と目が合う。既に冬美の首元にはライフルの銃口が突き付けられていた。
「……はぁ、私の負けよ」
ハンドガンのグリップから手を離し、冬美が降参を告げる。
「ふぅ」
和人が安堵のため息を漏らす。
和人は冬美の手をから手を離して、首元からライフルを引きながら後退する。
「す、凄いです!」
「なんだよ今の!」
呆然としていた優樹菜と浩太も駆け寄ってくる。
「本当よ! なんなのよ今のは」
冬美は若干不機嫌そうな声で和人に詰め寄る。
「何って、別にリロードの隙をついたんだが」
「とぼけないで。私が言ってるのはあの機動力の話よ。あんな出鱈目な動き初めて見たわ!」
本人は自覚していないが、興奮のせいか冬美はいつもの口調が乱れていた。
「ギアが機動力特化だってことは前に見たけど、だからといってそれあそこまで使いこなせるなんてもはや高校生の領域じゃないわよ!」
「お前が全力で、って言ったからな」
「その実力はいったいど……」
「どこでここまで強くなったのか、というのは深掘りしない約束だろ?」
冬美の声を遮るようにして和人は言い放った。
これを言われてしまえば冬美も強く訊く事はできない。
「そうだ! 冬美さんに加えて和人さんもいれば負け無しですよ!」
暗い雰囲気を変えようとしてくれるのはいつだって優樹菜だった。
「そうね。それに味方が強くて困ることは無いものね」
「そうだぜ。それに克己に勝った冬美に勝てたって事は、今のところクラス内の最強はカズトってことだろ?」
浩太が興奮気味に捲し立てる。
「それは分からないけどな。ギア同士の戦闘は相性が大事だし、俺みたいな奴が他にもいるかもしれないからな」
和人は自身が今さっきその相性すら覆したことを完全に無視していた。
「貴方みたいな偏屈な人が他にいるとは思えないけど」
冬美たちは軽口を言い合いながら、残り使用時間5分となった仮想演習場から出ていった。
◇ ◇ ◇
「良いから渡せよ!」
次はもう少し多く時間を取ろう、と和気藹々と和人たちが話しながら廊下に出ると、別の仮想演習場への入口近くで二つの集団が言い争いをしていた。
どうやら女子の集団と男子の集団が言い争いをしているらしい。手前にいる男子の集団のせいで女子の顔が見れないが、見覚えのある髪型などからおそらくC組だろう。
「なにをしているんですか!」
優樹菜が後ろから声を張り上げると、直前まで怒鳴り声を上げていた長身の男が反応する。
(こいつは……)
振り向いた男子生徒の顔は間違いなく克己の物だった。
「なんだ、てめぇら?」
身長的にこの場で克己と最も目線が近いのは和人だ。
自然に克己の視線と和人の視線が正面からぶつかりあった。
お読みいただきありがとうございます!
かなりの期間おまたせしてしまい申し訳ありません。投稿ミスなどもあり、今後はそういった事が無いよう気を付けていきます。
本編についてですが、ようやく和人の戦闘シーンを書けました。ただ、もっとスタイリッシュに書ければ良いんですけどね。かっこいい戦闘シーンを書くにはまだまだ力不足です……。
最後のシーンは次話へと繋がります。ようやく1巻(1章?)の結へと繋がる話です。想定していたよりも結構展開がダラダラとしてしまい、いろいろゴチャゴチャしてしまいましたが、次からはもう少しスピーディーになるかもしれません。
戦闘シーンがあるかは分かりませんが、物語の重要な部分があります!乞うご期待!!
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それではまた、次の話で!!