一章 4話
「疲れた……」
入学式当日に予定されていた学校の日程が終わった午後四時。和人は寮の自室にあるベッドの上に寝転がっていた。
寮があるから、という理由で入学式の日だというのに長くなっているスケジュールは、慣れない環境で慣れない事をした新高校生にはハードなものだった。
とはいえまだ娯楽を見つけてない現状、暇な時間にすることは限られている。自然な流れで和人の脳は今日一日で起こったことを思い返す。
甦るのは2時間前に見た冬美と克己の戦闘だ。
ギアの相性的にも、マップの相性的にも克己有利だった。にも関わらず冬美は終始、圧倒的な戦いをみせた。
冬美は克己の射撃を回避しながら、逆に克己の武装のみを狙い撃つ事によって無力化し、それによって勝利を収めた。
確かに克己のキャノン砲は取り回しが悪く、距離が開いた状態かつ機動性の高いギアであれば回避することができないわけではない。しかし、実際にそれをやりながら敵の武装のみを狙って正確に射撃するなんて、普通の高校生ができることではない。
「あいつ、マナリングを最後に使ったのは一年以上前って言ってたよな」
独りでいると、自然と考えていることが口に出てしまう。
「確かにマナリングの使い方はたどたどしいものだったが、戦闘スキルは高校生どころか現役兵すら軽く超えてないか……?」
いったいどこで、そしてどうやって戦闘スキルを磨いたのか。和人は冬美の過去についてより一層気になってきた。
克己がマナリングの使い方に慣れていて、戦闘訓練をある程度積んでいることは納得できる。
国内のギア生産におけるトップシェアを占めている堂島重工の御曹司ともなれば、会社規模の英才教育がされていてもおかしくはない。会社内に仮想演習場があるのは当然だろうし、それこそ自宅に何かしらの訓練施設があったとしても不思議ではない。
問題は冬美と海翔。この二人はどこでそんな経験を積んだのだろうか。
冬美の名字「無量小路」と海翔の名字「氷室」は、見れば目に付くような珍しい名字だが、堂島重工の傘下グループや他の企業でもその名を聞いたことはない。もちろん名字が必ず企業名に入ってるわけではないが、無量小路と言う名前は社長やCEOの名前としても聞いたことはなかった。
(それならどこでギアに乗る機会があったんだ)
と、和人は自分のことを棚に上げて考えていた。
(おそらく、これからしばらくは他の生徒とあの三人の間には埋め難い差が開くだろうな)
その後もぼんやりと冬美と克己の戦闘を頭の中で反芻していると、鞄の中に入れっぱなしだったスマホが鳴る。
初期設定の着信音を流しているスマホを手に取ると、そこには浩太の名前が表示されていた。
ちなみに浩太、冬美、優樹菜とは寮で別れる前に連絡先を交換していた。
『なあ、今からお前の部屋行っても良いか?』
通話ボタンを押すと、浩太は開口一番にそう言った。
和人も特に用事は無かったし、部屋に見られて困るようなものも無い。
和人が二つ返事で応諾した数分後、浩太が部屋にやって来た。
「お邪魔します」
丁寧な口調で浩太が入ってくる。
「立ち話もなんだ、とりあえず椅子にでも座ってくれ」
和人は部屋の中で一つしかない椅子を浩太に勧めた後、自分はベッドに腰掛ける。
「で、話ってなんだ?」
浩太が座ったのを見て、和人の方から話を急ぐと浩太は焦った声を出す。
「ああ違う違う。別になにか話したいことがあったわけじゃないんだ」
「じゃあなんだ」
「いやなんか。話したいなぁ、って」
矛盾しているように聞こえるが、和人はニュアンスで浩太が何を言いたいのか理解した。
目の前の浩太は申し訳無さそうにしている。いや、恥ずかしがっているのか。
「まあ俺も丁度暇してたからな。気にする必要なはない」
和人はそれだけ言って浩太から話し出すのを待った。
浩太は周りを見渡しながら口を開く。
「カズトの部屋も物が少ないんだな」
「そうだな。もとから私物が多い方では無かったし、寮で生活するなら不要になるものも多いからな」
後半の台詞は食堂が無料で利用できる黒紡ならではのものでもある。
「もってことはお前も少ないのか」
「理由は違うけどな」
浩太は苦笑いしながら応える。
「オレの家は片親だし貧乏だからな。あんまり物を持ってこれなかったんだ」
浩太の声には若干の寂しさのようなものが含まれていた。
(いろいろと家庭に事情を持つ者が多いな、この学校は)
浩太の台詞の合間に和人はそんな事を思った。
「だからあんまり実家にも頼りたくないんだよ」
「そうか。まあ、なにか急に入り用になったら俺に言ってくれ」
浩太はいきなりの和人の発言に戸惑った顔を浮かべる。
「いやいや、それはわりぃよ」
「気にするな。金ならあるし、お前は俺の数少ない友達だしな。どうしても、というなら貸しの一つとでも思ってくれればいい」
「か、金持ちなんだな。カズトの親は」
「……まあ、そんなとこだ」
浩太の台詞によって複雑な感情が生まれたが、和人は顔には出さずに答えた。
「にしても、フユミのやつ凄かったよな!」
和人の心情を機敏に察してか、それとも友達と言われて恥ずかしかったのか、浩太が明るい声で話題を換えた。
「そうだな。仲間にいると思うと心強い」
「ユキナにも感謝しないとな」
「ああ。面と向かっては言えないがな」
(君のおかげで冬美と仲間になれた、なんて失礼なことはな)
続く言葉は口に出さずとも浩太に伝わったようだ。
「違いねぇ」
そう言ってニカッと笑う浩太につられて、和人もほんのり口角を上げる。
「うおっ、カズトが笑ってる」
浩太が目を丸くする。
「珍獣を見つけたみたいな反応をするな。俺だって人並みに笑いはする」
「ホントかぁ? 今のところ、この一回しか見たことないけどな」
「それはお前が面白くないからだ」
そんなどうでもいい友達らしい会話をしていると、和人と浩太のスマホがほぼ同時に光る。
「お、ユキナからだ」
和人も自分のスマホを確認すると、優樹菜からメッセージアプリのグループに招待されたと通知が来ていた。
浩太に続いて承諾を押すと、さっそくグループチャットに優樹菜のメッセージが表示される。
『みなさん、今よろしければ集まりませんか?』
『オレは良いぜ』
浩太が素早くレスポンスを返す。
「和人も良いよな?」
こちらは現実で掛けられた声。
和人は頷いてそれに応える。
『和人も良いってよ』
『お二人とも今一緒にいるんですね! 私も今、冬美さんと一緒にいるんです!』
『なら丁度いいな。どこで集まるんだ?』
ここでようやく和人もメッセージを送る。
『教室でどうかしら?』
冬美からのメッセージが表示される。
入学初日の、それも寮生活の男女の生徒が集まることのできる場所は、教室以外には限られている。
実際、三人分の了解のメッセージが並ぶのにさほど時間は掛からなかった。
「よっ」
教室の扉から現れた優樹菜と冬美に対して、浩太が気楽に挨拶する。
優樹菜は片手を上げることで応えたが、冬美はそれに反応することなく教室内を見て少し驚いたように口を開く。
「あら、貴方達しかいないのね」
結局冬美は浩太の挨拶を視線を合わせることもなく黙殺した。
「オレたちが来たときは誰もいなかったぜ」
しかしそんなことで折れていたら、浩太は今でもこんな性格ではなかっただろう。
「ふうん、他の男女混合のチームはどうしてるのかしら」
「確か本校舎にも大食堂があったはずです。そこで集まっているのでは?」
優樹菜の台詞に一同が納得する。
「なら、オレたちも行くか?」
「嫌よ、面倒くさい」
浩太の提案は冬美によって一蹴された。
「とりあえず座れよ。お前ら」
ようやく口を開いた和人の言葉によって、まだ立っていた二人が席に座る。
和人は自分の席に、浩太はその前の席に座っていたので、優樹菜たちもそれに倣った。優樹菜が和人の隣、つまり自分の席に。冬美はその前の席、つまり今浩太がいる席の隣に座った。
「そういえば、紫音さんは入るチームが決まったそうですよ」
席に座るなり優樹菜の口からもたらされた吉報に、和人と浩太が異口同音に祝いの言葉を発する。
しかし、優樹菜の声には若干の寂しさが含まれていた。
「だがまあ、少し寂しいな」
優樹菜の雰囲気を感じ取って、珍しく和人がを気を利かせる。
おそらく優樹菜は同じチームになることを願っていたのだろう。
「はい……。ですが、良いところに入れたみたいなので安心です」
「チームは違っても同じクラスメイトだろ? 別にいいじゃねぇか、な!」
「そ、そうですよね!」
浩太のフォローもあって、どことなく憂いを帯びていた優樹菜の顔がいつもの調子に戻る。
「でもなんとなく分かるぜ。オレも中学のときと感覚が違いすぎて学校に来てるって感じがしねぇもん」
「良く言えば緊張感があるということだ。それに今日は入学式だしな、直に慣れるんじゃないか?」
「そういう貴方は緊張なんて感じてなさそうね」
「それは冬美も同じだろう」
和人と冬美のこんな掛け合いも段々と定番になりつつあった。
「そういえば、和人さんってマナリングを使ったことがあるんでしたよね。もしかしてギアに乗ったこともあるんですか?」
しばらく話が続いたあと、和人に対して優樹菜が話しかける。
「ああ、一応な」
なんと答えるか迷った末に事実を伝える。
なんとか平静を保ちつつ言い終えた和人に、冬美が痛いところをついてくる。
「なんで手を上げなかったのかしら」
冬美が模擬戦闘訓練の参加者を募っていたときの話をしているのは和人も分かった。
「それは……あれだ。仮想演習場の中で、って話だっただろ?」
なんとか誤魔化そうとする和人に対して、冬美の追撃は容赦なかった。
「仮想演習場以外でギアに乗ったことがある人のほうが珍しいと思うけれど」
冬美の追撃に和人は完全に黙ってしまった。
「それ以上はよくねぇよ、フユミ」
隣に座る冬美に対して浩太が制止にかかった。
浩太の思いの外鋭い視線に冬美がたじろぐ。
「そうですよ、冬美さん」
優樹菜も珍しく責めるような口調で冬美に言ったことで、冬美も自身の発言の軽率さに気付いた。
「ええっと……。ごめんなさい、和人」
冬美が本当に申し訳無さそうに謝る。自身にも似たようなものがあるからこそ、そこをつかれる嫌さを生々しく理解できるのだろう。
柄になく殊勝な態度をとる冬美に少し違和感を感じつつも、和人も謝罪に応じる。
「あまり気にしなくてもいい。お互い踏み込まれたくないものがあるだろう?」
牽制することを忘れなかったが。
「ええ、そうね。お互い節度を守りましょう」
「ああ」
最後に和人が発言することで、緊張した空気が少し絆された。
実は和人も仮想演習場を使ったことがあるのだが、その場の流れで最後まで真実を話せなかった。
さて何を話そうか、と全員が話題を探している間に教室の扉が開く。
「なんだお前ら。こんなとこで何をしているんだ?」
こう言いながら入ってきたのはこのクラスの担任である三田村伊月だった。
「あ、私達チームを組むことになったんですけど、どこで集まろうかな、と思いまして」
それを聞いて、今の一年生たちの行動範囲を認識したのだろう、伊月は納得したように頷いた。
「そうか。というかもうチームを組めたんだな。確かにお前と無量小路は同じ中学だったな。お前らは別々だったはずだが……」
最初の「お前」は先生の質問に答えた優樹菜に対して。後半の「お前ら」は和人と浩太に対して言われたものだった。
「偶然の成り行きです」
和人の返答は素っ気ないものだったが、事実ではあるので誰も否定しなかった。
「私の見立てだとお前ら二人はあぶれてしまうと思っていたんだが。まさか同じチームになるとはな」
和人と冬美を見ながら先生は笑う。
「俺自身もそう思ってました」
「私も同感ですね」
和人が率直に自分の本心を言うと、先生はさらに笑い出した。
「いやいや本当に面白いな、お前たちは。これからどうなるか期待してるぞ」
朝の印象は固く厳しい、それこそ軍人のようなオーラがあったが、こうして砕けた話し方をしている時は優しい雰囲気を持っていた。
「そうだ、お前たち今暇なんだろう? 整備棟に行ってきたらどうだ」
「え、行ってもいいんですか?」
「ああ、もちろんだ。門限までなら生徒はあそこに自由に立ち入りできる。チームを組んだと言ってもお互いのギアについて知らないだろう。行ってくればいい」
確かに和人たちにとっては渡りに船の提案だ。ただ、優樹菜が聞き返したように先生の言葉であっても俄に信じきれていなかった。
「本当に良いんですか」
今度は和人が確認を取る。
「何度も言わせないでくれ。それに校則にも書いてあるはずだ」
それでもウォーギアが複数置かれ、整備することのできる場所に一年生だけで行っていいということに、本人達が一番戸惑っていた。
「でも、オレたち入学一日目だぜ?」
「それはそうだが、お前たちなら変なこともしないだろう?」
先生の目はしっかりと浩太の目を正面から捉えていた。
「もちろん、させません」
和人が横目で浩太を見ながらはっきりと答える。
「ならいい。それに期待している、という言葉も嘘ではないからな。特に冬美の実力はさっき見せてもらえたからな。流石あの生徒会長の妹、といったところか」
妙に圧力のある視線が冬美へと向けられる。
「私は……」
冬美の喉がなる音が聞こえた。
「私は、誰にも負けるつもりはありません」
最終的に冬美は先生の言葉と視線を受けても臆することなく言い切った。先生もそれを聞いて獰猛な笑みを浮かべる。
「なかなか良い顔じゃないか。おそらく整備棟は貸し切り状態だと思うが、ちゃんと自分の台を使えよ」
先生は最後に忠告をして和人達を送り出す。
なかば追い出されるような形で四人は整備棟へと足を向けた。
道中誰とも会うことなく整備棟へと辿り着き、数時間前の記憶を頼りに中を歩くと、無事「1-C」と書かれたプレートを見つける。
「ホントにオレたちしかいねぇな」
照明が落とされている室内は数時間前と同じように濃密な闇と静寂をもって和人達を迎えた。
入口側のパネルで照明をつけてから一同はまず一番近い冬美の台へと歩く。そこで冬美が指輪を使うと、戦いで見たものと同じものが新品のままの状態で現れる。
(損傷もなく戦闘訓練を行えるというのは、やっぱり便利なものだな)
ギアを見ながら和人は仮想演習場に感心していた。
「詳しいスペックは私も覚えてないけど、基本は一般的なスタンダードタイプと同じよ。武装もアサルトライフルとハンドガンに手榴弾。特になにか特別なものを装備しているわけではないわ。オプション装備もあるにはあるけど、まだ付けたことすらないから私にも分からないわね」
冬美が一息に言い切る。
和人と優樹菜が理解を示す頷きを返しているのに対し、浩太は困惑していた。
「ま、待ってくれ。一般的とか言われてもオレ分かんねぇよ」
「と言われても、それ以外に説明しようが無いのだけれど」
「そうですね、具体的な数値とかを言っても分からないでしょうし……。表現するのは難しいですけど、基本的にスタンダードタイプは通常歩兵の延長線上にあると言われているので、運動能力が高くなっていると考えればいいと思います」
優樹菜が噛み砕いた説明を行う。
「ええ。ライトタイプなんかに付いてるようなスラスターは一切無いわ」
「へえ」
優樹菜の説明に冬美が肯定と補足を入れたが、浩太はいまいち理解できないようだ。その後も優樹菜が言葉を選びつつ懸命に説明しても浩太の目に理解の光が浮かぶ様子はない。
「にしても優樹菜はギアについて詳しいんだな」
少しマニアックな話もしだした優樹菜に対して和人が独り言のように言う。
ちゃんと優樹菜にも聞こえていたのか、浩太から和人へと顔を向き直してから恥ずかしそうに頬を指で搔く。
「実は私、ギア以外にも機材だったりの機械類が好きなんです。カタログ見たりするのも好きで……」
「意外だな」
「そうですか?」
褒めたわけではないのだが、えへへ、とはにかんだ笑顔で優樹菜が笑う。
ここで冬美が手を叩く。
「私のギアはもう良いでしょ。次は浩太の番よ」
脱線しつつあった話題を冬美がもとに戻してくれた。
結局、浩太がちゃんと理解できているかは分からないが、今後、仮想演習場を使うときに実際に見せたほうが手っ取り早いだろうと和人は考えた。百聞は一見に如かず、だ。
冬美はギアをしまわずに歩き出した。それについては何も言わずに他の三人も付いていく。
少し歩いた先に浩太の台はあった。
「まじか……」
それを見て、和人の口から思わず心の声が漏れる。
そこには既にギアが置いてあった。それ自体は時間以内に浩太がギアをしまえなかっただけで、特に驚くようなことはない。実際に浩太以外の台にもまだギアが残っている。しかし、台の上にあるギアの見た目が問題だった。
「お前、ライトタイプにしたのか……」
「ん、そうだけど。なんか問題あるのか?」
純粋な顔で聞き返してきた浩太の前には、和人のギアほど大きくはないが、しっかりとしたバーニアを背負った、れっきとしたライトタイプのギアがあった。
「いや、問題があるわけではないんだがな。ライトタイプが初心者にはおすすめされてない、って知らなかったのか?」
「いや、知らねーけど」
「配られたカタログとか資料にも書かれてたと思うんだが……」
「そうなのか?」
未だ楽観的に言う浩太だったが、和人や冬美のみならず優樹菜までも苦笑いしているのを見て顔を強張らせる。
「もしかして、結構ヤバいのか。ライトタイプって」
「そうね、現役の特殊兵の中でもライトタイプを使う人は1割程度だと聞いたことがあるわ。戦うどころかちゃんと乗って空を飛ぶことすらできない人も多いらしいわよ」
「それにお前、見た感じ武装も近距離特化だろ? わざわざ一番難しい所をピンポイントで選んだな……」
浩太のギアには大きなブレードと太ももについているハンドガン以外の武装が見当たらない。
装甲任せではなく、しっかりと回避行動をしながら敵に接近して武器を振るう。そんな戦法で勝つためには、それこそ圧倒的な速度とそれを操る魔力操作の技術が前提条件だ。そして勿論、それに対応するための反射神経と運動能力も必要不可欠だ。
(運動神経はともかくとして、問題は魔力操作だな)
浩太は見た感じ運動神経は良さそうではあるが、魔力操作が得意なようには見えなかった。
ライトタイプは、どのスラスターをどの向きで、どんな強さで使うかを全て魔力操作だけで制御しなければならない。もし空を飛んでいる時に制御を乱してしまえば、最悪の場合そのまま墜落して自滅することになる。
まだ初日なのでこの先どうなるかは分からないが、現時点で浩太が魔力操作に長けているようには思えなかった。もしも得意だったとしても自由に空を飛べるにはかなりの時間がかかるだろう。
「お、おいみんな。そんなになのか……?」
三人の顔を見て浩太が絶望感を露わにする。
「まあ俺もライトタイプだから教えてやれないこともない。だがそれも感覚的な事が大半だからな……。まあ、なんとかなるだろう」
「た、頼むぜ、カズト」
「頑張らないといけないのは貴方よ。……もしも無理そうならバーニアを取り外してスタンダードタイプにするしかないわね」
和人に縋る浩太を見て、冬美が冗談も含めて言い放つ。
それを聞いて、横にいた優樹菜が笑い出す。
「ふふ……。あっすみません」
優樹菜は笑いが溢れていたことに気付いて、慌てて口を手で塞ぐ。そのコミカルな動作に思わず他の三人も頬を緩める。
「やっぱり優樹菜、よね」
「そうだな」
冬美と和人の二人が珍しく笑顔を浮かべながら交互に頷く。
「つ、次は私のギアの番ですね!」
温かい目──もちろん悪い意味ではない──で見られていることに耐えきれなくなった優樹菜は、照れ隠しに先を急かしてくる。
「お前も冗談を言うんだな」
「あら? 私は至って真面目よ」
そんな冗談とも分からない冬美の台詞を聞きながら、和人達は優樹菜の台の前で足を止めた。
「か、和人さんはもう知ってますけど、私はヘビータイプです!」
早口で捲し立てながら優樹菜がギアを出すと、さっき見たことがある和人以外の二人はその威圧感に圧倒された。
「でっけえなー」
浩太がギアを見上げながら言った。
実際のところ、上背自体は他のものと大差ない。しかし、重厚な装甲とごつごつとした武装の数々がギアを実際よりも大きく見せていた。
「武装は背部にあるカノン砲と小型のミサイルポッド。腰には牽制用のマシンガンと接近された時用のショットガンがあります」
「お、おう」
優樹菜が立て板に水の勢いで説明すると、やはり浩太だけ置いて行かれていた。
「お前はまず勉強から始めないとな」
「そうですね、特殊兵同士の戦闘において相手の武器に対しての知識があれば優位に戦えますから」
和人と優樹菜の「勉強」や「知識」といった単語に浩太が苦虫を噛み潰したような顔になる。
「じゃあ早速質問なんだけどよ。なんでカツキは戦ったときにミサイルを使わなかったんだ? フユミにはキャノンの弾は避けられてたけどミサイルなら当たるだろ?」
「そもそも撃てなかったんじゃないですか?」
優樹菜は浩太の質問に答えつつも、自信がない口調で和人に視線を送る。
「ああ多分な」
和人は優樹菜の意見を肯定しつつも補足を付け加えていく。
「ヘビータイプの持つ特殊兵対策のミサイルなら、基本的にライトタイプに使われることが多い。そういったものはライトタイプが空を飛ぶ際に出る大量の魔力を追尾する誘導形式が多いからな。スラスターを使わず地上にいる冬美には使えなかったんじゃないか」
最後に「本当のところは分からないけどな」と付け加えたが、黙って聞いていた冬美も含めて、三人は和人の説明に納得したようだ。
「優樹菜のミサイルはどうなんだ?」
和人が優樹菜のギアについているミサイルポッドを見ながら問う。
「私のは対地でも使えるようにセッティングされてます。その分空中に対する追尾性は落ちてますけど」
「カツキのやつがそうじゃなくて良かったな、フユミ」
浩太の冬美に対する台詞に和人が口を挟む。
「でも冬美ほどの腕ならミサイルを撃ち落とせるんじゃないか?」
「そんな事出来るわけ無いじゃない。そういう貴方こそライトタイプに乗るのでしょう。対策は必須よね。それこそ撃ち落とすのかしら?」
「それはお楽しみってやつだ」
和人と冬美の定番の軽口があったあと、一行は最後に和人の台へと向かう。
和人が出したギアを見て、一度見たことがあるはずの優樹菜でさえもその見た目に息を呑む。
「デカくねぇか、背中」
「やっぱりそうですよね。私もこんなに大きいの初めて見ました」
「背中のバーニアが大きいのは良いけれど、本体の装甲が薄くないかしら」
浩太と優樹菜、そして冬美は軽口込みで感想を言う。
「機動力重視にしてるからな。武装もサブマシンガンかアサルトライフルのどっちかを使う。一応どっちとも使うことは出来るけどな。あと一応ナイフもある」
バーニアばかりに注目している三人に対して、ササッと説明を終わらせる。
「よく見れば全身にスラスターがあるのね。普通は背中と足裏、あったとしても手ぐらいでしょう?」
「本当ですね。ふくろはぎ以外にも肘や腰にも付いてる……」
「すっげぇな。マジで全身ブースターだらけじゃん」
他の場所へと目を移した冬美が目敏く各所にあるスラスターを見つけ、他の二人もそれに気付いて目を丸くする。
余談だが、現代においても特殊兵の推進器のことをスラスターと呼ぶかブースターと呼ぶかなどは厳密に決められていない。高校生であればなおさら曖昧になっていく。先程の優樹菜のギアについての会話でカノン砲なのかキャノンなのかがはっきりしていないのも、まだ優樹菜たちの兵器関連の知識が曖昧な証拠だ。
「バーニアもこんなに大きいのに、全部制御出来るのかしら? 出来るならそれはさぞかし高機動でしょうけど」
「それも見てからのお楽しみってやつだよ。それがいつになるかは分からないけどな」
冬美の挑発的な台詞にも和人は余裕の笑みをもって答える。
学生手帳などによれば、仮想演習場も整備棟と同じく課外時間でも自由に使えるらしい。しかし数は限りがあるので、一年生が使える仮想演習場の数は少ないと思われた。
「にしても見づらいな」
ギアにあるスラスターを見ていた浩太が耐えられなくなったように声を上げる。
冬美ギアの色がデフォルトカラーとも言うべき白を基調に使ったカラーリング、浩太や優樹菜も差し色としてオレンジなどが入っているのに対し、和人のギアは全身つや消しの黒。スラスターの内部は流石に真っ黒というわけにはいかないが、外部の装甲などは全て黒一色に染まっていた。
「まるでカラスね」
そんな冬美の一言に、三人は今まで感じていたなにかが腑に落ちたような顔をする。
確かに背中から生えている大きなバーニアは鳥の翼のようにも見えた。
「なあ、オレたちチームだろ。だったらカラーリングを揃えようぜ」
「無理ね。塗装を変えるって言っても結構大変よ? 塗装できる施設もあるようだけど、全身は無理だと思うわ」
浩太が突然思いついたように言った提案を、冬美が冷静に却下した。
「なら、ちょっとしたマークだけならいけるのか?」
しかし、浩太はなおも食い下がる。
「それは後で先生に聞けばいいだろう。それよりもまずはそのマークとやらを考えないといけないんじゃないか?」
「おっ、確かに! それならチーム名も決めないとな!」
「いるの、それ?」
盲点だった、とばかりに手を打って大袈裟に反応する浩太に対し、チーム名と聞いた冬美が露骨に嫌そうな顔をする。
「絶対いる。な、カズト!」
「まあ、あってもいいんじゃないか……」
浩太のハイテンションについていけずに和人は若干引き気味に答えたが、浩太に気にした様子はない。
「なら私は遠慮するわ。皆で決めてちょうだい」
冬美も一歩引いた状態でチーム名決めからの脱退を告げる。
(さて、どうしたもんか)
ネーミングセンスの無さを自覚する和人は、脱退はしない代わりに聞きに徹しようと口を閉じたまま浩太の案に耳を傾ける。
しかし、浩太の口から次々と出てくる「ファイヤーなんとか」だの「スーパーなんとか」といった単語を聞いてすぐに耳を塞ぎたくなった。
「それも嫌よ」
浩太がなにか言ってから冬美がこう言って却下するくだりが既に10回以上繰り返されていた。
「なっ。渾身のデキだと思ったのに……。ていうかお前は参加しないんじゃなかったのかよ。横から口出しだけしやがって」
「まあまあ浩太さんも落ち着いて」
「ユキナも嫌なのか?」
「私は、その、素敵だとは思いますけど……。他の名前も考えましょう?」
「ぐはっ」
優樹菜の発言は、オブラートに包まれているからこそ浩太に刺さるダメージは大きかった。
「カ、カズトも考えてくれ」
ただ眺めていただけだった和人にも遂に白羽の矢が立つ。
「俺もネーミングセンスがあるわけじゃないんだが……」
必死に脳を回転させている和人の目には、地味にダメージを受けた浩太の姿はうつっていなかった。
和人の台詞などお構いなしに期待の目で見てくる優樹菜たちから逃げるように視線を逸らす。
ふと自分のギアを見上げたことによって記憶の底から出て来た名称があった。それに少し文字を付け加えた名前を苦し紛れに口に出す。
「『|black birds』なんてどうだ」
三人が頭の中でこの名前がどうなのかを吟味しているのが、見ている和人にも分かった。
その無言に耐えられず口を開く。
「やっぱり、今のは無かったことにしてくれ。よく考えれば黒いのは俺だけだし、空を飛ぶのも俺と浩太だけだしな」
顔を赤くすることは流石になかったが、和人にしては珍しく恥ずかしそうに早口で言い切った。
「いえいえ、良いと思いますよ」
「おう良いんじゃねえか、シンプルで」
「今までのに比べたらだいぶマシね」
和人の思いとは裏腹に三人には好感触だった。もう疲れているからさっさと決めたかった、という気持ちがあったことは間違いないだろうが。
「マークを鳥にすればそんなに変ではないと思いますよ。それこそ『レッドドラゴン』という名前の部隊が実際にありますけど、本当にドラゴンなわけでは無いですしね
優樹菜の言った部隊は、和人もネットなどで聞いたことがあった。
一部の特殊兵が芸能人じみた人気がある現代日本において、国も軍の広告塔として特殊兵を一般社会に露出させていた。無論、国防に支障が無い範囲でということだが。
「それならマークも簡単ね」
和人が今からでもどうにかして名前を変えさせようと思案している間に、冬美が和人の意見を採用したマークを考え出す。
冬美が学生用端末のメモ機能に描いたイラストは、サッと描き上げたものにしてはかなりのものだった。
黒色で横向きに飛ぶ鳥が描かれたシンプルな構図だが、鳥の体が流線型のうねるような図形で構成されていて、独特な味があった。
「冬美さん凄いです。イラストの才能もあるなんて」
「へぇ、こんなの描けるのか。オシャレだな」
優樹菜と浩太が冬美の描いたイラストを褒めちぎるなか、和人は図らずもそのイラストに目を奪われていた。
「大丈夫ですか、和人さん」
「ん、ああ。何でもない」
優樹菜の声で我を取り戻し、なんとか返事を返す。
そんななか浩太が冬美のイラストに意見を言った。
「でもよ、和人が言ったのは『|black bird"s"《ブラックバー"ズ"》』なんだろ? もう一羽ぐらい描いたほうがいいんじゃねぇか?」
「それもそうね。貴方にしては良いところに気が付くじゃない」
「一言余計だ」
冬美が今一度学生用端末に指を使って描き込むと、もともと描かれていた一羽に若干重なるようにして、追加の一羽が描かれていた。
「指だとやっぱり線が綺麗じゃないわね。今度ちゃんとした状態で描かせてちょうだい」
「なんだ、フユミも案外乗り気じゃねーか」
「馬鹿言わないで。貴方たちに任せていたらどんなものになるか分からないでしょう?」
確かに和人は絵心にも自信が無かった。
「でも本当に素敵ですよね、このイラスト。今度先生に部分塗装だけでもできるか聞いてきます!」
優樹菜の輝くような笑顔とともにそんなことを言われてしまっては、もはや和人に「やっぱりやめよう」なんてこと言えるはずがなかった。
こうして和人達のチーム名が決まり、ギアに描くマークも後日専用の端末で描かれた状態で提出されたものに決められた。
『Black Birds』。そして黒で描かれた二匹の鳥のイラストが、和人のチームを表す目印となった。
お読みいただきありがとうございます!
3話からかなり期間を開けてしまいました。申し訳ありません。Twitterや活動報告の方でも報告させてもらった通り、これからも一週間に1話ぐらいのペースで投稿していくと思います。
書き溜めができたら他のやつも書いていきたいですが、まずは一巻分を完結できるよう頑張ります。
本篇ではようやくタイトル回収(?)ができて良かったです。いろいろとゴチャゴチャしすぎ感は否めませんが……。
さて、次話についてですが、流石にそろそろ主人公たる和人のギアによる戦闘シーンを書かねばと思っています。和人の実力に関しては匂わせばかりしていますからね。彼の実力の一端でも垣間見れるのでしょうか?乞うご期待です!
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面白いと思ってくれた方や、次の話が楽しみだという方はぜひよろしくお願いします!!!