第16話 肩揉み
「ではでは、そんなにお疲れというのでしたら、肩でもお揉みしましょうか」
エリカはそう言うと立ち上がって俺の後ろに回り、肩に手を置いた。
「別に肩が凝ってるとかそういうんじゃないからいいよ」
疲れたのは肉体的にではなく精神的にである。
それにいくらエリカ本人が俺に尽くしたいと言っているとはいえ、初対面の美少女にあれこれ一方的にさせるのは気が引けてしまうし、人としてどうかとも思う。
俺は基本小市民なんです。
「まぁまぁそう仰らずに。悪魔の誘惑にあったとでも思って心を開いてくださいな」
「それは完全に俺が騙されてるって意味ではないだろうか」
「まったくもう、トールはイチイチ細かいことばかり気にしますね。男の子なんですから、女の子の気持ちはもっとおおらかに受け止めないと」
「ちっとも細かくはないと思うんだが……」
「こう見えてわたしは、お祖父ちゃんからエリカの肩揉みはまるで慈愛の女神の息吹のようだと褒められてたんですよ?」
「知らんがな……」
「では納得がいったところで」
「今の話のどこに俺が納得する要素があったかは皆目検討がつかないんだけど、とりあえず俺の意見を聞く気がないってことは納得した」
「ご納得いただけてなによりです」
「ほんとメンタルが硬い、硬すぎる……」
「ふふっ、わたしの極上の指テクでトールの硬くなったところを余すところなくしっかりほぐして、快楽の極みに連れていって差し上げますからね」
「あからさまにエロを想起させるような言い方はやめような」
「はてなんのことでしょう? もしかして溜まってるんですか? そう言えばおっぱいばっかり見てましたもんね」
「くっ、いちいち蒸し返しやがってからに……」
この話がまさかそこに帰結するとは思いもよらなかった。
さすがエリート美少女だ、俺とは頭の回転も口の上手さも違い過ぎる。
こうやってちょっと話すだけで、俺はそのことを否応なく理解させられてしまっていた。
「では話も済んだところで、早速揉んでいきますので、痛いところとか気持ちいいところがあったらその都度、言ってくださいね」
「じゃあまあせっかくだしよろしく頼むかな」
純然たる好意でやってくれるっていうのに、これ以上グダグダ言って断ることもないだろう。
逆に悲しませちゃうかもしれないし。
可愛い女の子を悲しませるのはいけないよね。
というわけで俺はエリカに肩を揉んでもらうことにした。
「どうですか? この辺りはけっこう凝ってる感じなんですけど」
「あ、すごく気持ちいい……あっ、ひぁっ、ふぁんっ」
エリカの巧みなマッサージの前に、俺の口からはついつい切ない嬌声が漏れ出てしまう。
「ふふふ、わたしのフィンガーテクニックはなかなかのものでしょう?」
「確かにこれは超気持ちいいな……」
「トールに喜んでもらえて何よりです」
とまぁそんな感じで俺はエリカに肩や首をマッサージしてもらっていたんだけれど。
しばらくすると俺はとある重大な事実に気付いてしまった。
とても重大な事実だった。
野球の日本シリーズがエンドレス延長して深夜アニメが大幅に後ろにズレて、最速放送じゃなくなったどころか1週延期になるくらいに重大だった。
いったいなにがそれほどまでに重大だったかというと!
お、おっぱいが!
エリカのおっぱいが俺の背中に当たっているぞ!?
エリカの腕の動きに合わせて、俺の肩甲骨のあたりにエリカのおっぱいがふよふよ触れているぞ!?
もしエリカと結婚したらこのおっぱいを合法的に触れるのでは……!?
はっ!?
俺は今、何を考えていたんだ!?
状況や自分への好意を利用して女の子のおっぱいを好き放題触ろうだなんて、それじゃまるで俺たちアニオタが大嫌いなヤリチン陽キャの発想じゃないか!
落ち着け、落ち着くんだ遊佐遠流。
俺は深夜アニメが好きな、女の子とろくに話したこともない、深夜のハイテンションでついつい異世界転移魔法を発動させちゃうような、極めてどこにでもいる無職童貞なんだ。
可愛い女の子と見れば即ナンパして酔わせてお持ち帰りワンナイトラブしようとするヤリチン陽キャとは違うんだ。
そんな己の在り方に誇りを持つべきなのが、今まさにここじゃないのか!?
だいたい今はエリカの好意で肩を揉んでもらっているというのに、おっぱいが当たる柔らかい感触が気持いいとか、さすがにそれは人としてまずいだろう。
だがしかし!
そうだと分かっていても!
このおっぱいのなんたる柔らかさか!
これがおっぱいが当たるということなのか!
実にルネッサンスかつエクセレント!
これで落ち着くとか童貞には不可能だろ常識的に考えて!!
くぅっ!
俺は、俺はいったいどうすればいいんだ!?
…………
……
「その、さっきからな、なんていうか、エリカの胸が俺の背中に当たっててだな?」
散々心の葛藤を繰り広げた末に、俺はやはり無職童貞として正しい行動をすることを選んだ。。
おっぱいの誘惑にアニメオタクとしての誇りが勝った。
自分で自分を褒めてあげたい。
やはり俺を倒せるのは俺だけだ。
「それはもう当ててますから」
「……なん……だと?」
当てている、だと?
「トールがどんな反応するかなって思ってわざと当てていました」
「くっ、故意か、故意だったのか!? 童貞男子の心を弄ぶなんてひどい! 指摘するべきかしないべきか、清水の舞台から飛び降りるほどのものすごい葛藤の末の決断だったのに!」
「おかげですっごく意識しているのにしかめっつらして必死に内心を押し隠しながら、あれこれ考えて苦悶するトールの素敵な表情が見れました」
「お前悪女だな!? さては真性の悪女だな!?」
「でも嬉しかったんですよね? 葛藤しちゃうくらい気になって気になってしょうがなかったんですよね? わたしのこと意識しちゃいまくりでしたよね?」
「くっ、1ミリたりとも反論できない自分が憎い……!」
反論だなんてそんな、あのやわやわな魅惑の感触に対して、そんな失礼なことをするなんてとても許せないですよ!




