4 クラーク侯爵一家とお夕食
レイン先生の学生時代のお話が出てきます。
クラーク侯爵邸にて夕食をご馳走になることになりました。
食卓にはクラーク侯爵夫妻とご長男であるユーイン様、クラーク様、グリフィス先生、私という面々。
クラーク侯爵家は美形一家なのだとわかる。
侯爵はクラーク様と同じ赤髪に金色の瞳、夫人のオリヴィア様は亜麻色の長く美しい髪に緑色の瞳。ユーイン様は夫人に似ていらっしゃるのか、中性的な雰囲気のある美人だ。クラーク様は侯爵に似ている。髪色もそうだが、凛々しいお顔立ちはやはり親子だと感じさせる。
「二人とも、今日はどんな勉強をしたんだい?」
クラーク侯爵がにこやかに話題を振ってくださった。
「東の国の古文書解読をいたしました」
クラーク様が表情を動かすことなく答える。その無表情に違和感を感じないくらいには慣れてきたと思う。
「ほう。東の国の古代文字は未解読であったと記憶しているが」
「二人して解読しおったぞ。これだから若者は面白い」
クラーク侯爵の言葉にグリフィス先生が声を上げて笑った。
「まぁ、それは素晴らしいわね」
クラーク夫人も目を丸くしている。
「クラーク様があっという間に解読されたのです。私、感動しました」
鮮やかな解読を思い出してつい熱が入ってしまう。
「先に並び替えに気づいたのはフローレス嬢だ。あれがなければ閃かなかった」
クラーク様の言葉に、侯爵夫妻が嬉しそうに微笑む。
「やはりグリフィス先生の仰る通りだ。カメリアは聡い子だね」
晴れやかな笑みを向けられて、少し照れてしまう。
「そうだ、ユーイン。学園の話をしてあげなさい。きっと興味があるだろう」
話を振られたユーイン様がゆったりとした動作で視線を私に向ける。
お顔立ちは夫人にそっくりだが、瞳の金色は侯爵譲りなのだとわかる。
「そうだね。私はまだ2年生だから専門的なことを講義で学んでいるわけではないのだけど、研究室に配属された面白い先輩の話なら知っているよ」
ユーイン様はそういって悪戯っぽく笑った。
学園は13歳になると入学となる。13歳から18歳までがそれぞれ1年生から6年生というわけだ。そしてグリフィス先生によると、4年生から成績優秀な生徒は研究室に配属され、より専門的な勉強ができるらしい。研究室配属になった生徒の多くは国立研究所へ就職するのだとか。まぁそのほとんどは男子生徒らしい。それもそうだ。一般教養を受けるために学園に入学はするものの、女子生徒のその後はほとんど決められているようなもの。――良き殿方との結婚。結婚などより、国立研究所に就職したい。きっとそんなわがままは通用しないのだろうけれど。
「その先輩はアルフレッド・レインという方でね、現王の甥なのだけど学園創立以来の天才と呼ばれれているんだ」
創立以来の天才! なんて面白そうなお話!
思わず身を乗り出してしまう。
「あのアルフレッドがのう。きっと学園でも無茶をやらかして周りを巻き込んでいるのだろうよ。あの研究狂いのことだ。今でもあの傍若無人っぷりが目に浮かびおるわ」
グリフィス先生が溜息を吐きながら眉間を押さえた。
「やはりグリフィス先生もレイン先輩をご存じなのですね。教え子だったのですか?」
ユーイン様が亜麻色の少し長めの髪を耳に掛けた。
「あぁ、そうだ。私の教え子の中で最も賢く一番の問題児であった」
深く息を吐いて肩を落とすグリフィス先生の姿は初めて見た。
「どのような方なのですか?」
いつも余裕のあるグリフィス先生に溜息を吐かせる人とは、いったいどんな方なのだろう。
「そうだのう。ずば抜けた頭脳の代わりに研究以外の能力をすべて欠いた男だな」
先生は懐かしそうに苦笑した。
「寝食を忘れるのは当たり前。放っておくと栄養失調で倒れることもよくあった。教えたことはすぐに吸収しそれ以上のこともすぐできるようになるものだから、直に教えることもなくなってな。勉強を教える時間よりもそれ以外のことを叩きこんでいる時間のほうが長かった」
「それ以外のこととは?」
クラーク様が尋ねた。
「飯は三食食う。夜は寝る。定期的に風呂に入る。部屋は片づける。人と関わり理解する努力をせよ。これがなかなかできんくてのう。苦労したものであった」
グリフィス先生が目を閉じて笑った。
なかなか癖の強い方らしい。
――会ってみたいけれど、私が学園に入る頃には卒業されているわよね。
可能性があるとすれば、私が国立研究所にはいること。けれど、それも届かぬ夢。私だって結婚しなくてはならないのだろうから。
それでも、きっと学園に入って研究室に配属されれば、面白い方たちと出会えるはずだ。
ユーイン様とグリフィス先生の話を聞いて、楽しみが増えたのだった。
「今日は本当にありがとうございました」
夕食の後、お見送りをしてくださるクラーク侯爵家の方々にに向けてお礼を述べる。
「私も有意義な時間を過ごせた」
「またすぐにでもいらっしゃい」
夫人が優し気に微笑む。
「ありがとうございます」
本当に楽しい一日だった。
グリフィス先生と共に馬車に乗り込む。
「先生、今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです!」
「カメリア。お前の未来はお前自身が変えられるのだ。今日だってそうだろう。これからも、それを忘れるな」
グリフィス先生の深い青がスッと細められ、大きな手で私の頭を撫でた。
充実した一日を噛み締めながら帰路につく。家に帰るとまたいつもの日常が繰り返されるのだろう。
「ではまた、来週の授業で」
私を屋敷に届けると、グリフィス先生は帰っていった。
「お帰りなさいませ」
「ただいま、マリア」
私を出迎えてくれたのはメイドのマリア。両親に関心を向けられていない私を使用人もどことなく避けるのだけれど、マリアだけは時々話し相手になってくれる。そのため、彼女のことを姉のように慕っている。
「お父様たちはどうしているかしら」
「はい。旦那様は書斎でお仕事を、奥様とアイリス様は先程お休みになりました」
「そう……」
寂しくなってしまったのは、仲睦まじいクラーク侯爵家の姿を見たあとだからだろう。
「カメリアお嬢様……」
マリアが気遣わし気に視線を落とす。
「私も部屋に戻って休むわ。そうだ、クラーク様から本をお借りしたの。運ぶのを手伝ってくれる?」
眠くなるまで本を読もう。きっとその方が落ち着くだろうから。
「かしこまりました」
マリアに運ぶのを手伝ってもらった本を、ベッドに腰掛けて開く。
次のグリフィス先生の講義まで、クラーク様にお借りした本を読んでいよう。
――そうしたらきっと、寂しくない。