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凛と咲け  作者: 三郷 柳
36/38

36 大怪我


 教室から一歩出れば針の筵。懐かしい感じがするが、ここ最近私に向けられる悪意は去年の比ではない。

「カメリア、大丈夫?」

「平気よ。こうなるように仕向けたのは私だもの」

「しかし、危なくはないか。危害を加えてくる者が出てくるかもしれない」

 昼休みや移動教室のときにはソフィアと殿下が付き添ってくれるようになり、少々心苦しい。私の行動で二人に負担をかけてしまっている。

「大丈夫ですよ。流石に殺されることはないでしょうし」

 死なない程度の怪我ならば問題はない。

「フローレス。それはいけない」

 殿下の金色の瞳が諭すように私を見つめる。ソフィアも大きく頷いている。

「少しぐらいなら怪我をしてもいいと思っているのだろう?」

「……はい」

「もっと自分を大切にしなさい。君を傷つけていい人間など、一人もいないのだ」

「殿下の仰る通りよ。あまり危ないことはしないで、カメリア。もっと私達を頼ってほしいの」

 ソフィアの柔らかい手が私の手を包む。

「二人にはもう沢山助けてもらっているわ。ありがとう」

「少しでも危険を感じたら、すぐに言うこと。いいな? フローレス」

 学園中が私を嫌っている。この異常な空気に殿下は危険を感じているようだ。

「わかりました」

「遠慮なんてしたら許さないからね」

 ソフィアの瞳にも不安の色が見える。二人の様子に、状況は自分が思っているより悪いのかもしれないと思い始めるのだった。


 放課後。ソフィアと共に寮に戻り、自室に着いてから図書室の本の貸出期限が今日までだということに気が付いた。

「返しに行かなくては……」

 けれど、一度帰って来たのにまたソフィアを付き合わせるのはどうにも気が引けた。図書室に行って本を返して戻ってくるだけだ。放課後だし人もそれほど多くはないだろうし。

――このくらい問題ないわ。

 一人で校舎へと向かう。夕方とはいえ夏が近いので外はまだ明るい。校内には課外活動をしている生徒がちらほらと残っている。やはり視線は集めてしまうが、実害はないため安心して図書室へと向かう。

 階段を上がって角を曲がれば図書室に着く。誰かに絡まれることなく到着できそうだと安堵して階段を上り切る。

 トンッ――。

 突然の浮遊感。体が宙を舞う。後ろ向きに倒れているのだと気付いた瞬間、反射的に頭部を守ろうと空中で体を捩った。

「――っ……!」

 右半身を床に強打し、激痛のあまり一瞬呼吸が止まった。痛みで声が出ない。床には持っていた本が散乱する。

 パタパタ――。

 涙で滲む視界の端に、階上を走っていく人影が見えた。

――痛い。腕も、足も。腰も打ったかもしれないわ。

 立ち上がるどころか蹲ることしかできない。

――本、無事かしら。破れたりしてないかしら。

 激痛で悶えながら気になるのは放り出してしまった図書室の本。貴重な資料だ。傷をつけてはいけないのに。

「ぁ……い、たた」

 ようやく声が出るようになったものの、痛すぎて動けない。

――どうしましょう。早く、汚損はないか確認しなきゃいけないのに。

 身を捩るも激痛が走り体を起こすこともできない。床がヌルヌルすると思ったら、血が出ていた。痛い箇所がありすぎて、どこから出血しているのかはわからない。血で本が汚れてはいけない。痛みを耐えるために瞑っていた目を開けて、本を探す。

「ぅ、ぅう……」

――あった。良かった、血は付いてないみたいね。

 ひとまず安心して再び目を閉じる。痛みが引くまでは転がっているしかないようだ。あまり遅くなるとソフィアが心配するかもしれない、とぼんやりした頭で考える。

「フローレス――!」

 声がしたかと思ったら、階上から人が駆け下りてくる音が聞こえる。

「しっかりしろ! フローレス!」

 うっすらと開けた視界に映ったのは赤い髪。

「ク、ラーク、さ、ま……?」

「何があった……! いや、今はどうでもいい。医務室へ行こう。すまない、痛むだろうが」

 そう言って私の体の下に手を差し入れると、クラーク様は私を横抱きに持ち上げた。

「ぃ……っ!」

「すまない、フローレス」

 ぼんやりとした視界に映ったクラーク様の顔は、苦し気に歪んでいた。

「クラー、ク様」

「どうした、フローレス」

「ほ、んが。わた、し……」

 クラーク様が息をのむ音が聞こえた。

「心配ない。あとで私が返しておく」

 クラーク様の声が密着した体から響いて伝わる。心地よい揺れも相まって、意識がだんだんと遠のいていった。


「カメリアは! カメリアは無事なのですか!?」

「フローレスの容体は――」

 痛みで目を覚ますと、カーテンの向こう側からソフィアと殿下の声が聞こえた。どうやらここは医務室のベッドらしい。

「右半身を強打したらしい。広範囲の打撲と右足首の捻挫、頭部を少し切っている。応急処置はしたが頭を強く打っているようだから、今晩は医務室に泊まってもらって様子見だな」

 説明をする声は聞き覚えがない。恐らく養護教諭の先生だろうか。前に来たときは不在だったから、会ったことはなかったなと、ぼんやりと思う。

「おい、クロード。フローレスが大怪我で運ばれたと聞いたが大丈夫なのか」

 また新しい声が登場した。この声はレイン先生だ。先生にまで心配をかけてしまっているのか。

「フローレスはひとまず心配ない。それよりアルフレッド。ついでにお前も泊っていけ。四日は寝てないだろう」

 どうやらレイン先生もお泊りコースらしい。

「ちょっと、それは」

「何だ、羨ましいか、クラーク?」

「クロード先生、私もカメリアが心配なので一緒にいても良いですか? クラーク様もご一緒に」

「ベネットっ」

 クラーク様の焦った声はレアだ。

――ソフィア、ありがとう。ナイスプレーよ。

 心の中で手を合わせた。

「しょうがねえなぁ。イライアス殿下はいかがなさいます? 泊っていきますか」

「いえ! 寮に戻ります。明日また、フローレスの様子を見に来ますので。失礼します」

 殿下はバタバタと帰って行った。

「ありがとうございます、オクレール先生」

「構わんさ。怖い思いをしただろうからな。友達がそばにいてくれる方がいいだろう」

 そう言ったオクレール先生はトーンを落として切り出した。

「学園の医務室に運ばれてくる患者といえば、栄養失調の馬鹿教師くらいのもので。あとは軽い体調不良とかかすり傷なんだよ」

 そして深く息を吐ききって不愉快そうに声を出す。

「あんな傷だらけで意識失うほどの重症、まずない。誰かが故意にやらない限りな」


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