33 女子会(2)
「ねぇ、カメリア。今日、少し様子がおかしかったけれど何か私に隠していることはない?」
ソフィアの青い瞳には隠しきれないワクワクが見える。恐らく、気づかれている。
「あら、秘密のお話? 楽しそうね」
オーレリア様の口元も楽し気に笑っている。
「絶対に、誰にも言わない?」
「えぇ」
「もちろん」
二人の声が重なる。緊張しているのか、口の中が渇く。こうやって同年代の友人に相談するのは初めてだ。緊張するけれど、この二人になら話せるという妙な心強さもある。
「最近、気づいたのですけれど」
膝の上にのせた両手をギュッと握りしめる。
「私、クラーク様のことが、好き、なのです」
顔が頬と耳が急激に熱を持つ。心臓もバクバクと脈打って暴れている。
――熱い。恥ずかしい。
自分の中を曝け出しているようで、恥ずかしくて仕方ない。言ってしまった、私の中に隠しておこうと思っていた気持ちを。ドキドキして恥ずかしくて顔は熱くてめちゃめちゃだが、不思議とスッキリしている。
「まぁ……! クラークのことが? いいわぁ。とっても良いじゃない!」
オーレリア様はクールな見た目とは裏腹に、手を叩いて目を輝かせている。
「クラーク様とカメリア、凄くお似合いだと思うわ! ミラーなんかよりずっと。いっそ別れてしまえばいいのに」
「ミラーというのがカメリアの婚約者なの?」
「えぇ。8つのころに婚約しまして」
「そんなに幼い頃に? これだから両家の子女というのは嫌なのよ」
オーレリア様が溜息を吐いて頭を振った。
「そうですね。女が家のためにできることは〈結婚〉だけだと言われているようなものですわ。私達の価値はそんなものじゃないというのに」
ソフィアが憤慨する。彼女たちの話に〈未来〉を感じる。ステレオタイプな〈女の在り方〉から脱した新しい感じ方を。
「結婚は伯爵家のためなのだと、疑いもせずに思っていました。私の役目なのだと。お二人の言葉、とても新鮮です」
目から鱗である。伯爵家への役の立ち方は他にもあるのではないか、そう思えたのは初めてだ。
「時代は変わっていくのよ。私達が、変えていくのよカメリア。望んだ生き方を手に入れたいじゃない?」
そう言って悪戯っぽく笑うオーレリア様が格好良くて、美しくて。
――なんだか……。
「ついて行きます、お姉様! って言いたくなりますね」
私の考えとシンクロしたようにソフィアが声に出した。
「あら、なかなか良い響きね」
オーレリア様もまんざらでもない様子で微笑んでいる。
「クラークのどこが好きなの? 女子にモテているようだけれど、無表情の堅物でしょう?」
「確かに無表情ですが、何故か感情が分かるのです。自分でも不思議なのですけれど」
クラーク様のお顔を思い出して口元が緩む。初めて会った日から、変わらない無表情。それでもいつも、優しさが私を包んでいた。
「それにクラーク様は私の考えを汲んでくださるのです。否定せず、私の声をちゃんと聴いてくださるところが、その……とても好ましいと」
だんだんと恥ずかしくなってきて後半は尻すぼみになってしまった。ソフィアとオーレリア様はそんな私をニヤニヤしながら見守っている。
「初々しくていいわぁ」
「カメリア、とっても可愛いわ」
私を見つめる瞳はとても優しい。妹を見る姉のような視線だった。面映ゆい感じがするが、それがどこか嬉しかった。
「ソフィアとオーレリア様は好きな方いらっしゃらないのですか?」
お返しとばかりに問いかけると、二人は首を傾げて悩み始める。
「そうねぇ。特にいないかも」
「私も、出てこないわねぇ」
「ではどのような方が好きですか?」
二人は悩みながらも口を開く。
「私は〈女を下に見ない〉人が大前提かな。互いに尊重し合える関係になれる人が良いわ」
ソフィアがニコッと笑って答えた。
ふと、サリバン様の顔が浮かんだ。
――サリバン様とソフィアの組み合わせ、なかなか良いわね。
見目麗しい二人が並んでいるところはきっと壮観だろう。それに性格も合うような気がする。ソフィアもどちらかというと悪戯好きというか、行動力のある人だし。
「私はそうねぇ。可愛げというか揶揄いがいのある人が良いかしらね」
オーレリア様は綺麗な口元をニヤリとつり上げる。咄嗟に浮かんだのは殿下の顔。殿下がオーレリア様に振り回される未来が見える。
――そんな未来もきっと素敵ね。
「意外と身近にいらっしゃるかもしれませんよ」
人の恋愛話というのはこうも楽しいものなのかと思う。自然と口元が緩んでいくのが自分でもわかった。
「え~。どういうこと、カメリア」
「誰か思い当たる人が?」
「ふふ。秘密です」
二人は不満そうに頬を膨らませて抗議の声を上げている。けれど、言ってしまったら起きるかもしれない可能性が消えてしまいそうで、勿体なくて言わなかった。ただ、実現すると良いと願う。
「カメリア、今とても楽しそう」
ふと、ソフィアが呟いた。優しく微笑んで私を見つめている。
「そうね。きっとクラークがカメリアにそんな笑顔をさせているのでしょうね」
オーレリア様の言葉に再び頬が熱くなる。自覚はあっても、人から改めて指摘されると気持ちがふわふわと落ち着かなくなる。
「ソフィアの言うように、ミラーなんて男とは別れてしまえばいいと思うわ」
「私にはその勇気がありません。情けないですけれど……」
「あら。そんなことないわ、カメリア。あなたはまだ13歳じゃない。今すぐ決断なんてできなくて当然よ。私達はこれからもっと強くなっていくの。きっと、今の自分では思いもしないような未来があると思うのよ」
オーレリア様はそう言って微笑む。
「私ね、カメリアはもう少し奔放でもいいと思うの。責任感が強くて真面目な所も大好きだけれど、もっと好き勝手しちゃえばいいのよ」
「ソフィアの言うとおりね。クラークにも、もちろん私にも沢山甘えたらいいのよ。カメリアが甘えてくれたらきっとクラークは泣いて喜ぶでしょうね」
オーレリア様はニヤリと口角を上げた。
「まさかそんな」
クラーク様の泣いているところが想像できなさ過ぎて笑ってしまう。見てみたいとは思うけれど。
「あら、冗談だと? まぁ泣かないにしても、あの無表情は崩れるでしょうね。今度試してみると良いわ」
オーレリア様は悪戯っぽく笑った。クラーク様に甘えるだなんて到底できる気がしないけれど。クラーク様がどんな顔をするのか想像するのは楽しい。
それから、私とソフィアはオーレリア様が学園に無許可で栽培している薬草について教えてもらったり、美容にいいという薬草を分けてもらったりして女子会はお開きになった。定期的に開催しようと約束をして。




