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凛と咲け  作者: 三郷 柳
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3 クラーク邸にて初めての勉強会


 グリフィス先生に連れられてやってきたのは、クラーク侯爵邸内の図書室。

――凄い。うちの何倍も本があるわ。

 高い天井の上部まである本棚が四面の壁に備え付けられてある。

 その蔵書量に圧倒されて立ち尽くしている私を見て、男の子――クラーク様が声を掛けた。

「フローレス嬢も読書家であると聞いた。帰りに数冊借りていくといい。うちの蔵書には珍しい書物が多くある」

 クラーク様の黄みがかった緑色の目に私が映る。

「良いのですか! ありがとうございます、クラーク様!」

 驚きと嬉しさのあまり、他人様のお屋敷、それも図書室で大声を上げてしまった。

 慌てて口を押さえるも、口元はにやけてしまっている。

「良ければ感想を聞かせてくれると嬉しい」

「もちろんです」

 グリフィス先生は私たちの会話を楽しそうに聞いていた。

「さて、二人とも席に着きなさい。勉強を始めよう」

 私達に着席を促すとグリフィス先生は鞄から分厚い古書を取り出した。

「お前たちは文学に関心があるようだからのう。今日は二人でこの一節を解読してみなさい」

 そう言ってグリフィス先生は古書の一節を示した。いつも講義で解く量よりはるかに短いが、難しさはいつもの比ではなかった。

――見たことのない文字列だわ。

 馴染みのない文字の羅列。取っ掛かりを探そうと身を乗り出して眺める。

「これは東の国から伝わったという書物に似ているな」

「クラーク様、ご存じなのですか?」

 クラーク様が文字を指で辿る。

「他の古文書で引用されているのを見たことがある。しかし……」

 無表情のクラーク様の眉根が少しだけ寄る。

「未だ解読されていない文字だったはず。それに希少なもので世界に数点しか残っていないと記載されていた。先生、なぜこのようなものを?」

 クラーク様が首をかしげると、綺麗な赤髪がさらりと流れた。

「それは秘密だ」

 グリフィス先生はニヤリと悪戯っぽく笑った。

 謎の多い方だ。

「グリフィス先生はなんて書いてあるのか読めるのですよね?」

「もちろんだとも」

 深い青色の瞳が愉快気に細めらる。

「ではグリフィス先生がこの文字の解読者なのですね! なぜ発表しないのです?」

 歴史的快挙となる発見なのに。

「発表してしまったら他の人間が解読する楽しみを奪ってしまうだろう。そんなものはつまらん」

 事も無げに言い放つグリフィス先生。本当に変わったお方だ。

「さぁ、解いてみなさい。その権利は誰にでもある」

 クラーク様と共に文字列を辿り、参考になりそうなクラーク邸の書物を机いっぱいに広げ格闘する。

――あ、この単語は。

「クラーク様、ここの文字列は恐らくこのように並び替えるのではないでしょうか。そして出てくるこの単語は」

 ノートに文字を書き連ねる。

「オニ、か。確か怪物の類だな。なるほど、これは東の国の古いファンタジーといったところか。それなら……」

 クラーク様は何か思いついたようで、すごい速さでペンを走らせる。

「ここの節はこのように並び替える。そしてここは一つずつ入れ替える」

 ノートに文字列を書き矢印で順番を入れ替え、私にもわかりやすく説明してくれた。そしてクラーク様はあっという間に古文書を解読してしまわれた。

「なるほど! 凄いです、クラーク様! 未解読の古文書を解読してしまうなんて」

 若干9歳で、この才能。

「いや、フローレス嬢が閃かなかったら私もこんなに早くは解けなかった」

 緑の中に黄色が散りばめられた綺麗な瞳がキラキラと光る。

「二人とも、よくできたのう。やはりお前たちを会わせて正解であった。お互いに刺激になるだろう。これからも時々こうして勉強をしよう。きっともっと多くの発見があるはずだ」

 そう言ってグリフィス先生は楽しそうに目を細めて笑った。


「こんなに借りてしまって良いのですか?」

 グリフィス先生の講義が終わり、クラーク様が色々と本を見繕ってくれた。

「もちろんだ。あとで馬車まで運ばせよう。今度感想を聞かせてくれ。フローレス嬢の見解をぜひ聞いてみたい」

 クラーク様が選んでくれた本はどれも専門的で重厚なものばかりでとても読みごたえがありそうだ。

「ありがとうございます」

 楽しさと嬉しさと、同士が見つかったというような不思議な高揚感で自然と頬が緩む。

「おや、カメリア。もう帰ってしまうのかい?」

 図書室を出ると、上階から下りてきたクラーク侯爵に声を掛けられた。

「はい。今日はお邪魔させていただきありがとうございました。とても有意義な時間でした」

 軽く膝を折って挨拶をする。

「それは良かった。サイラスも楽しんだようだね」

 クラーク侯爵はちらりと我が子の顔を見て微笑んだ。

 クラーク様は相変わらず読めない表情だったが、流石は親子。侯爵様にはお見通しらしい。

――良い親子だなぁ。

 二人の姿を見て、少し胸がチクリと痛んだ。

 私、最後にお父様の顔を見たのはいつだろう。

「そうだ、カメリア。良ければ夕食を一緒にどうだい? グリフィス先生もぜひ」

 クラーク侯爵が良いことを思いついたと頷いている。

「ありがたいお誘いですが、家の者に聞いてみなければなんとも……」

 私が眉尻を下げて戸惑っていると、グリフィス先生がポンと肩に手を置いた。

「それなら心配ないだろう。今日一日、カメリアの保護者を仰せつかったのでな。フローレス伯爵から」

――先生、一体お父様とどのようなお話をなさったのかしら。

「では、決まりだ。食事しながら話を聞かせておくれ。グリフィス先生から聡明な子だと聞いてずっと話してみたかったのだ」

 では夕食のときに、そう言い残してクラーク侯爵は仕事に戻られた。

 表情豊かなところはクラーク様とあまり似ていないけど、知的欲求に忠実そうで好奇心旺盛なところはそっくりだと思う。

「父が強引で申し訳ない。都合が合わないようなら遠慮なく言ってくれ」

 クラーク様の声が若干呆れている。

「いえ、お誘いいたただけて光栄です」

 博識な人たちに囲まれたこの空間は刺激に満ちていて、とても楽しい。

 来る前はあんなに不安だったのに。

――恐れをその内に飼い慣らし、前へ進みなさい。

 グリフィス先生の言葉がこだまする。

 怖くても踏み出さなきゃ、その先にある可能性は掴めない。怖いのも不安も緊張も嫌だし逃げてしまいたいけれど、もし逃げていたら今日はなかった。

 恐れる心と向き合うことができたなら。私はこれから先、きっともっと色んなことを知ることができる。

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