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凛と咲け  作者: 三郷 柳
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2 サイラス・クラークとの出会い

お話は少し遡りまして、カメリア7歳、クラーク9歳です。


 あとどれくらい頑張ったら、お父様とお母様は私を好きになってくれるのかしら。

 きっとまだ、努力が足りないのだわ。もっともっと、マナーもお勉強もダンスも頑張らなくては。


――今日はグリフィス先生がいらっしゃる日だわ!

 私はこの日を心待ちにしていた。

 週に一度、私とアイリスに勉強を教えに来てくださるヒューバート・グリフィス先生。先生は名門クラーク侯爵家で長年家庭教師を務めている凄い人だ。お父様がアイリスのためにとあらゆる人脈を駆使して依頼したらしい。私はただのおまけだが、そんなことは問題ではない。グリフィス先生の授業を受けるのが私の一番の楽しみなのだ。

「グリフィス先生! 先週のお話の続きが知りたいです! 自分で解読してみたのですがところどころ意味が繋がらないのです」

 先生が部屋に入るなり、私はノートとペンを片手に駆け寄る。

 グリフィス先生は御年60と聞いているが、とても若々しい。白髪で長身、背筋もいつもしゃんと伸びている。

「やぁカメリア。どれ、見せて御覧なさい」

 グリフィス先生は私の手からノートを受け取ると、一瞬にして目を通してしまう。

「ほう。よくできているではないか。この単語も自分で調べたのだな? なかなか希少な表現だからのう。自力ではちと難しかっただろう」

 グリフィス先生は目を細めて私の頭を撫でた。

「さぁ席に着きなさい。続きを教えよう」

「お姉さま、すごいわ。私、全然できなかったもの」

 アイリスの瑠璃色の瞳が尊敬のまなざしを向ける。

 素直な妹の褒め言葉がくすぐったい。

「アイリスもきっとできるようになるわ。一緒に頑張りましょう」

「はい! お姉さま」

 アイリスは嬉しそうに微笑んだ。

 グリフィス先生の講義を受けている間が、私たち姉妹が一緒にいられる限られた時間である。きっとアイリスもこの時間を大切に思ってくれているのだろう。

 講義が終わると、グリフィス先生の時間が許す限りお話をする。アイリスは次の講義があるのでグリフィス先生とマンツーマンだ。

「カメリアはとても優秀だ。私が見てきた生徒の中でも群を抜いて熱心だしのう。学園に入学したら研究室入りは間違いないだろう」

「研究室?」

「あぁ。学者の卵たちの集いだ。きっと良い刺激になるだろう」

 研究室、か。貴族の子息令嬢は13歳になると学園に入学することが決まっている。

――あと6年かぁ。早く入学したいなぁ。

「そうだ、カメリア。カメリアに会わせたい者がおる。今週末出かける準備をしておれ」

 グリフィス先生が何か閃いたようで、楽し気に目を細めた。

「ですが、お父様のお許しがもらえるかどうか……」

「なに、私に任せておれ。きっと良い出会いになろう」

 グリフィス先生は悪戯っぽく笑った。


 グリフィス先生はお父様をどう説得したのだろうか。週末、無事に出掛けられることになった。多くはないドレスの中から、余所行き用でも対応可なものを選んだ。アイスグリーンで装飾も少ない、すっきりとしたデザインが気に入っている。

「さぁ、行こうか」

 グリフィス先生のエスコートで馬車に乗り込んだ。

「先生、一体どちらへ行くのでしょう?」

「クラーク侯爵家だ」

「え!?」

 あの、クラーク侯爵家ですか。

 あの学者一族ですよね。古くから王国の発展に貢献し続けている、あの。

「私のような者がクラーク侯爵家へだなんて、畏れ多くて行けませんよ!」

「何を言っておる。カメリアは私の自慢の教え子だ。どこに出したって恥ずかしくなどない」

 グリフィス先生の深い青が私を見つめる。

「ですが、先生……」

 不安なものは不安だ。無礼をしてしまったらどうしよう。フローレス伯爵家へ泥を塗ってしまったら。

 緊張で指先から熱が奪われていくのを感じる。

「カメリア。お前は聡い子だ」

 先生は静かに目を閉じた。

「自分の力で進めることを知りなさい。聡いだけではいけない。恐れをその内に飼い慣らし、前へ進みなさい。カメリアにはきっとそれができるだろう」

 恐れを、飼い慣らす。

 そうか。私は今、恐怖に自分を取られてしまっている。私の中に私の意志で、掴まえておかなきゃいけないのだ。

「わかりました。私、頑張ります!」

 冷たい指先をギュッと握りこんだ。

 グリフィス先生は目を閉じたまま小さくうなずいた。


 ついに。

 これがクラーク侯爵家。

 執事に案内されて応接室に通された。

「お待たせしました、先生」

 グリフィス先生と並んでソファに座っていると、応接室に30代ほどの端正な顔立ちの男性が入ってきた。その後ろには私より少し年上であろう綺麗な顔の男の子。

「今日は時間を取らせてすまなかったな、ヘンリー」

 ヘンリー・クラーク侯爵。確か、先代は早々に爵位を息子であるヘンリー卿に譲って研究に没頭しているとか。

「いえいえ。他ならぬ先生のお願いですからね」

 クラーク侯爵は嬉しそうにグリフィス先生と話している。

 グリフィス先生にそっと背中を押され、軽く息を吐いて腹を括る。

「お初にお目にかかります。フローレス伯爵が娘、カメリア・フローレスでございます」

「君がカメリアだね。先生から話は聞いているよ。会えてよかった」

 クラーク侯爵はそう言ってにこやかに笑っている。

 良かった。どうやら今のところ粗相はしていないようだ。

「さぁ、お前も挨拶を」

 クラーク侯爵に促されて男の子が前に出る。

「お初にお目にかかります。サイラス・クラークと申します」

 そつなく挨拶をした男の子はびっくりするほど無表情だ。

 何か、怒らせてしまったのだろうか。

「無愛想な子ですまないね。別に機嫌が悪いわけではないんだ。ほら、カメリアが怖がっているじゃないか」

 私の不安げな顔に気づいてか、クラーク侯爵が男の子の肩に手を置いた。

「怖がらせてしまってすまない。怒っているわけではないんだ」

 相変わらずの無表情で男の子が言う。

 私の目を真っ直ぐに見て話すその様子から、嘘ではないとわかる。

「はい、承知しております」

 私の言葉にクラーク侯爵が目を丸くしている。心なしか、男の子のほうも驚いているようである。そしてグリフィス先生は楽しげに笑っていた。

「では、サイラスとカメリアよ。勉強の時間だ」

 そう言うとグリフィス先生は私達の肩に手を置き、ニヤリと笑った。

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