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凛と咲け  作者: 三郷 柳
17/38

17 天才は私達を振り回す


 昼食後、教室に戻り午後の授業を一つ終えた。残る授業はあと一つのみだ。ドアが開き入ってきたのは、ぼさぼさの銀髪に隈がひどい金色の瞳、けだるそうに歩く瘦身の男性。

「……っ」

 アルヴェーン殿下が軽く悲鳴を上げた。もの凄い拒絶反応である。

「へぇ。久しぶりだなぁ、イライアス」

 教室内を軽く一瞥した彼は、整った口元をニヤリと吊り上げた。横目で殿下の様子を確認すると、明らかに顔色が悪く視線が泳いでいた。

「相変わらず調子が悪そうだな。ま、それはいいとして」

 だらっとした歩みで教壇に立つと面倒くさそうに口を開いた。

「アルフレッド・レインだ。このクラスでは生物学を担当する。では教科書の5ページを開けー」

 レイン先生は簡単に挨拶を済ませるとすぐに授業に入った。クラーク様が手紙で話していた通り、授業はとても分かりやすく質問にも丁寧に答えてくださる。先輩方や殿下が仰るほど変わった方ではないのでは、と思い始めていた。

「では、今日はここまで」

 ベルが鳴り、レイン先生がチョークを置いた。この授業が最後であったため、生徒たちは荷物をまとめて教室を出ていく。殿下も俊敏な速さで教室を出ようとしていたのだが。

「イライアス、そんなに慌ててどこに行くのだ」

 レイン先生に呼び止められた殿下は、びくっと肩を震わせている。

「寮に戻るのですよ。授業は終わったでしょう」

「まぁそう焦って帰ることもないだろう。久々に会ったんだ、少し話でもしよう」

 にやり、と笑ってレイン先生は教卓に頬杖をついた。

「あぁそれと。カメリア・フローレスは君だな? 君とも話したいと思っていたんだ。良いか?」

「はい、私は構いませんが」

 殿下は諦めの表情でいらっしゃったが、ソフィアに目で何かを訴えかけていた。恐らく、逃げろ、的な意味合いだと思う。ソフィアも意図を汲んだようで私達に軽く手を振って教室を出ていった。

「噂は聞いていたよ、フローレス。クラークとは付き合いが長いのか?」

「はい。私が8歳のときにグリフィス先生の紹介で初めて会いました。私が婚約してからは会うことはなかったのですが、手紙でのやり取りは続けておりました」

 私の話を聞くとレイン先生は楽しそうに笑った。

「なるほどな。これは確かに〈訳アリ〉だ」

 意味が分からず首を傾げると、先生は手を上げて言葉を続けた。

「気にするな、こっちの話だ」

「レイン先生。先生の方こそ研究で忙しいのでは。放課後に生徒と与太話している暇などないでしょう」

 殿下がレイン先生に抗議する。その顔が早く解放してほしいと訴えていた。

「それもそうだな」

 レイン先生の言葉に、殿下の表情が安堵に変わる。

「では、お前ら二人に忙しい俺を手伝ってもらうとするか」

 先生はにっと笑い、殿下の表情は引き攣った。

「いや、私は遠慮しておきます」

 咄嗟に逃げようとした殿下の肩に先生の長い腕が回され、逃亡は阻止された。

「どうせ予定もないのだろう。久々に〈兄様〉と仲良く研究しようではないか。なぁ?」

 捕縛された殿下の目には光が宿っていない。完全に戦意喪失したようだ。

「フローレスも来なさい。研究室に行ってみたくはないか?」

 レイン先生の金色の瞳に覗かれる。先生の目は何もかもを見透かすようで少し怖い。そして、今現在私の心はしっかりと見透かされている。

「行ってみたいです!」 

 私の返事に殿下は額を手で押さえた。好奇心には抗えなかった。


「フローレス! どうしてここに……」

 レイン先生に連れられ、研究室に入ってみるとクラーク様が作業をしていらっしゃった。

――作業をしている姿、格好いいわ。私もあんな風になりたい。

 私の姿に気付くと、クラーク様は珍しく慌てたご様子で立ち上がった。

「そりゃあ俺が連れてきたからだけど」

 レイン先生の一言にクラーク様はすたすたとこちらに無言で近づいてきた。そして先生を捕まえると私と殿下から離れて先生に何かを話している。雰囲気からして先生に怒っているようだ。

「約束は破ってないぞ。ただフローレスに興味を持ったから連れてきただけだ」

「それはそれで嫌なのですが」

 暫く揉めている二人を見ていると、殿下が私にだけ聞こえる音量で呟いた。

「フローレス。これ、今逃げたら無事で済むと思うか?」

 殿下は逃亡を画策しているらしい。

「どうでしょうか。全速力で寮まで辿り着ければ可能性はありそうですが。殿下の全力疾走はよろしくないですよね」

 私の答えに殿下の目から再び光が失われてしまった。

「すみません、良い策が浮かばず……」

「いや、良いのだ。こんなことを言うのは忍びないが、フローレスと一緒に捕まっただけいくらか気は楽だ。助かる。私は何の助けにもならずすまなかった」

「いえいえ、私に関しては自分の意志でついてきましたし。どうか気に病まないでください」

 殿下は少し落ち着いたご様子で、力なく笑った。

「ありがとう、フローレス」

 私達が話していると、クラーク様に解放されたレイン先生が声を掛けてきた。

「今日初めて会ったわりに仲がよさそうだね、二人とも」

 レイン先生の言葉に、クラーク様の方から冷気が漂ってくる。

「主にあなたのせいですよ、兄様。本当に、私は兄様が苦手なのです! 思い付きで人を振り回すものではないと、毎日グリフィス先生に叱られていたではないですか。……グリフィス先生に兄様を叱ってくれるよう今度頼んでみます」

 殿下の最後の抵抗はレイン先生にクリティカルヒットしたらしい。グリフィス先生の名前を出されたあたりから、基本的に浮かんでいるにやつき顔が不快感でいっぱいの顔になった。

「イライアスも兄様を脅すようになるとは。成長したもんだ。ではまぁ今回はあまり揶揄わないでおくとするか」

「今回は?」

 聞いたことのないくらい低い声で先生に問いかけたのはクラーク様だった。

「クラークまで。揶揄いは研究の息抜きに必要不可欠だ。揶揄いがなければ俺の研究の質が落ちる。それでいいのか?」

 レイン先生は特に悪びれることもなく謎論理を主張し始めた。

「良くないですよ。はぁ……あなたに大人としての良識を求めた私が馬鹿でした。人を揶揄うのも結構ですが、せめてTPOと傷つく人がいないか等諸々弁えてくださいね」

 クラーク様はこめかみを押さえながら溜息を吐き吐いた。一連のやり取りを見ていてようやく、クラーク様をはじめとする先輩方や殿下のご苦労を理解できた。離れたところで観察する分には非常に魅力的な人物だが、当事者として巻き込まれてしまうとすべてレイン先生のペースに飲み込まれる。確かに要注意人物かもしれないな、と納得してしまった。

 


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