16 食堂にて
午前の授業が終わり、ソフィアと共に食堂へと向かう。廊下は生徒で溢れかえっている。
「この校舎、本当に広いわよね」
廊下を歩きながら呟く。
「そうねぇ。調度品も多くて見ていて楽しいけれど。迷子にならないか少し不安かも」
ソフィアが悪戯っぽく笑う。
「今日の授業が終わったら、校内を少し探索してみない?」
「いいね、それ! 図書室にも行ってみたいし」
私の提案にソフィアは目を輝かせた。
他愛もない話をしながら歩いているうちに食堂へ到着した。全生徒が集まることのできる食堂は相当な広さである。
「バイキング形式なのね」
ソフィアの言う通り、豪華な食事が用意されており、生徒が列をなしている。
私達も列に並び思い思いに料理を取り分けると、人があまり密集していない席に座った。
「流石、子息令嬢が通う学園ね。どの料理も美味しいわ」
ソフィアは幸せそうな顔で料理を頬張っている。
「そうね。私、友達と一緒に食事するなんて初めてなの。とても楽しいわ」
「私もよ、カメリア」
ソフィアの笑顔に癒される。
暫く二人で談笑しながら食事をしていると、視線を感じた。顔を上げると目が合ったのは、不機嫌そうなイーデン様。
「彼、カメリアのこと見ていたけれど、知り合い?」
「えぇ。婚約者のイーデン・ミラー様よ」
「そうなのね」
明らかに好意的ではない視線を向けられていたのに、そのことには一切触れないソフィアに救われた。
「ということは卒業したら結婚?」
「そうね。きっとそうなると思うわ」
「そう……。おめでたい話だけれど、少しもったいない気もするわね」
ソフィアが残念そうに溜息を吐いた。
「もったいない?」
「えぇ。だって、カメリアは首席でこの学園に入学したでしょう? 女生徒で首席入学なんてそうそうないと聞いたわ。きっと研究室にだって入れるだろうし。その道に進む未来があったらいいのになって。ごめんなさい、私の勝手な想像だからあまり気にしないで」
ソフィアの話した「もしも」の話に心が跳ねた。きっと叶うことのない未来の話だけれど。
「そうね。その未来はきっと素敵ね」
想像する分には自由だ。もしもの未来を想像すると、自然と笑みが零れた。
「フローレス」
耳心地の良い落ち着いた声が私を呼ぶ。
振り返ると、トレーを持ったクラーク様の姿。サリバン様もご一緒だ。
「やぁ、フローレス。友達、できたみたいで良かったね」
サリバン様が微笑むと、周りの女生徒たちが色めき立った。
「はい。こちら、ソフィア・ベネット伯爵令嬢です」
「ごきげんよう、ソフィア・ベネットと申します」
ソフィアは突然現れた先輩にも臆することなく挨拶する。
「やぁ、ベネット。僕はアーネスト・サリバン。こっちの無表情はサイラス・クラークだ。僕たちもご一緒していいかな?」
サリバン様が爽やかな笑みを浮かべると、ソフィアもニコリと微笑み返した。
「もちろんです、サリバン様」
サリバン様は少し目を丸くして、楽し気に口元を緩めた。
「ありがとう」
そう言ってお二人は私達の向かいの席に腰を下ろした。周囲の女生徒たちの視線が痛い。
「二人ともAクラスかい?」
「はい」
サリバン様の問いかけにソフィアが答えた。
「てことは彼と同じクラスだね。イライアス・カイ・アルヴェーン殿下」
「えぇ。とてもお優しい方で安心しました。ね、カメリア」
ソフィアに話を振られ、三人の視線が集まる。美形に囲まれていることに改めて気づく。
「はい。色々とお気遣いくださって。王族の方にこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、どこか親近感が湧くような、お優しいお人柄でした」
私が答えると、サリバン様はニヤニヤしながらクラーク様を見つめた。
「そっかぁ。それは良かったね。いやぁ、サイラスも大変だ。ここでまさかの殿下のご登場かぁ。面白くなってきたねぇ」
私とソフィアは意味が汲めずに首を傾げてしまう。
「気にしなくていい、二人とも。サリバンの話は聞き流すくらいでちょうど良い」
クラーク様が溜息を吐きながら言った。
「ふふ。承知しました」
ソフィアはクラーク様の一言に吹き出し、楽しそうにくすくすと笑っている。
「受け入れるのが早くないかい、ベネット」
サリバン様もソフィアにつられて笑っている。和やかな空気に心が落ち着く。
「そういえば、オーレリア様はご一緒ではないのですか?」
私の言葉にお二人が遠い目をなさった。
「あぁ、コールドウェルは今レイン先生の無茶振りに付き合わされている」
クラーク様がこめかみを押さえた。
「コールドウェルに八つ当たりされるのは僕なんだよなぁ。ほんとに、どうにかならないかなあの人」
サリバン様も深いため息を吐いた。
「殿下にも伺ったのですが、レイン先生ってそんなにめちゃくちゃな方なのですか?」
ソフィアがこてんと首を傾げると、サリバン様が乾いた笑い声を漏らした。
「めちゃくちゃだねぇ。きっと会えばすぐにわかるよ。おすすめはしないけど」
爽やかな笑顔の奥に疲れが見える。
「怖いもの見たさ的なわくわく感がありますね」
ソフィアのエメラルドの瞳が好奇心で輝く。
「午後にレイン先生の授業がありますね。私も少しわくわくします」
私達の好奇心いっぱいの笑顔を見て、先輩二人は複雑な表情を浮かべていた。




