第九話
王女は一同を見渡しながら、説明を続ける。
「まずは、ステータスオープン、と呟いてみて下さい」
言われると、戸惑いながらも一同全員がバラバラに呟き始める。蒼汰も、一先ずは周囲に倣って呟いた。
すると――目の前に、半透明の板のようなものが出現する。手を伸ばして見ると、触れることは出来ずに貫通する。ホログラムのようなものだろう、と蒼汰は理解した。
そして、光の板に表示された文字に目を通す。
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Name:緋影蒼汰
Class:ノービス
HP:IoZS/IoZS
SP:<IS/<IS
ST:Z△Q/Z△Q
STR:△QS DEF:△+o
MST:<oI MDF:<IS
SPD:Q+S DEX:<Z△
LUK:+Qo INT:<S<
Skill
『火傷耐性』
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「……は?」
意味不明な、文字化けでもしたような表示に首をかしげる。
これは蒼汰だけの反応ではなく、クラスの全員が同様の反応を示していた。
「あの、すみません。ステータス……というんですか? それが文字化けしているのか、読めないみたいなんですけど」
輪廻はやはり、代表するかのように困惑を言葉にした。すると、心得ていた、とでも言うように王女は頷いた。
「ええ、理解しております。ですが、それは間違いでも不具合でもありません。この世界の数字なのです」
「この世界……というと、皆さんが使っている数字ということですか?」
「はい。過去に召喚された勇者様が残した記録によりますと、我々が使っている数字は『八進数』というものだそうです」
八進数、と言われて、クラスがざわつく。
通常、ゼロから九までの数字を使う場合は十進数と呼ばれる。蒼汰達にも馴染みの深い記数方法である。
一方、八進数とは数字をゼロから七までしか使わない。十進数は十を数えるごとに位が上がるが、八進数の場合は八ごとに位が上がる。つまり、十進数でいう八を表現する為には一をゼロを使い、10と表記する必要がある。
当然、十進数に慣れ親しんだ高校生である蒼汰達には、八進数など到底扱えない。しかも、見るからに使われている文字まで異なっている。理解しろ、という方が無理な話であった。
「理解が難しければ、皆さんの世界の数字でイメージしていただいて構いません。竜言語は全ての言葉を含みますから。それが数字である、と受け入れることさえできれば、きっと読めるようになるはずです」
困惑する少年少女に向け、王女は助言をした。竜言語というものの説明が真実であれば、この世界の言葉は万能言語。意味が分かるように自動翻訳されるはずである。
そこで、誰もが改めてステータスを眺める。蒼汰も、自分のステータスを見た。
まずは文字だ。見慣れたアラビア数字に、文字が変換されていく。
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Name:緋影蒼汰
HP:1037/1037
SP:217/217
ST:345/345
STR:457 DEF:460
MST:201 MDF:217
SPD:567 DEX:234
LUK:650 INT:272
Skill
『火傷耐性』
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これだけで、かなり見易くはなっていた。だが、数量の理解は未だに正確ではない。故に、更にこれが八進数である、ということを踏まえて意識を集中させる。
すると、蒼汰の目には期待通り十進数で表記されたステータスが映った。
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Name:緋影蒼汰
Class:ノービス
HP:543/543
SP:143/143
ST:229/229
STR:303 DEF:304
MST:129 MDF:143
SPD:375 DEX:156
LUK:424 INT:186
Skill
『火傷耐性』
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ようやく数値に正確な理解が及び、蒼汰は安堵した。わけの分からない文字の羅列に、わざわざ理解する労力をかけてやるつもりにはなれなかったのだ。
そして――そこまで考えたところで、ふと気づく。自身のステータスに、妙な点があると。
まず一つめが、名前の次、Classと書かれた部分。蒼汰にも年相応にゲームを遊んだ経験がある。その常識で考えれば、この部分は職業のこと。つまり剣士とか、戦士、魔法使い、騎士などと言った言葉が入るはずの部分である。
これが、蒼汰の場合はノービス。元はスポーツ分野の用語であり、意味は初心者。これが、職業の部分に表示されている。
確かに、異世界やステータスといった環境についてならば、蒼汰は初心者と言っても相違は無い。だが、ちらりと横に目を向けて盗み見たクラスメイトはノービスではなかった。蒼汰の周囲には、一人もノービスなど居なかったのだ。
蒼汰以外の多くが現環境下における熟練者とは考えられない。故に、ノービスとは単にそういった初心者の意味ではない。
となれば――ゲーム経験からくる常識で考えると、ノービスとは無職や最初期の基礎、最弱職を意味する可能性が高い。
つまり、自分は誰よりも弱い。その可能性に、蒼汰はこの時点で既に思い至っていた。
また、クラスの他にも妙な点はあった。スキルの部分。そこに書かれた『火傷耐性』という文字。
言葉を聞く限りでは、炎や熱のダメージを軽減するような能力なのだろう、と蒼汰は考えた。
だが。そんな能力に、果たしてどれほどの意味があるのだろうか。
この世界の攻撃手段がほどほどの熱攻撃のみで構成されているなら、火傷耐性は最高の防御能力であろう。だが常識で考えればありえない。武器を持ち、魔法があるなら炎に限らず様々な力を発揮するだろう。異世界というのだから、自分も知らない未知の力による負傷がありえるはずだ。
そんな環境下で、火傷だけを防いで何になるのか。
――蒼汰はどことなく、不安を抱く。最弱の職業に、ほぼ無意味なスキル。これでステータスまで低いとなれば、無能扱いは免れないだろう。
そうなった時、自分の身の安全の保証は無い。
故に、静かに覚悟を決める。いざという時は、どんなことをしてでも生き延びよう、と。