第二十五話
――ルートゲインにて、小さな、世界から見て本当に他愛のない。しかし当人にとって重大な、家族との死別が起こっていた頃。
遠く離れた場所。ヒルヴェイン王国の某所にて。蒼汰の運命に関わる、重大な歯車が動き始めていた。
「――冒険者ギルドから、情報の開示がされました。その結果、直近我が国にて冒険者登録をした、黒髪黒目の青年は居なかったとのことです」
黒尽くめの衣装に身を包んだ男が、ある少女に報告をしていた。
「そう。じゃあ、緋影蒼汰。あるいは、ソータ。それに近い名前で直近で登録された冒険者は?」
問い返したのは――『聖女様』と呼ばれヒルヴェイン王国にて尊敬を集めつつある少女。四之宮輪廻であった。
「緋影蒼汰という冒険者の登録はありませんでした。また、ソータという名前の冒険者は国内で四名存在しております。『事故現場』からの距離や時期を考えると、緋影蒼汰である可能性を持つ者は一名のみです」
黒尽くめの報告により、輪廻の表情が明るくなる。
「じゃあ――」
「ですが、その人物、ソータの外見は茶色い髪と瞳とのこと。また、身長、体格の情報の齟齬から緋影蒼汰である可能性は極めて低いかと」
「……そう。分かった」
そして、黒尽くめから否定され、途端に機嫌が悪くなる。
「では、今回はこれで以上です」
「ありがとう。また次の報告を楽しみにしてるわ」
輪廻の言葉を受け、黒尽くめはこの場から――輪廻の私室から離れる。
が、その背中に向けて、輪廻が言葉を浴びせる。
「分かってると思うけど――本気で調査してくれないと、二度と私の力で、この国の人間を治癒してあげないから。『貴族様』なんて、特にね」
「……承知しております」
脅しの言葉にも、さほど反応しないまま。黒尽くめは退室した。
「――はぁ。前途多難ね」
ため息と共に、輪廻は不満を漏らす。緋影蒼汰の生存を信じて。今や、力を増した自身の能力を盾に使って。ヒルヴェイン王国に、捜索の要求をするところまでは出来た。
あとは、地道に探すのみ。そうすれば、必ず蒼汰は見つかる。輪廻は、そう信じていた。
「蒼汰くん。絶対に、見つけてみせるからね」
決意を言葉にして。輪廻は窓の外、遠い空を見つめていた。
――その決意が、望まれるものであるかどうかは、別なのだが。
輪廻の部屋から退室した後。黒尽くめ――ヒルヴェイン王国の諜報部隊の一つ『徴収部隊』の隊員は、上司の執務室へと訪れていた。
「ご苦労。聖女様の様子はどうだったか」
「問題有りません。こちらが情報を提供する限り、利用に不都合は生じないかと。ただ、貴族への治癒行為を控えるような発言をしていましたが」
「ふん。我々に脅しを掛けているつもりか。そんなことをしてしまえば、自分の立場こそ危ういと理解しておらんのだろうな」
二人の間には、共通して輪廻を侮るような空気が流れていた。
「それよりも――今回の調査で、興味深いものが発見されたらしいな」
「はい。偶然ですが、我々の『役目』に関わりうる逸材が発見されました」
「それは楽しみだな。何があった?」
上司に問われ、黒尽くめは語り始める。
「ソータという名前の冒険者を調査した結果、偶然にも興味深い冒険者が発見出来ました。登録名はソータ。王都の冒険者ギルドにて登録。日付は、緋影蒼汰が行方不明となる前からとなっています。依頼を受けつつルートゲインを目指し、現在はルートゲインにて冒険者活動を続けているとのことです」
偶然にも。黒尽くめが目を付けた『ソータ』こそが、本物の緋影蒼汰であった。
「ふむ。緋影蒼汰とは関係無いのだな?」
「はい。登録部はもちろん、身体的特徴は青い髪に青い瞳と、染色では出ない色の髪です。体格、年齢こそ一致しますが、青い炎の魔法を使うとの情報もあり、緋影蒼汰である可能性は極めて低いです」
「なるほど。確か、緋影蒼汰とやらは『火傷耐性』とかいうスキル持ちだったか」
「はい。件のソータの魔法が固有魔法にしろ、スキルによるものにしろ、緋影蒼汰との関連性は低いかと」
「なら、何をもって興味を抱いた?」
「魔法と、ランクアップの速度。そして時期です」
上司の問いに、黒尽くめは答える。
「ソータは記録上、王都からずっと冒険者として活動していたようです。しかし、ランクが上がることはありませんでした。それがルートゲインに到着後、急激に成長。現在ではランクリーズの冒険者になっているそうです」
「ランクリーズ? 些か早すぎる。それだけの人物でありながら、何故王都で名前を聞かなかった」
「はい。その点を疑問に思い、調査しました。結果、ソータにはある『鍛冶師』が関わっていると判明しました」
「鍛冶師?」
上司は、思わぬ部外者の登場に訝しむ声を上げる。
「それが、ランクリーズへの急成長とどう関係してくる」
「ソータという冒険者が、ルートゲインにて急激にランクを上げ始めた時期と同時期にですが。彼は、ルートゲインのとある鍛冶師を専属にして、武器を作らせているそうです」
「――つまり、その鍛冶師がソータの急成長の理由だと?」
黒尽くめは頷き、結論を伝える。
「はい。恐らくは、特別な能力を持った鍛冶師から、何らかの理由で装備を入手することに成功したのでしょう。王都でも、青い炎を扱う冒険者など聞いたことがありませんでした。それが、ルートゲインで突如才能を開花させたのです。ほぼ確実に、武器の効果でソータの固有魔法、あるいはスキルが著しい強化を受けたものかと思われます」
その報告に、上司は目を見開く。
「それは――素晴らしい。所有者を覚醒させる武器、か。それは間違いなく我々の『徴収対象』だ」
「ええ。ですので、現在追加で調査をさせています。ソータ、及び件の鍛冶師について詳しい情報が分かり次第『徴収』に向かおうかと考えております」
「頼むぞ。前線を支えるには、勇者だけでは数が足りんからな」
「承知しております」
報告を終えた黒尽くめは、上司の執務室から退場する。それを見送り、上司は書類仕事に戻る。
――こうして。
蒼汰に関わる複雑数奇な運命の歯車が、動き出す。