第二十三話
蒼汰は、顔を顰めて老人に言い返す。
「……回りくどいんだよ、爺さん。普通に、エリスを助けてやってくれ、でいいだろ」
「それじゃあ足りねぇんだよ。これは、もっと覚悟のいる話だ。ちょっと手助けしてくれりゃあいい、って話じゃねえんだよ」
老人は。つまり今、老人が役割を果たしている部分に、蒼汰にも入り込んで来いと言っていた。
復讐心と、恩返し。家族愛、と呼べば二つの側面は一つに繋がる。そこに蒼汰も加わることを、老人は望んでいた。
具体的に何をすればいいのか。蒼汰も、理解できている。恋人。あるいは、夫婦。そういった家族の形が必要なのだと。老人が言いたいことは、理解していた。
だが、蒼汰にも蒼汰の都合がある。
「俺は他人を信じない。だから、爺さんの言ってるようなことは出来ない。不可能だ」
「そうか? まあ。結局選ぶのはお前だ。好きにすりゃあいい」
思いの外、老人はあっさりと引き下がる。蒼汰は食って掛かられるつもりで居たため、拍子抜けしてしまう。
「――なんだ? 意外だったか?」
老人は蒼汰の表情を見て言う。
「さすがの俺も無茶苦茶なことは言わねぇよ。信用に値しない奴を信用する必要はねえ。嫌いな奴。見知らぬ奴。疑わしい奴は信用しなくていい。俺だって、そんな奴らと仲良くしろ、なんて言われてやる気はねえよ」
老人に言われ、蒼汰は困惑する。
「でもなあ、ソータ。てめえがエリスのことを信用したくないなら、それでもいいけどなあ。違うんだったらよ。信用したいんだったらよぉ。くだらん意地なんぞ張ってないで、正直になってくれや。それぐらいは、いいだろうが。ええ?」
どこか脅すような言葉遣いでありながら。老人は、蒼汰に優しく接した。少なくとも、蒼汰は優しさを感じていた。
同時に。これこそが――この言葉こそが、老人の本心からの願いだと。蒼汰には理解できた。どうしても、これだけは。そんな老人の懇願が、言葉の端々に含まれているような気がしていた。
「――俺は、他人は信じない。自分の利益を最優先する。これからも、何も変えるつもりは無い」
「……そうか」
蒼汰の回答に、老人は残念そうな表情で頷く。
だが、蒼汰は続けて語る。
「でもまあ、もしも俺がさ。エリスのことを信じたい。大事にしたいって思ってるなら。たぶんその気持ちに従う方が、合理的で、利益は最大化出来るんだよな」
蒼汰の言葉に、老人は目を見開く。
これが、蒼汰なりの、最大限の譲歩。出来る限りの素直さであった。
取り返しの付かないほど、蒼汰はひねくれている。自分でも、それぐらいは理解していた。だからこそ、無理やりにでも理屈を立てなければ。自分自身ですら説得できない。感情を肯定できない。
そして、だからこそ。無理矢理にでも理屈を付けて、感情的な行動を選んだのなら。それは蒼汰が、最大限老人の言葉に。願いに寄り添った証でもある。
「……けっ。最後まで、素直になりゃしねぇ」
「うるせえ。それが、俺なんだよ」
自分なりの。自分らしい選択。それを、蒼汰はやったつもりであった。
「まあ、もしもの話だがよ。お前がエリスを支えてくれるってんなら、俺も安心できるってもんだ」
言って、老人は――ゴソゴソとカウンターの下を探って。なんと酒瓶を一つ取り出す。
「おい、営業中だぞ爺さん」
「うるせえよ。飲みてえ時に飲む。邪魔すんじゃねぇ」
蒼汰の忠告も聞かずに、老人は酒瓶から直接酒を呷る。蒼汰は呆れながらも、一応は再度忠告する。
「爺さん。程々にしとけよ」
「おう。分かっとるわ」
その会話を最後に、蒼汰は店の奥へ。自分の部屋へと向かっていく。どうせいつものように酔いつぶれて。昼を過ぎた頃にようやく起き上がってくるのだろう。
と、老人のことを信じて。
――しかし、翌日。
老人は、満足げな表情を浮かべたまま。
眠るように、静かに息を引き取った。
一挙連続投稿八日目です。
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