第二十二話
ホーンラビットの肉を、一部納品せずに引き取り帰宅する蒼汰。鍛冶場でエリスが作業を進める音が響いており、無意識に笑みを零す。
そして――店番を任せられていたのか。老人が蒼汰を見て誂うように言う。
「なんでぇ、気色悪いな」
蒼汰は、老人のことが嫌いではない。礼儀の無い、正直な物言いは蒼汰にとってありがたいものだった。少しの気遣いも不要である、といった態度は、人間同士の関わり合いに擦れて疲れた蒼汰には都合が良い。
ある意味では、エリス以上に話しやすい相手である。
「自分だけの武器が出来上がるんだ。楽しくなって当然だろ?」
「本当にそれだけか?」
「……他に何があるんだよ」
蒼汰は視線を逸しながら言い返す。すると、老人は一度ため息を吐いてから語り出す。
「――いいか。少し真面目な話をするから良く聞け」
老人の、普段とは異なる雰囲気に蒼汰は眼を見張る。
「エリスのことを、お前はどう思ってる?」
「どうって……」
「いや、聞き方が悪いな。『鍛冶師』としてのエリスは、お前から見てどうだ?」
言われて、蒼汰は考える。普段から、自分が望めば望んだ通りの品物を作り上げてくれるエリス。今も拳銃を、蒼汰の曖昧な知識を聞いただけで再現しようとしている。
「……優秀だと思う」
「優秀なんてもんじゃねえ。アイツは天才だ」
老人は、鋭い眼をして断言する。
「俺が教えたことなんざ、本当にちっぽけなもんだった。技術を一教えれば、アイツは勝手に十を理解する。そのうち七か八ぐれえは俺でも出来ねえ。分からねえ。そんなことをやり始めるんだよ」
蒼汰の認識以上に、老人の語るエリスの才能は飛び抜けていた。鍛冶師として生計を立てていた老人。その技術は紛れもない本物であっただろう。だが、エリスはそれすら軽く超えていたと言うのだ。
「ただ鍛冶師として成功するだけなら。アイツには、何の障害も無い。……なのに、アイツはこんな汚え鍛冶屋に収まってやがる。理由が分かるか?」
「それは――」
アンタに恩があるからだ。蒼汰は言いかけ、口を噤む。触れていい問題かどうか、判別が付かなかったからだ。
しかし、老人には見透かされていた。
「俺のために、ってのは表面的な理由だ。どうしてアイツは『そんなこと』を望んでいるのかって話だよ」
そう言われると。蒼汰には、具体的な答えが出せなかった。
「……分からねぇか?」
老人に問われ、蒼汰は頷く。
「ったく。気付け。お前と同じだ」
「俺と?」
「ああ。エリスは、不安定なんだよ」
不安定、という言葉に、なぜか蒼汰は腑に落ちる部分があった。
「足元がしっかりしてねぇ。確固たる自分が。信じるものが何もねぇんだよ。だから依存する。恩人の為に。あるいは、気に入らねぇ奴らへの復讐心って形でな」
それら両方を、老人は依存と呼んだ。
確かに、依存はしているかもしれない。蒼汰は自省的に考える。自分でコントロール出来ない程の強い感情。複雑な思いが胸の内でぎとぎとに煮え滾っている。
それを制する為に。同じだけ強い感情に縋らざるを得なかった。絶対に許さない。二度と他人なんか信じない。裏切られて苦しんだからこそ、裏切られたという結果だけは迫真の、真実味のある話になった。
だから――蒼汰は、そしてエリスは。怒りに依存することで、その怒り自身に寄り掛かることで。どうにかふらつく自分を立ち上がらせることが出来た。
しかし。だからといって何だというのだ。
それがいけないことか、と問われれば。蒼汰は否、と答える。結果として強くなった。憎悪と憤怒が、半端なことでは折れぬ決意を生んだ。
少なくとも、蒼汰はそう考えている。
「――言い方を変える。お前らは、少なくともエリスは、些細なことですぐに崩れる。自分じゃねえ何かに依存してるからな。それが崩れたら、もろとも駄目になる」
「……どういう意味だ」
「復讐して、その後どうなる? 次は何に依存する? また新しい人間を恨むか? そうやって誰かを傷つけることで、無理やり自分を納得させ続けるのか?」
老人の言葉に、蒼汰は答えを持てない。未だに、何一つ成し遂げていないのに。その先を考えるなど、不可能だった。
「――まあ、辞めろとは言わねぇよ。それでどうにかなるなら、別にいい」
老人は、意外なことにあっさりと前言撤回する。
「ただし、お前に限ってだ。エリスには、どうにもならねぇ状況に追い込まれて欲しくない」
つまり。老人が言うには、蒼汰がどうなろうと構わない。だが、エリスには傷ついて欲しくない。苦しんで欲しくない。過保護な親の言葉そのものであった。
「不安定なところがある以上、いつでも崩れ落ちる可能性はある。そんな時、支えてくれる別の何かが無けりゃあ不幸になる。俺は……エリスには、そうなって欲しくねえんだよ」
「そうかよ。で? それを俺に話した理由は?」
「察しろ。テメェがエリスの支えになってくれりゃいい。予備でも、本命でもいい。エリスの心が折れない為の柱の一本になってくれ」
老人の、蒼汰が覚えている限りでは初めての頼み事であった。
一挙連続投稿七日目です。
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