第二十話
「――お、終わった?」
蒼汰が隠れていた梁の方から。緊張した様子の、エリスの声が上がる。
「ああ、一応な。まだ警戒はしとくべきだけど」
言って、蒼汰はエリスの下へと向かう。
「ほら、受け止めるから」
「うん。……よいしょっ!」
エリスは蒼汰に目掛けて飛び降り、これを蒼汰は受け止める。
エリスもまた、蒼汰と同様。姿を完全に隠すため、坑道の土で服装や顔を汚していた。見た目だけで言えば、激戦を乗り越えた後のように見えなくもない。
無論、実際は蒼汰一人での圧勝だったのだが。
「それにしても、こんなおっきな蜘蛛がいるんだねぇ」
「ああ。ケイブスパイダーっていう魔獣だな。金属を食べて、自分の殻の成分の補強に使うらしい。だから、関節や目以外の場所は結構硬いぞ」
「そうなんだ」
興味が湧いたのか、エリスはケイブスパイダーの死骸の方へと近づく。
「おい、エリス! まだ危ないって!」
「もう死んでるんでしょ? へーきへーきっ!」
少し強がるような様子で言って。エリスはケイブスパイダーの死骸へ近寄る。その身体を覆う甲殻を観察し、手で触って見せる。
直後――死骸にも関わらず、刺激に反応したケイブスパイダーの筋肉が急激に収縮。まるで蘇ったかのように、足を跳ね上げる。
「きゃっ!」
驚き、小さく悲鳴を上げたエリスを、すぐさま蒼汰が抱き寄せ、腕の中に抱えて守る。
「だから言ったろ。虫の死骸は案外しぶといんだ」
「う、うん」
「これに凝りたら、言うことを聞いてくれよ。エリスに怪我して欲しくないんだ」
「わ、分かった」
蒼汰の説教が、エリスを抱き締めたまま始まる。互いの顔が接触しそうな程の距離。これに、エリスは激しく照れる。
だが、それに気付かない蒼汰。生返事のようにも聞こえるエリスの声を訝しむ。
「エリス? ちゃんと話聞いてたか?」
「う、うんっ! 聞いてた! 聞いてたよっ!!」
言って。エリスは慌てて、緊張のあまりに逸していた視線を蒼汰に向ける。
すると――自然と、二人の顔は接触してしまうほど近づいて。
想定外にも。互いの唇が、接触してしまうという事故が発生する。
「っ!?」
「……っ!」
二人揃って、思わぬ事態に混乱する。慌てて蒼汰はエリスを離し、距離を取る。エリスもまた、恥ずかしさが限界を突破。顔を手で覆い、蒼汰に背を向ける。
「……あー。えっと、エリス?」
「うん」
「悪かった」
「……うん、いいよ」
蒼汰から謝罪されて。エリスも、気を落ち着けてから蒼汰に向き直る。
「えー、うん。アタシが悪かったんだし。ソータは気にしなくていいよ」
「そうは言ってもな」
「まあ、ファーストキスがロマンの欠片もないってのはちょっと頂けないけど」
「それはお互い様だ。しかも、土の味がした」
「……ふふっ」
エリスが冗談を言って、それに蒼汰も冗談で返す。想定外のトラブルは、こうして無事に解決する。
とは言え。一応はキスをした、とあっては。二人は互いを意識せずにはいられない。今は、もう少しばかり気を落ち着ける時間が必要だった。
「……それで、エリス。この辺りなら、化石金属は採れそうか?」
「あー、うん。調べてみるよ」
「分かった。俺は周囲を警戒しておくよ」
と、言葉を交わして。二人はそれぞれ、少しだけ距離を置いて、別々の作業に勤しむのであった。
一挙連続投稿五日目です。
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