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第七話




 朝は蒼汰にとって不快な出来事が度重なった。だが、終業式自体は恙無く執り行われた。問題など発生する余地も無く。最後に担任教師から夏休みの注意を軽く説教され、いよいよ一学期は正式に終了した。

 机に伏せて話を聞いていなかった蒼汰は、このままもう少しだけ眠ることにした。朝は普段より早く起きたし、厄介事も立て続けに起こった。無駄に疲れてしまった分を、ここで仮眠して取り返そうという魂胆である。


 そんな蒼汰の狙いなどつゆ知らず。教室は騒がしくなっていく。その会話の内容までは耳にしていない。が、騒ぎが大きくなるにつれて嫌でも耳に入るようになる。

「――だから、何様のつもりだっつってんだよッ!!」

 次の瞬間、ガタンッ! と大きな音が響く。蒼汰が顔をあげると、席のすぐ前方で暴れる男子生徒が居た。


「俺の喧嘩に割り込んでんじゃねえぞタコ。オメェに説教される理由なんざねぇだろうがよォッ!!」

 そう叫び、暴れるのは剣城拓海という男子生徒。現在、高校二年生でありながらも剣道部の主将を務めている、大柄なクラスメイトである。

 部の代表という立場でありながら、品行方正とは言い難い人物で、黒い噂は絶えない。タバコや飲酒は無論のこと。違法な薬までやっているという噂まで、実しやかに囁かれている。


 そんな拓海と争論をする、もう一人の人物。

「そうも行かない。剣城君、明らかに君からはタバコの煙の臭いがする。どこかで吸ってたのは明らかだよ。四之宮さんの忠告も当然だ」

 大柄な拓海を相手に、一歩も引かずに反論をする少年。名前は佐々木幸次郎と言い、言動のとおり正義感の強い男子生徒である。特に役職があるわけではないが、風紀の乱れや喧嘩を許さず、こうして注意、仲介に入ることが多い。


 また、顔立ちが整っていることや、会話能力が高いこともあって、幸太郎のクラス内でのヒエラルキーは高い。特に女子生徒からの人気が高い。こうして現在、クラス委員の四之宮輪廻を庇うような行動を日頃から行っている為、当然の評価と言えた。


 そんな二人が口論を始め、特に拓海は今にも手を出そうかというほどの気迫がある。原因となった輪廻は、おろおろと二人を交互に見ては、対応を決めかねていた。

 そもそも――この口論のきっかけは輪廻の忠告から始まった。明らかにタバコ臭のする拓海を輪廻が忠告し、その忠告に拓海がキレた。そして怒鳴り返される輪廻を庇い、幸次郎が割り込んできた。

 結果、拓海と幸次郎の口論が白熱し、今に至る。


 幸次郎が出てこなければ、ただ怒鳴られただけで終わっていた。輪廻は庇われていながらも、幸次郎の行動を若干疎ましくも思っていた。

 故に――助けを求めるように。その視線を蒼汰の方へと向ける。


 だが、蒼汰はその視線には応えない。

 かつて、まだ今よりは真面目に生きようと努力をしていた頃なら違っただろう。だが、今の蒼汰は何も出来ない。何一つ上手く行かない。だから何もやる気が起きない。そういった自分を、自分自身で享受し、怠惰さの中を揺蕩っている。

 だから助けを求められても応えないし、そのことに罪悪感も沸かない。


 むしろ、蒼汰にあるのは苛立ちだった。

 余計な正義感を発揮するから、面倒事になる。人を巻き込んで騒動になる。望んで騒動を起こした当人はそれで満足だろう。だが、その近くで巻き込まれる側としては溜まったものではない。

「……チッ。うるせえな」

 故に蒼汰は、舌打ちと共に呟いた。自分のすぐ側で騒ぎを起こした、三人全員に対して苛立っていた。その気持ちを、行動で表してしまった。


「あぁ? なんだてめぇ?」

 そして当然、拓海は蒼汰の舌打ちに反応する。

「てめぇ、今なんつった?」

「うるさいっつったんだよ。喧嘩ならよそでやってくれよ」

 臆することなく答える蒼汰。それは、拓海に暴力を振るわれることに頓着しないからであって、勇敢さなどとは無縁だ。殴られて、怪我をするようなことさえ、蒼汰は受け入れる。諦めている。だからこそ、身勝手に振る舞う。どうなってもいいから、どうとでも振る舞える。


「悪かったよ、緋影君。近くで騒いでしまって」

「だったら最初っから騒ぐなよ」

「でも、そうもいかないよ。剣城君のタバコの臭いや四之宮さんへの態度は無視できない」

「いや、知らねぇから。そんなの」

 蒼汰は、幸次郎の正義感を鼻で笑う。


「タバコだか喧嘩だか知らねぇけどさ。うるさいっつってんの。いいから黙れよ。馬鹿だろお前ら。言ってること、わかんねぇのか?」

 嘲笑するように。蒼汰は幸次郎を、輪廻を。そして最後に拓海を見る。

 明らかに人を見下した言葉、そして視線。これに幸次郎と輪廻は眉を顰める。拓海は、当然怒りを顕にした。

「てめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞコラァ!」


 怒鳴り、拳を振り上げる。


「待てッ!」

 そして拓海の暴力を咎めようと、幸次郎は咄嗟に手を伸ばす。


 そんな二人を、何の感慨も無いまま、虚無の瞳に映す蒼汰。


 ちょうど、それと同時だった。

 教室に――世界に、光が爆ぜた。

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