第十八話
その後、幾度となく魔獣を屠り、先に進んだ蒼汰とエリス。
懸念していた巨大魔獣と遭遇することも無く。周辺に化石金属が発見出来るようになったのもあって。探索は順調に進んでいるかのように思えた。
だが――不意に、蒼汰が立ち止まる。
「止まれッ!」
「んっ!」
蒼汰の強い語気で発せられた指示に、エリスは素早く従う。今までとは違う、何かが起こったのは明白。それが何かまでは分からない。が、蒼汰に任せるのが一番だと、エリスは理解していた。
「カンテラ、貸してくれ」
「うん」
エリスは蒼汰に請われた通り、手にしていたカンテラを渡す。すると、蒼汰は目の前の空間に向けて、様々な角度からカンテラの光を当てだした。
「……蒼汰?」
「やっぱりだ。めちゃくちゃ見づらいけど、糸がある」
「えっ?」
蒼汰に言われ、ようやくエリスも目を凝らす。すると、エリスにも光を反射する細い線が僅かに確認できた。
「これって、ソータ」
「ああ。魔獣が張った糸だ。今までの傾向と、集めた情報から――こいつは間違いなく、蜘蛛の魔獣の糸だ」
「うげぇ」
蜘蛛、と聞いて。エリスは今まで以上にげんなりする。だが、それでもまだ良い方だった。さらに絶望的な言葉がエリスを襲う。
「それに、サイズも規格外。多分、というか間違いなく。俺たちよりもデカいぞ、この蜘蛛」
「……っ!!」
蒼汰から発せられた、衝撃の言葉。エリスは正直にその姿を想像してしまう。声にならぬ悲鳴を上げ、顔を真っ青に染める。
「さ、さいあく」
なんとか絞り出した言葉は、子どものような罵倒語であった。
そんなエリスを見て――蒼汰は、不安を和らげてあげたいと思った。ここまで、必死についてきてくれた。生理的嫌悪感の強い魔獣を見ても尚。エリスは、不満は漏らしながらも、探索については積極的に協力してくれた。
だからこそ。蒼汰はエリスを安心させてやろうとして。
「――大丈夫。俺が全部、どうにかするから」
言って、エリスの身体を抱き寄せる。
「ふあっ!?」
突然の蒼汰の行動に、エリスの心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
「ここまで頑張ってくれて、ありがとうな、エリス。蜘蛛の魔獣を倒したら終わりにしよう。これ以上、奥に進まなくていい。この辺で化石金属を集めて、すぐに帰ろう」
「――うんっ」
蒼汰の体温を感じながら。エリスは、蒼汰からの気遣いに妙な喜びを感じていた。このまましばらく、蒼汰のことを感じていたい。そう考えてしまう程に、今の状態が幸せだった。
(――どうして、こうなっちゃったんだろうなぁ)
エリスは思い返す。初めて蒼汰と出会った日のことを。
初めてエリスが――蒼汰を見た時。直感的に理解できた。この人は『飢えている』と。他人を拒絶する心と、誰かに愛されたい心。矛盾した感情により、擦り切れた心が刃のように鋭くなっている。
そう――自分と同じだと。エリスには理解できた。
だからこそ『利用できる』と考えた。優しくすれば。心を守る殻の隙間から入り込めば。きっとこの人は依存してくれる。
そうやって――『協力者』にしてしまえばいい。利用してやればいい。
だから笑顔を貼り付け、蒼汰の全てを肯定した。
嘘を吐けば感づかれる。半端な『愛情』では疑われる。
だから、エリスは信用を得るために出来る限りのことをした。それこそ、まるで本当に心から信頼しているかのように。互いの心に触れ合うような態度を取り続けた。
その、はずだった。
いつからだろうか。エリスは、自分の行いが計画的なのか、欲求に従っただけのものなのか。判別出来なくなっていた。
蒼汰は信頼できる。協力者、という言葉では言い表せないほどに。
そういう、設定だったはずだ。
しかしエリスが蒼汰を『利用』する時。騙すために。依存させる為に。蒼汰とじゃれ合うことで。
なぜか、エリスは自分の顔が熱くなるのを感じる。
(……私とソータは、協力者。私は、ソータを利用しているだけ)
エリスは、胸の中で何度か唱える。
(――そのはずだから。多分、まだ、大丈夫)
蒼汰に抱きしめられたまま、跳ね上がる鼓動の速さにも、気づかないフリをする。
一挙連続投稿三日目です。
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