第十七話
奥へ進むほど、アリアス廃坑道の魔獣、魔物の数は増えていく。
最も多いのは虫の魔獣。幸い、飛行するタイプのものではない。地面を高速で這い回る姿に、エリスが顔を青ざめさせただけで済んだ。
次点でコウモリ型の魔獣。そして、最後に不定形の魔物、スライム。コウモリは虫に迫る勢いで数が多かった。が、スライムの遭遇率は低かった。と、いうよりも。積極的に人を襲うのは飢えた個体のみ。それがスライムの習性であった。故に、蒼汰の感覚でスライムが捉えられても無視をした。もちろん、後方から襲われないよう警戒しながら。
「――また来るぞ」
「うっ」
不意に蒼汰が足を止めて言う。また来る、とだけ言う時は、虫の魔獣が来る。それをエリスは理解している。その為、変な声を漏らしてしまった。
エリスが不快感を我慢する覚悟を決めると同時に。暗闇から、カサカサと這い出る虫の魔獣。甲羅のある、カブトムシのメスに似た形の魔獣。大きさはラグビーボールより少し大きい程度。ただし、緑や赤、黒の斑といった不気味で気色悪い柄をしている。動きとも合わさり、エリスの不快感は凄かった。
だが、蒼汰にしてみれば気にする程の相手でもない。
這い回り、蒼汰に噛み付こうと突撃する虫の魔獣。だが、蒼汰は軽く回避しながら、甲羅を足で踏みつける。膂力で遥かに優れる蒼汰からは、虫の魔獣も逃げられない。そのままバタバタと足を動かす程度の抵抗しか出来ない。
そんな魔獣の、甲羅の隙間へ。蒼汰はこれまで戦闘にも使い続けてきたナイフを突き刺す。
緑色の血液がごぽっ、と溢れる。虫の魔獣はそれでも暫くは生きていた。バタバタと足掻く力が弱くなって、ようやく蒼汰は追撃。止めとばかりに、力を込めてストンピング。頭部がぐしゃり、と完全に潰れ、確実に絶命。
「終わりだ。進もう」
「う、うん」
あまりにも淡々と処理する蒼汰。怖気の走るような虫の魔獣に、一切の反応を見せない。一方で、エリスは魔獣が死んだ後でもビクビクしていた。
「……キモイ魔獣、多すぎなんだけどっ」
「ごめんな、エリス」
不意に蒼汰に謝られて、一瞬ポカンとするエリス。だが、すぐに手と頭を振って否定するエリス。
「ち、違うよソータっ! アタシは単に、この虫の魔獣がイヤなだけで、ソータに不満があるわけじゃ――」
「それでも、エリスを守るのが俺の役目だ。嫌な気分にさせたなら、悪かったよ」
蒼汰の生真面目すぎる謝罪に、エリスは微笑みを零す。
「そっか。ありがと、ソータ」
「気にするな。エリスが無事だと、俺も嬉しい」
何気なく発せられた、蒼汰の言葉。これに、エリスは頬が赤くなる。
(いやいやいやっ! なんで急にそういうこと言うのっ!?)
どういうつもりか、エリスは蒼汰の表情を見て確認。なんと、蒼汰も少しばかり顔を赤くしていた。
エリスが蒼汰の表情をジッと見ていると。自白するように蒼汰が口を開く。
「……さすがに、ちょっと格好つけた」
「だよね。恥ずかしかったもん」
でも、嬉しかったよ。そう言葉にしようとして、エリスは口を噤む。それがどういう意味を持つ言葉なのか。自分の本心なのか。どうしてそんなことを言おうとしたのか。
不意にそれら全て、分からなくなったからだ。
エリスが何を言おうか、言葉を選んでいる間。蒼汰は周辺を調査しつつ、先に潜む魔物の姿を想像する。
(……産毛のような、細い体毛。動物の毛って感じじゃない。多分虫の魔獣。それもかなり大きな)
床に落ちていた毛をつまみ上げ、蒼汰は警戒する。産毛の大きさからして、甲虫の魔獣よりも遥かに大きい。人間よりも巨大な魔獣であるのは間違いないと言えた。
(かなり強力な魔獣だ。フレイムエンチャントも無しで、いけるのか? エリスも守りながら?)
自問自答をして、すぐに蒼汰は結論を出す。何にせよ、エリスの無事が最優先。それが蒼汰の行動を決定する一番大きな要素であった。
「行こう、エリス」
「うん」
蒼汰とエリスはそうして、更に先へと進んでいく。蒼汰は、巨大な虫の魔獣について話すべきか悩みながら行く。エリスを今から必要以上に怖がらせるべきか。それとも、遭遇した時のパニックを少しでも防ぐべきか。どちらが良いかを考えながら。
一挙連続投稿二日目です。
宜しければページ下部の方から、他著者の一挙連続投稿作品までお読み頂けると有り難く思います。