第九話
やがて、蒼汰が泣き止む。
「……ごめん、エリス。迷惑かけたな」
「いいよ、気にしないで。仕事料の内に入れとくから」
言って、エリスは蒼汰の頭を撫でた。子供扱いするような行為。だが、蒼汰にはどうも不快には思えず、自然と受け入れていた。
「――よっし、決めた!」
蒼汰は気合を入れ、声を上げる。
「俺、ランクオズの冒険者になるよ」
ランクオズ。ゼロの名を冠する、冒険者の中でも規格外の存在を表す言葉。
「えっと、どうしたの?」
その蒼汰の決意表明の意味が分からず、エリスは尋ねる。
「俺がランクオズになったら、有名になるからな。そんで、証明してやる。俺の装備を作った鍛冶師が、世界で一番の鍛冶師だってな」
その言葉の意味を悟り、エリスは呆気にとられる。が、すぐに笑顔を浮かべる。
「――うんっ! それ、いいね!」
「だからエリス。よろしく頼む。俺が最高の冒険者になるために手伝って――いや、『協力』してくれ。報酬は支払う」
蒼汰の提案に、エリスは頷く。
「うん。それじゃあ対価は――アタシの作った装備の宣伝、ってことでいいかな?」
「ああ。任せてくれ」
話が纏まり、二人は互いに手を差し出し、握手を交わす。
「……へへ。実はさ、ソータには最初っからこれを頼もうって思ってたんだよね」
「そうだったのか?」
「うん」
エリスは頷いてから、事情を話す。
「どうすれば、復讐にまで手を貸してくれるか考えてた。有名になれば、もっと良い鍛冶師から、もっと良い装備を作ってもらうのかもしれない。だから……まあ、どうやって利用しようかな、って思ってたんだけど」
「なるほどな。まあ、思う存分利用してくれ」
言って蒼汰は、エリスに微笑んで見せる。
「ムカつくやつ、気に入らないやつ、嫌いなやつ。全部、俺の敵だ。そして――俺は敵を許さない。お前や爺さんの敵も……俺は、気に入らないからな」
回りくどい理屈に、エリスも笑みを見せる。
「あはは、そうだね。アタシも――ソータを裏切った人達のこと、みんな嫌いだし。もしうちの店に来るようなことがあったら、ハンマーで叩き出してやるんだから!」
言って、力強く鍛冶用の鎚を構えてみせる。
「はは、それは楽しみだな」
そして、蒼汰も楽しげに笑うのだった。
――その後。蒼汰の持っていた予備の服一式の付与が完了。時刻はすっかりと夜遅くなっていた。
「そんじゃあ、今日はこれぐらいで――」
「ソータ。うちに泊まっていかない?」
不意に、エリスがそんな提案をした。
「泊まるって、いいのか?」
「うん。その方が、たくさん付与出来るしね。それに、これから宿を探すのはめんどくさい時間なんじゃないかな?」
「まあ、確かに」
蒼汰は頷く。今日の宿は取っておらず、またどこか適当な宿に泊まるつもりであった。いずれは決まった場所を長期間借りようとは思っていたが、まだどの宿が良いかという知識も無い状態である。
「なんなら、しばらくはうちに住み込みでもいいんだよ?」
そんな状況だからこそ、続くエリスの提案は渡りに船であった。
「それなら……お願いしようかな」
「よっし! じゃあ宿代は、鍛冶のお手伝いってことで!」
「なんだよ、やっぱりそこは要求すんのか」
呆れ顔になる蒼汰。だが、こうした打算的な態度はむしろ付き合いやすく、好都合であった。
「まあ、ともかく。今日からよろしくな、エリス」
「うん、ソータ。よろしくね」
こうして、蒼汰とエリス……そしてこの時の蒼汰がすっかり忘れていた飲んだくれのジジイ、三人の共同生活が始まるのであった。