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第八話




 外敵は排除する。その考え方は、極めて合理的で。蒼汰にも、十分理屈が理解できるからこそ――怒りが湧いてくる。自分がそうして奪う側でなく、奪われる側であったと、無意識に思っているから。

「その後は、どうなったんだ?」

 蒼汰は、つい話の先を促した。


「もちろん、ジジイはそれでも頑張ったよ。下町の子供のために武器を作った。でもさ、そんなジジイを、下町の奴らは排除した」

「排除? なんで」

「ゴロツキと敵対したからさ。アイツら、下町出身のロクでなしも沢山いる。顔も利くし、何より誰も暴力を振るわれたくなかった。だからジジイは、下町にいらない問題を持ち込んだ奴だって言われて……心が折れたみたい。ある日、鎚を捨ててから、飲んだくれる毎日だよ」


 なるほど、と蒼汰は思う。そうした経緯があったからこそ、あの老人は腐ったのだろう、と。そしてエリスの語った『どうでも良くなっちゃった』という言葉の意味も。

「――爺さんを裏切った奴らのこと、恨んでるのか?」

「もちろんっ!」

 エリスは勢い良く、強く答える。


「誰一人だって許さない。下町のバカ共も、ゴロツキ達も、武器屋の奴らも、そこに品物を卸してる鍛冶屋も、全部。誰ひとりだって許すつもりは無い。ぶっ殺してやりたい。でも、皆殺しなんて現実的じゃない。だから、どうにかして復讐してやりたい。死ぬよりも辛い目に遭わせてやりたい」


「気持ちは……分かるな」

 蒼汰は頷き、同意する。自分もまた――心のどこかに、激しい憎悪を抱いているから。それが殺意と呼べる程のものかは分からない。だが、どれだけ言葉を尽くし、理屈を並べ立てたとしても。心が受け入れることが無いだろう、と確信できる程の悪意が溢れてくる。

 きっと、似たような思いを抱いているのだ、と蒼汰は理解した。


「俺も――」

 蒼汰は、口を滑らせたかのように話し出す。

「俺も、許せないやつが居るからさ」


 そうして、蒼汰は話し始めた。自分の生い立ち。異世界出身の、召喚された勇者であること。そして、召喚される前のこと。日本での、両親との確執。幼馴染と妹から拒否されたこと。様々な鬱憤を抱えて、この世界に召喚されたこと。


 召喚された後は――騎士団の斥候として訓練を受けたこと。信頼していた人、騎士団長が戦死したこと。生きろと言われた。けれど、他の誰もが――クラスメイトも、騎士団も、全ての人々が蒼汰を犠牲にして生き延びようとしていたこと。

 そして自暴自棄になり、フレイムエンチャントを暴走させ――蒼炎魔法を習得。六魔帝を殺し、この街まで逃げてきたこと。


 今でもあの国の人々――そしてクラスメイト達を恨んでいること。


 全てを話し終えると、蒼汰はエリスの顔を見る。

「……とまあ、俺もさ。許せない奴がいて、復讐したいって気持ちは、分かるっていうか」

「ソータっ!」

 次の瞬間、蒼汰はエリスに――抱き締められる。


 何が起こったのか分からず、目を白黒させる。だが、そんな蒼汰に構うこと無くエリスは言葉を投げかける。

「苦しかったよね。寂しかったよね」

 言われて――蒼汰は、自分の心境を理解する。

 自分は、苛立ち、憎悪を抱き――その過程で失ったものの幻影を追いかけて、だから苦しんでいたのだと。


 誰かが、自分を認めてくれたかも知れない。許してくれたかも知れない。そんなあり得なかった未来を想像して、そうならなかった現実に苛立っていた。手に入らなかったものを求めてあがいていた。

 そして、何も無い自分自身を見て、寂しく思っていた。


 エリスの言葉で、蒼汰は自分の怒りに、復讐心の源に理解が及んだ。ストン、と腑に落ちる。

「ソータは、頑張ったよ。なんにも悪くない。……ううん、善悪とかじゃない。許せないんだから、徹底的にやり返して、取り戻して、幸せになりたいのは当たり前だよ」

「……そう、なのかな」

 蒼汰はエリスに言われる程に、震える。


「そうだよ。だって……本当に苦しいのは、クズに傷つけられることじゃない。正しい人達に寄って集って付けられた傷が、一番どうにもならなくて、苦しいんだよ」


 ああ、なるほど。と、蒼汰は納得する。

 是非はともかく――蒼汰の心は、エリスの言葉を、理屈を真実だと思った。自分は正にそれだと。

 そして――生まれて始めて、本当の自分に触れられたような気がして。


「……あれ、なんだろ」


 気付くと、蒼汰の瞳から、涙が溢れ落ちていた。


「俺、そういうつもりじゃ」

「いいんだよ、ソータ」

 エリスが、否定する蒼汰を遮る。


「いっぱい泣いちゃっていいよ。アタシだって、きっとそうするから」


 その言葉が、最後となった。

 後は――蒼汰は嗚咽を漏らしながら、エリスの胸元に頭を預け、泣きじゃくった。

 そんな蒼汰を、エリスは優しげに抱き締め、頭を撫でて慰める。


 付与をする、という本来の目的も忘れて――二人はしばらく、そうしていた。

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