第七話
蒼汰の装備――まずは予備の服に対する付与から開始した。
付与の方法は単純。付与したいものにエリスが触り、スキルを発動する。この時、同時に蒼汰に対しても接触する。これで『火傷耐性』に関しても付与が可能となる。
服であれば、一着につきおよそ三十分程の時間がかかる。その間、蒼汰はエリスと手を繋ぎっぱなしになる。
どこかで暇をつぶすわけにもいかず。蒼汰とエリスは、ぽつぽつと会話をしていく。
内容は、主にエリスの昔話――経験してきた、人生の振り返りのような話であった。
「親が最悪だった話はしたでしょ? 他にも、友達も最悪だった。近い歳の子は、だいたいみんな泥棒になってさ。アタシは危ないからやめなって言ったんだけど。みんな金持ちからなにかを盗もうとして、死んでいった」
どこか懐かしむような言葉。その理由が、続く言葉によって明かされる。
「それを見て、アタシ思ったんだよね。ほら見ろ、悪い奴らに手を出したからだって」
「悪い? その金持ちは悪人だったのか?」
「ううん。普通の金持ちだったと思う。良くも悪くもね。でも、貧乏人ってバカだからさ。お金持ちなんて、なにか悪いことしてるに違いない。だって、アタシ達もお金が欲しければ悪いことしなきゃいけないんだから、って」
語られる内容は――地球の、日本という恵まれた国に育った蒼汰には理解の及ばない世界の話だった。
「大人たちもそう思ってるし、疑わない。みんな金持ちを恨んで、妬んで、悪く言う。だから金持ちはいっぱい悪いことをしてるんだってみんな思う。だから、みんなそれが真実だって疑わない。自分たちだって悪いことをしてるから、金持ちだってするはずだ、ってさ。全員バカで……バカ過ぎるから、何にも分かってなかった」
過去を語るエリスの瞳は、どこか遠い所を見ているように蒼汰には思えた。
「で、アタシは両親を殺した。アイツらが居たら、きっとまた捕まって、束縛されて、売られちゃうって思ってたからね。逃げるために――バカでどうしようもなかった子供のアタシが、一歩目を踏み出すためには、アイツらを殺す必要があった。本当にそうする必要があったのかとか、理屈はともかくさ。アタシは殺さなきゃ逃げられなかった。だから後悔も反省もしてない」
「うん、俺も……それでいいと思う」
蒼汰は、無意識にエリスの言葉を肯定する。
「俺も……何人も殺したからな。敵は一人でも少ないほうがお得だ」
「ふふっ。そだね。やっぱり、ソータとアタシ、気が合うのかも?」
冗談めかして言うエリスに、蒼汰は顔を顰める。
「やめろよ。どうせ本気にはなれないんだ」
「――そうだね。アタシも、ソータも。お互い」
会話が途切れ、僅かに沈黙が流れる。
次に口を開いたのも、エリスであった。
「……彷徨って、荷物に紛れ込んで、ルートゲインに来てさ。下町で野垂れ死にそうになってたところで、クソジジイに拾われたんだ。今思えば、幸運だったよね。ゴロツキ同然の冒険者とかに見つかってたら、すぐに奴隷落ちだったと思う」
エリスの話は、次第に現在の状況へと近づいてゆく。
「それからはクソジジイに鍛冶を習ってさ。仕事を手伝って、いつかアタシも、下町一番の鍛冶師になるんだって意気込んでた」
「過去形なのか?」
「うん。どうでも良くなっちゃった」
エリスの表情に、影が落ちる。
「……元々、クソジジイは下町のみんなに寄り添って、必要なものを安く作って、少しでもみんなの生活が良くなるように、って頑張ってたんだよ。今でこそ飲んだくれだけど、昔は熱いジジイだった」
「そうだったのか」
現在の、赤ら顔の千鳥足で帰ってきた姿からは想像も付かない。蒼汰もこれには驚きを見せる。
「でも、それじゃあ大通りでやってる武器屋は儲からないんだよね。例えば、下町の子供が冒険者になったら、まず武器を買う。ド素人で、剣なんて使ったこともないガキだよ? どうせ手入れもしないし、刃筋も立てらんない。普通の武器屋で売ってるような、上等な剣を買ってたら、すぐに壊しては買い直して……相当な才能でも無ければ借金地獄。まともに食って行けずに、ゴロツキ共の仲間入りになる」
「――でも、武器屋は儲かる」
「そゆこと」
蒼汰の言葉に、エリスは頷いた。
「ジジイが作ったのは、もうほとんど鉈みたいな、無骨な剣だった。力任せに振るのを前提にした武器。頑丈で、ちょっと刃こぼれしても重さがあるから鈍器にもなる。素人の、最初の一本にはこっちの方がずっと良かった。値段もいっちょ前の剣と比べたら安いし、寿命なんて十倍以上。手入れだって、ジジイならタダでやってあげた」
「それが、武器屋は気に入らなかったってことか」
「そう。だから武器屋はゴロツキも使って、下町のガキ共を騙して、剣を買うように促した。一人前の冒険者なら一人前の剣を使うもんだ、って」
エリスの語った言葉から、蒼汰にも先の話は予想できた。
「……バカなことをするな。子供の命に代えられるものは無いって。ジジイは武器屋に怒鳴り込んだ。宣戦布告だってした。――次の日には、ゴロツキに襲われて、肘を壊した。まともに鎚も振れない身体になったんだ」