第五話
「……別に、聞きたかったわけじゃない」
蒼汰は、エリスの問いに誤魔化すような答えを返した。
「そう? じゃあそれでいいけど」
エリスもあっさりと引き下がる。
だが――蒼汰は、自身の両親のことを思い返していた。父と母。二人とのすれ違い。コントロールの効かない怒りと、恨み。
親を憎んでいる。だが一方で、それが正常な状態ではないとは理解している。そんな親不孝者である蒼汰だからこそ……エリスの、親殺しについて興味が湧いてしまった。
「なぁ、その。エリスは……親を殺したんだよな?」
「うん。クズだったからね、アイツら。アタシのスキルが役立たずのゴミスキルだって知った途端に掌返し。虐待……ってほどじゃなかったけど、愛情は感じたことが無かったかな」
エリスは饒舌に話し出す。
「しかも――レアスキル持ちの人間を集めてるっていう貴族にさ、アタシのこと売ろうとしてたんだよね。ふざけんな、って感じでさ。逃げるために、アイツらが寝てるところを襲って、殺したよ」
「そう、だったのか。その時は、どう思った?」
蒼汰は、気になったことを聞く。恨みを晴らして――実力行使で、親という存在に逆らって。人はどんなことを思うのか。参考にしたいと考えていた。
「最っ高! って思ったよ」
エリスは、悪びれもせずに答える。
「アタシが幸せになるには、アイツらを殺すしかなかった。そうやって逃げるしか無かったんだから。後悔もしてない。反省もしてない。それで悪人、犯罪者って呼ばれるなら、アタシは別に構わないって思ってる。あの時、あのまま奴隷にされて貴族のペットになるよりはずっとマシだったもん」
その言葉を聞いて、蒼汰は考える。自分なら、どうだろうかと。両親を――仮に殺したり、あるいは早死したりした時。どんなことを思うのか。
許せない。憎い。全部あいつらが悪い。……そう思っているはずなのに、苦しい。
奇妙な感覚に包まれて、蒼汰は首を振って気を散らす。
「どうして、そんなことを話したんだ?」
「交換条件だよ。アタシがソータのスキルの情報を貰う。それと同じぐらい、重い情報を蒼汰にも握ってもらう。先に裏切れば、自分の秘密にしたい情報も漏れるかもしれない。ほらね、こうすればお互い裏切ることが出来ない」
ニコリ、とエリスは、どうやら本心かららしい笑みを浮かべて言う。
「それに、アタシはソータの事、同類だって思ってるからね」
「同類?」
蒼汰の問い返しに、エリスは頷く。
「うん。アタシも、ソータもさ。他人っていうのは信用できない。どうせ裏切る。だから仲間なんていらない。そう思ってるでしょ?」
「……そうだな、それは同意する」
言って、エリスの指摘を肯定する蒼汰。
「でも、アタシとソータは協力しなくちゃいけない。ソータはアタシに、自分の重要な情報を晒さなきゃいけない。だから、お互いに秘密を握らなくちゃいけないって思ったんだよ。そうしなきゃ、多分協力出来なかったから」
エリスの言葉で、ようやく理解する蒼汰。確かに、蒼汰はエリスを信用していなかった。自分の情報を漏らすかもしれない以上、最低限の秘密しか話すつもりは無かった。
だが――こうしてお互いの情報を握り合っている今であれば。エリスは裏切れない。殺人の過去を、犯罪者として捕まるリスクをエリスは許容できない。だから蒼汰が――火傷耐性、そして蒼炎魔法のことを包み隠さず話すことが出来る。
「――すごいな、エリスは」
だから、蒼汰は率直な言葉を口にした。
他人を信用しないまま、協力する。それは矛盾していて、到底不可能なことのように思えていた。だから蒼汰は、味方など作らないと決めていた。
だが――エリスはこうして、お互いを信用しないままに協力関係を作れる状況を生み出している。
そこには、ここで蒼汰がこの提案――つまり理想の装備を作る唯一のチャンスを棒に振るはずがない。という打算的な考えまで考慮されている。
頭の良い人なんだろうな、と蒼汰は考えた。
「そんなことないよ」
だが、エリスは否定する。
「本当にすごいのは、ソータの方。一人でも生きていこうって、頑張って、足掻いてさ。それって、本当に難しいことだから。アタシはそんな蒼汰の生き方に、タダ乗りしようとしてるだけだから」
「そうかな?」
エリスの言葉に、蒼汰は首を傾げる。そうだろうか、と。一人で生きるのは、難しくない。むしろ、誰にも傷つけられない。味方に裏切られることもない。一番楽な選択のはずだ、と考える。
「――まあ、脱線するのかここまでにしとこっか」
エリスが話を終わらせようとした為、蒼汰も頷いてこれに従う。
「そろそろ、詳しい話を聞かせてもらえるかな。ソータが、どうして燃えない装備を求めてるのか。どんなスキルを持ってるのか。――仕事に必要なこと、全部教えてもらうからね」
ニコリ、とエリスの浮かべる仮面の笑み。
それが何故か蒼汰には――今や、違和感の無いもののように思えていた。