第三話
鱗人族とは、竜人族の子孫だと言われている民族である。
古代、この世界を支配していた種族である竜人族。だが、何らかの理由により彼らの文明は衰退。竜言語や指の数に由来する八進数等、一部の文化のみを残して姿を消した。
そんな竜人族の血を引くと呼ばれる種族が、鱗人族である。
性質としては変温動物に近く、低い気温になると著しく運動能力が下がる。だが、それ以外の能力は基本的に高く、魔族すら凌駕する場合もあると言われている。
その優秀さもまた、鱗人族が竜人族の子孫だと言われる理由の一つでもある。
彼らの外見的特徴は、大きく三つ。まず、頭髪。人間のような細い毛髪が無数に生えているわけではない。帯鱗と呼ばれる、平たく薄い発達した鱗が頭部を覆っている。
――蒼汰のイメージに合わせるなら、人間がワックスで毛束を固めた時に似た形をしているのがこの帯鱗である。
そして次に、身体中を覆う鱗もまた特徴として分かりやすい。顔や腹部、胸、股、脇、手の平といった部分を除き、鱗が生えている。
これは外敵から身を守るための組織の名残と言われている。腹部や胸部に鱗が生えていないのは、四足歩行であった古い時代の影響であり、外敵の攻撃に晒されづらい部分は鱗が生えていない。脇や股、手の平も同様の理由である。
最後に、鱗人族の指は片手に四本。両手で八本指となっている。かつての竜人族も同様に八本指の種族であったとされている。
彼らの指が八本であったからこそ、この世界の記数法もまた十進数ではなく八進数になったとも言われている。
実は解剖をすれば、人間でいう小指の退化した部分が発見出来る。が、外見上は四本指にしか見えない。
そんな鱗人族であるが、生息域は非常に狭い範囲に限られる。ルートゲインからもさらに離れた遠い土地。魔族の領域と、ラインスタッド帝国の国境に挟まれる位置にある大森林にひっそり暮らす。と、されている。だが、稀に森を出た鱗人族の子孫に当たる存在を、都市部では見かけられることもある。
蒼汰は――目の前の鱗人族の少女が、正にその子孫に当たるのだろう、と考えた。
「……いや、悪い。鱗人族を見たのは、これが初めてでさ」
驚きが失礼にあたったと考え、即座に謝る。
「そっか。ま、それはいいんだけどさ。お兄さんは何の用事があってここまで?」
そして鱗人族の少女は、さらに蒼汰の目的を聞き出そうと尋ねた。
「それは――ちょっと長くなるが、簡単に言えば仕事を頼みたいんだ」
「へぇ。それは鍛冶の仕事かな?」
「ああ、そうなる」
「だったら、お客さんだねっ!」
ニコリ、と笑みを浮かべて少女は蒼汰の手を取る。その、思ったよりも柔らかい手の平の感触に、蒼汰はドキリとする。
「こんな汚れた場所じゃなくて、向こうで話そっか! アタシの名前はエリス・コニファー。この店、コニファー鍛冶店の店主をやってるよ!」
「俺は――ソウタだ。ランクシーズの冒険者をやってる」
「ってことは、装備を作って欲しいのかな?」
と、会話を交わしながら。蒼汰はエリスに手を引かれながら店の方へと戻ってゆく。そしてテーブルと椅子を隅の方から引っ張り出してきたエリスの指示で、席につく。
「ああ。実は、特別な装備を作ってほしくてさ。あちこち回って頼んでみたけど、駄目だったんだ」
「へぇ、そんな難しいのなんだ。アタシ、腕は確かだから。試しに依頼の内容、教えてくれない?」
エリスはニコニコと、無邪気そうな笑みを浮かべつつ尋ねる。その、表裏の無さそうな態度に、蒼汰はどこか不信感を覚えながらも、無視して話を続ける。
「そうだな……簡単に言えば、絶対に燃えない、熔けない装備を作って欲しいんだ」
「絶対に燃えない、ねぇ……」
うーん、と考え込むエリス。そして、顎に手を当てたまま蒼汰へ尋ねる。
「不可能じゃないけどね。でも、条件は厳しいよ?」
「本当かっ!?」
ダンッ、と勢い良く身を乗り出す蒼汰。勢いのあまり、エリスに衝突しそうなほどであった。だがエリスは動じずに答える。
「本当だよ。でも、言った通り条件が厳しい」
「金なら用意する! 素材も集めろって言うなら集める!!」
蒼汰は、可能なことなら何でもする、という姿勢を見せる。だが、エリスは首を横に振る。
「そういうんじゃないんだよね。条件っていうのは、そもそも作るのが可能になるかどうか、って意味だから。頑張れば作れるとかじゃないの」
エリスの回答に、蒼汰は首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「そーだねぇ。あんまりボカしても仕方ないし、率直に言うね」
言って、エリスは蒼汰の目を見据えたまま、尋ねる。
「ソータ。君の持ってる『スキル』を、嘘偽り無く教えてくれるかな? その内容によっては、作れるかも知れない」
その問いを受けた瞬間。蒼汰の目に、強い警戒と、敵意の色が浮かぶ。
だが……エリスは、微笑む。
「へえ。いいね、その目。この世の誰も、信じてないっていう感じ」
言いながら、無邪気そうな笑みを浮かべるエリスだったが。蒼汰には、その笑みがまるで仮面のように思えて仕方なかった。