第二話
結論だけ言えば――蒼汰の圧勝であった。
しかし、狩りの成果で言えば敗北と言ってもよい程の状況であった。
フレイムエンチャントのみで戦闘を繰り広げた蒼汰。基本的には互角の勝負となった。蒼汰の方が身体能力は上だったが、相手は飛行する魔物。攻撃の機会が少なく、五分の勝負が続いた。
やがてしびれを切らした蒼汰が袖を捲くろうかと考え始めた頃。不意に、ドラゴンが蒼汰ではなく獲物――つまり蒼汰の仕留めた鹿の魔物を狙って攻撃を繰り出した。
結果、蒼汰の今日の成果は無残にも破壊され、とてもギルドに納品出来るような状態ではなくなってしまう。
しかもドラゴンは――直後に逃走を選択。決着が付かないと見るやいなや。蒼汰に嫌がらせだけをして、尻尾を巻いて逃げたのだ。
これに蒼汰は怒り、同時に焦った。このままでは、今日の収入が無くなってしまう為である。
故に――慌てて蒼炎化を発動。全身を蒼炎に変え、閃光のような速さでドラゴンに追いつく。そのまま背後からの一撃で墜落させ、討伐を終えた。
だが、攻撃の加減に失敗。ドラゴンの素材となる部分は、殆どが剥ぎ取りが間に合わず。残ったのは、ドラゴンの鱗が十数枚程度であった。
ドラゴンを仕留めたにしてはあまりにも少ない収穫。これでは、狩りという意味では敗北したも同然である。
しかも、服まで全焼。幸い、別の場所に置いてあった荷物の中には予備の服がある。お陰で裸のまま過ごす必要は無くなった。
が、これで服の予備を一つ失ったのは変えようの無い事実である。
「ちくしょう、このままだとマズイな……」
蒼汰はルートゲインに戻り、ギルドへと向かいながら考え込む。蒼炎は過剰な破壊力を発揮する魔法である。いざと言う時のコントロールが難しい。
しかも、装備を全焼するリスクまである。長期的に考えて、この出費は痛い。そもそも常識的に考えて、戦う度に裸になるのは嫌であった。
「……よし、装備を整えよう!」
と、決断する蒼汰。決めると早く、この日はギルドにドラゴンの鱗を納品。それなりの収入を得て、これを装備の費用に当てることにして宿に戻った。
そして翌日。蒼汰は防具店、服飾店、鍛冶屋等を次々と見て回る。
だが――どこも結果は芳しくなかった。
「そんな服、あるわけねぇだろ!」
と、店主や店員に怒られ、仕方なく退散する他無かった。
何しろ蒼汰の希望するのは『炎の中でも燃えない、熔けない装備』である。金属製の鎧ですら不可能なことを、一般の服飾店や防具店が実現出来るはずもなかった。
一日中、ルートゲインの大通りをめぐり、鍛冶屋でのオーダーメイドも考えた。だが、蒼炎の火力を見せると誰もが首を横に振った。
「その火力じゃあ、火竜の鱗でも無理だな」
と、断られたのは一度や二度ではない。
「……はぁ。やっぱ無理なのかぁ?」
ため息を吐き、落ち込む蒼汰。やはり全裸を受け入れるしかないのか。普段から何着も服を持ち歩くしかないのか。
と――考え事をしていた為、偶然の出会いが生まれることになる。
別のことに集中するあまり、蒼汰は道を間違える。大通りを逸れ、小さな路地へと入り込む。気付いた頃には随分と大通りから離れており、喧騒も遠くなっていた。
周囲を見れば、明らかに寂れた雰囲気の路地裏。建物も汚れ傷の目立つものが多い。スラムと呼ぶほどでは無いが、大通りほど栄えている様子はない。
比較的、治安の悪い地域なのだろう。蒼汰はそう考え、大通りに戻ろうとする。
が――その次に曲がった道の先で、一軒の鍛冶屋を見つける。
看板すら壊れて、店の名前すら確認できない。だが、鍛冶屋が掲げる金床とハンマーの意匠が施されているのは確認出来た。しかも、耳を澄ませば鉄を打つ音が聞こえてくる。
「へぇ。こんな場所にも鍛冶屋があったのか」
ついでに、中を覗いていこう。と、蒼汰は思った。こんな廃れた鍛冶屋に自分の装備を作れるとは思わないが、確認せずに素通りする理由も無い。万が一、ということもある。
「ごめんくださぁい」
鍛冶屋の扉を開き、店へと入る。その奥から鉄を打つ音が聞こえてきた為、そちらへ足を踏み入れる。
そして――運命と出会う。
「あのー、頼みたい、こと、が……」
蒼汰の目に映ったのは――美しい、一人の少女。
ただ、少女の手には、それぞれ指が四本ずつしか無く。
そして、顔や手の平以外を、美しく、透き通るような水色の鱗が覆っていた。
「……鱗人、族?」
蒼汰は思わず、知識の中にしか無い、その種族の名を呟いた。
「――あん? 誰?」
少女は鍛冶をする手を止め、蒼汰の方へと振り返る。
これが――緋影蒼汰と、その最愛の人となる少女『エリス・コニファー』との、運命の出会いの瞬間であった。