第二十話
――防衛拠点の奪還作戦は、正面からの攻撃と、少数精鋭部隊による奇襲の二つから成立していた。
正面からの攻撃は『勇者様』と呼ばれる遥、そして『聖女様』と呼ばれる輪廻が行う。
一方で、奇襲する少数精鋭側には二つ名持ちの勇者が三名参加していた。
それは『剣聖様』の拓海、『英雄様』の幸次郎、そして――『弓聖様』と呼ばれるようになった少女、緋影千里。蒼汰の妹である。
「……緋影さん。作戦通り、よろしく」
幸次郎が呟く。三人は魔族の占拠する防衛拠点から離れた高台に立ち、見下ろしていた。
「分かった」
千里は幸次郎の言葉に――光の無い瞳のまま、表情も動かさずに返事をする。
そして弓を構え――数キロは離れた場所にある、防衛拠点の中心地へと射る。
すると、矢は魔力を纏い、巨大な光となって飛んでゆく。その後、防衛拠点の中心へと着弾し、爆発を起こす。
当然、この爆発により拠点内は混乱に陥り、魔族達の統率が乱れる。また、爆発により死んだ魔族も多数いた。
本来の作戦はここまでであった。魔族を混乱させた後、速やかに撤退。それが指示された作戦の内容であった。
だが、千里はさらに矢をつがえる。
「――緋影さん、これ以上はダメだッ!」
気付いた幸次郎が制止するが、既に遅かった。千里の放った矢は、混乱する魔族達の中心へと着弾。さらに犠牲者を増やす結果となった。
それでも尚、矢をつがえようとする千里。その手を、幸次郎が押さえて止める。
「……何するの」
「これ以上、殺す必要は無い。戦争は、ただ殺し合うだけの戦いじゃないんだ」
「お兄ちゃんを見殺しにしたくせして、そんなことを言うの?」
千里の昏い瞳が、幸次郎の方を向き、そして言う。
「――魔族を一匹残らず始末したら、次はお前だから。憶えといてね」
「……君の恨みを、否定するつもりは無いよ。でも、戦争が終わるまで待って欲しい。復讐よりも、今は大事なことがある」
幸次郎は一歩も引かず、千里を説得する。千里は納得こそしていないものの、この状況で身体能力に優れる幸次郎とは戦えない。また、魔族を一匹でも多く処分するには幸次郎の力も便利である為、ここは言うことを聞くことにした。
千里の腕の力が抜けるのを確認して、幸次郎も拘束から開放する。
「――んじゃあ、そろそろ降りるぞ。俺はもうちっと戦いてぇからな」
幸次郎と千里の対立を気にした様子も無く、拓海は言った。幸次郎と拓海は、この高台を占拠する為の戦力としてこちらに回された。故に、既に数多くの魔族を始末していた。
だが、それでも拓海には不足していた。さらなる戦いを求め、混乱の広がる基地内部へと突入するつもりでいた。
「……分かった。いつまでもここにいる必要もないからね。降りようか」
幸次郎も、この場からの退却には同意する。千里は頷きもしなかったが、逆らう様子も無かったため、同意したものとして見なされる。
「ならとっとと戻るぞ」
そうして、高台を占拠した三人は、本隊であるクラスメイト達の居る方へと向かうのであった。
――その後、三人が本隊と合流した頃には、既に決着はついていた。魔族は完全に防衛拠点から撤退。人間、勇者側の勝利であり、無事防衛拠点を取り返すことに成功した。
勇者達、そして軍の兵士達は、魔族に奪われた拠点を犠牲無しで取り返せたこともあり、祝勝ムードが広がっていた。
だがその中でも、優れない表情を浮かべる少女が三人。遥、輪廻、そして千里である。
三人は輪廻の提案で、蒼汰の痕跡を探していた。もしかしたら、蒼汰が六魔帝との戦闘を避け、逃げ切っているかもしれない。あるいは、勝利しているかもしれない。
何しろ、あの日――勇者が敗北した元凶六魔帝ヴィガロが姿を見せた日以来、その姿は確認されていない。
今もまだ蒼汰を追っている。あるいは、蒼汰によって撃破された。――と、希望的観測をするには十分すぎる、しかし些細な情報があった。
とすれば何らかの痕跡が基地内にあるはず。そう考えた三人は、魔族側の残した資料や、基地内での戦闘の痕跡を探して回った。
ヴィガロ相手に蒼汰が生き残っていれば、戦闘の記録が残っていてもおかしくない。また、ヴィガロのような強敵を撃破したのなら、何らかの特別な手段を用いた可能性が高い。その痕跡もまた、基地内に残されているか、資料となって記録に残っている可能性もある。
そうした理由から三人が探し、発見したのは――巨大な焦げ跡だけで。
ヴィガロが戦死した、というような情報すら無く。
緋影蒼汰は、六魔帝ヴィガロの爆炎魔法の餌食になり、死亡したのだろう、と推測するには十分すぎる情報しか集まらなかった。