第十六話
蒼炎魔法のことが知れ渡った結果、冒険者達は蒼汰に一目置くようになった。誰もが気軽に話しかけ、頼りにする。軽い調子で冗談を交わすことも増えた。
そうした状況を、蒼汰はさほど問題視していなかった。蒼炎魔法が見られたとは言え、中でも最も性能の悪い蒼炎撃のみ。元が生活魔法の『着火』に過ぎない為、手札の殆どは伏せられたままである。
それに、冒険者として活動する以上、多少の情報が漏れるのは仕方ない。今回の場合も、そうした許容の範疇である。
一方で、冒険者達の気安い態度に、蒼汰は居心地の良さのようなものも覚えていた。誰もが自分を、一人の人間として頼りにする。依存するような形ではなく、単純に力そのものを求められる。
そうした自分への『期待』が伴った人間関係が、蒼汰の人生には不足していた。そして、充実していたわずかな期間でもある、騎士団に所属していた頃の感覚にも似ていた。
以上の理由から、蒼汰は情報が漏れたことにより、むしろ結果的に良かったとさえ考えていた。
そして――キャラバンが出発してから、約半月の時が過ぎた。
ルートゲインまであと僅か。後二日も進めば到着する頃合いだった。
蒼汰が蒼炎魔法で撃退した野盗以来の、本格的な襲撃が起こる。
敵の数も、練度もこれまでで最大規模であった。冒険者のランクリーズ相当の手練が何人も紛れており、中にはあの斧使いの大男と同程度の実力を持つ者も居た。
明らかな、手練による襲撃。単なる野盗ではなく、組織的な動きも見られた。
無論、そのようなレベルに抵抗できるほどの戦力をキャラバンは保持しておらず、徐々に押されていく。
それでも、すぐに総崩れとはならなかった。蒼汰や、他ランクリーズの冒険者の奮闘もあり、どうにか拮抗した状態を維持出来ていた。
そんな状況下で――最悪の出来事が起こる。
「――テメェら、動くんじゃねぇぞッ!!」
その声は、蒼汰達冒険者の後方から聞こえてきた。
不審に思いながら、誰もが即座に振り返る。そして、目に入ったのは最悪の状況。
冒険者パーティによる、裏切りである。
複数のパーティが、後方に逃げていたキャラバンの商人たちを人質に取り、武器を構えていた。
その中には――蒼汰と行動を共にしていた、例の四人のパーティも含まれていた。
「あんたら――」
「動くな、つったはずだぞッ!」
声を張り上げるのは、件のパーティのリーダー。大剣を横に構え、いつでもすぐ近くに立つ商人を殺せると見せつけてくる。
「ソウタ。装備を外せ。ナイフも、防具も全部だ」
「……なんで、裏切った?」
「裏切りも何も、最初っからここでお前らはお終いだったんだよ」
リーダーは語る。そもそも、キャラバン結成時点で裏切り者となる冒険者が紛れていたのだと。
今回の襲撃者は窃盗団等ではなく、それよりも遥かに悪質な組織。奴隷狩りと呼ばれる組織だった。
誘拐した人間を違法な手段で奴隷にして、売り捌く。これを生業とする大規模な犯罪組織。
要するに、キャラバンは出発前からそういった犯罪組織の標的となっていたのだ。今、この場で商人達を人質に取っている冒険者達は、最初から奴隷狩りの為にキャラバンに参加していたに過ぎない。
「どうして、そんなことをする必要があった?」
「金になるんだよ。戦争があるんだぞ? 違法奴隷だろうが、買い手はいくらでもいるってわけよ」
つまり、蒼汰も含め、冒険者達もまた奴隷狩りの標的であった。違法な奴隷となり、ヒルヴェイン王国内の何者かによって違法な手段で買い取られる。そして戦闘奴隷として前線に送り込まれ、死ぬまで戦わされる。
そういえば、と蒼汰は思い返す。騎士団に所属していた頃のこと。前線に到着した時に見たもの。一部には犯罪奴隷と呼ばれる、重犯罪を犯した為に前線での戦いを強制される奴隷たちが存在した。
もしも、ここで奴隷狩りに捕まったなら。あの犯罪奴隷達の中に紛れて、前線で使い潰されるのだろう、と想像した。
「ほら、お喋りはもう終わりだ。とっとと装備を外せ」
リーダーが大剣を、さらに商人へと近づける。これにより、冒険者達の中には装備を外す者がちらほら現れる。このまま戦闘を続けても、死ぬリスクが高まるだけ、と考えての諦めからくる選択であった。
事実、裏切りによって背後を取られ、さらには自分達以上の戦力を持つ敵と戦わなければならないのだ。少なくとも、言うことを訊くフリでもして、逃げる機会を伺う方がよほどマシでもある。
そんな中、蒼汰は――素直に装備を外しだす。
「そうそう、それでいいんだよ。……って、おい!」
そして、さらに蒼汰は服まで脱ぎ始める。更には下着まで脱ぎ、完全に裸一貫となる。
「そこまでしろとは……言ってねぇんだが、まあ斥候なら隠し武器の一つや二つ、あってもおかしくねえか。投降する身分としちゃあ、いい心がけじゃねえかソウタ」
リーダーは、そのように蒼汰の行動を解釈した。
しかし、実際には違うのだ。
蒼汰が服も纏わず裸になってみせたのは。
決して、敗北を認めたからではなく。投降するつもりでもなく。
――最大限の、己に行える全力でもって反撃をする為であった。
「――『蒼炎化』」
蒼汰の呟きが、小さく響く。