第十二話
いよいよ昇格試験は最終段階、戦闘力試験へと突入した。
試験会場の中央に引かれた、白線の方陣へと試験官ベイルが立つ。そして、実技試験を通り抜けた冒険者たち――およそ八割強程度に人数は減った――に向かって呼びかける。
「さて、そんじゃあ最終試験だ。ルールは簡単。白線の内側で俺と戦え。白線の外は味方か、あるいは敵が戦っていると思え。要するに一歩踏み出せば邪魔になるか、的になる。仲間を殺すか自分を殺す羽目になりたくなけりゃあ、陣地の内側で戦ってみせろよ」
想定される状況としては、そう珍しくもないものであった。冒険者は複数人数でパーティーを組んで活動することも多く、その場合は複数の魔物、魔獣を相手に混戦となることも考えられる。
自由に使える空間が限られる状況下で、どれだけ立ち回れるか。それをこの試験で判断しようという狙いがあるのは明白であった。
「名前を呼ばれたやつから入ってこい。まずは――」
そうして、試験は開始した。
次々と、冒険者達がベイルへと挑む。剣を、槍を、様々な武器を構え、炎や風、雷などを操り、攻撃を加えていく。
だが、ベイル相手には通用していなかった。容易く回避され、剣でいなされ、魔法は身体強化と同じ魔法、エンチャント系の魔法を剣に付与して切り捨てることで対処されていた。
結局、誰一人としてベイルにたったの一撃も当てることなく終わっていった。惜しい、と蒼汰が感じる場面すら一切無かった。
だが――蒼汰はそれでも尚、余裕を感じていた。
理由は単純。見るからにベイルの実力が、訓練を受けていた騎士団の人々よりも低かったからだ。
太刀筋は分かりやすく、フェイントもほぼ無ければ動きの起こりも明確。どこからどのように仕掛けてくるか。逆にどう仕掛けたらどう動くかが見ているだけではっきりと分かる。
他の冒険者が試験を受ける間、蒼汰は観察を続けた。お陰で、ベイルの癖のようなものもつかめてきた。
これなら――楽勝で勝てるだろうな、と蒼汰は考えた。
やがて蒼汰以外の全ての冒険者が試験を受け終わった後。最後になって、ようやく蒼汰の順番となった。
「じゃあ最後に――ソウタ! 前へ出ろ!」
「あいよ」
蒼汰は気負うこと無く、軽い足取りで方陣の内側へと入っていった。
「障害物競走はなかなかの高タイムだったみてぇだな。だが、勝負は身体能力で決まるほど甘いもんじゃないぞ?」
「ああ、らしいな。お陰でもう少し、本気を出せそうだよ」
ベイルの忠告じみた言葉に、蒼汰は軽口を、挑発するような調子で返した。
「いい気前だ。そんぐらい腹が座ってなきゃあ、冒険者なんて務まらねぇからな。悪くないぜ、お前」
「そりゃあどうも」
二人はそう言葉を交わした後、互いに臨戦態勢へと入る。集中力を高め、身構える。
その様子を確認した職員の一人が――ちょうど蒼汰の知識試験を担当したマリスが、試験開始の合図を告げる。
「――始めっ!」
声と同時に、両者は激突する。
ベイルは下段に構えた剣を押し込むように切り上げ、蒼汰は懐から取り出したナイフを突き出す。
身体強化の無い蒼汰の膂力、そして体重では、さすがにベテラン冒険者でもあるベイルの剣に押し負けた。弾かれた蒼汰はニヤリ、と笑いながら短縮詠唱をする。
「フレイムエンチャント!」
直後、蒼汰の身体を赤い光が包む。一般には熱による自傷ダメージを与えるとされる身体強化の光。これにベイルは多少の驚きを見せるが、すぐに頭を振って集中を取り戻す。
「――ぬんッ!」
そしてベイルは――無詠唱で身体強化を行った。光の色は黄土色。アースエンチャントと呼ばれる、肉体の頑強さと膂力を特に高める効果の高い身体強化魔法であった。
こうして再び、身体強化魔法を重ねた両者の攻撃が激突する。ベイルは上段からの振り下ろし。蒼汰は――ナイフによる切り払い。
常識的な範疇で考えるならば、蒼汰の一撃は無謀であった。身体強化無しで膂力に劣っていた蒼汰が、さらに膂力で劣るフレイムエンチャントで、重さの無い、受けに不適切な攻撃を放ったのだ。当然、ベイルの剣によって叩き伏せられるものだろう、と試験を観察していた誰もが考えた。試験場に残った冒険者も、試験の補助をしていた職員達も、そしてベイル自身でさえも。
だが――現実は想像通りとは行かなかった。蒼汰の軽く振り払うようなナイフの一閃は、容易くベイルの斬撃を弾いた。
「ぬおッ!?」
想像を絶する衝撃に襲われ、ベイルは面食らう。そして、真正面をがら空きにしてしまう。
この時点で、ベイルは自分の敗北を悟った。蒼汰の一閃は手抜き、侮りなどでは無く、あくまでも最小限の、無駄のない動きでベイルの攻撃を弾く為のものに過ぎなかったのだ、と。
要するに――この絶好の機会を逃すはずがない、と考えた。
実際に、蒼汰はすぐさま追撃に出た。
ナイフを使っていない左手で、ベイルの鳩尾を正確に殴りつける。重く、強烈な拳がアースエンチャントの耐久力すら貫いてベイルに深いダメージを与える。
そして勢いのままに飛ばされたベイルは――白線の外側に立たされていた。
「おいおい、おっさん。そんなんじゃあ味方が死んじまうだろ?」
蒼汰の一言。明確な勝利宣言。白線の外に出てはいけない、というルールを設定したのは試験官、つまりベイルの方である。この状況で、負けを認めないわけには行かなかった。
「……全く、そのとおりだ。お陰でランクトーズの昇格試験に落ちちまったよ」
ニヤリと笑いながら、ベイルは蒼汰に握手を求め、手を差し出した。
蒼汰もこれに応じ、握手で返す。
「おめでとう、ソウタ。間違いなくお前は合格だよ」
「ありがとう。冒険者でも俺はまあまあやれる方だって分かって安心したよ」
「なんだよそりゃあ」
「これでも元傭兵でね」
「けっ、見慣れねえ新人かと思ったら、どこぞの傭兵の肝入りだったってわけか」
「悪いね。騙すつもりは無かったんだけど。生意気な女職員にバカにされたから、ちょっと気合が入っちまったんだ」
そう言って、蒼汰はマリスの方に視線を向ける。マリスは引きつった苦笑いを浮かべながら、視線を蒼汰から外した。その様子を見て、十分に意趣返しは出来ただろう、と納得した蒼汰は満足げに頷くのであった。