第十話
ルートゲインに向かうことを明確に意識するようになった蒼汰は、冒険者ランクの昇格試験でランクトーズを目指すことが最優先課題となった。
適当な魔獣を狩り、素材を売り、討伐証明を提出して金銭を得る。その金銭で適当な宿を取り、適当な屋台で食事を済ませ、昇格試験の日を待った。
そうして三日後。ついに昇格試験当日となった。
この三日間で日課となりつつある、朝と昼の中間ほどの時刻に、冒険者ギルドの受付へと向かう。
「昇格試験を受けたいんだけど」
そして、この三日間とは異なる言葉を受付に告げた。
丁度、と言ってよいのか、受付の女性はこの三日間で顔を合わせた女性とは別の受付嬢であった。
「……失礼ですが、ランクは?」
そして受付は、どこか訝しむような視線を蒼汰に向け、言った。
「ランクアズだけど」
「はぁ……。今日はランクトーズの昇格試験です。無理はしないで、真面目に依頼実績を積み重ねてください。そうすれば、そのうちこちらから昇格試験をおすすめしますので」
ため息交じりに受付は言う。要するに、試験を受けてもどうせ落ちるからやめておけ、という意味であろうと蒼汰は考えた。自分が若く、また見覚えの無い冒険者であることから、ここ最近登録した新参者だとでも推測したのだろう、とも考えた。
「めんどくさいなあ」
蒼汰は苛立ちを隠そうともせず、そう呟いた。
当然、受付は蒼汰を睨みつける。が、臆さずに蒼汰は言葉を続ける。
「別にアンタの許可がなきゃあ試験が受けられないわけじゃないんだろ? だったらごちゃごちゃ言ってないで受けさせろよカス」
「こっちも親切で言ってるんですけどね。試験に失格すれば記録に残りますし、二回目以降不利に働きます。それにこっちも手間が掛かりますから。無駄なことはしたくないんですよ」
「うるせえな、とっととやらせろ」
蒼汰が引くつもりが無いと判断したのか、受付は深くため息をついてから頷く。
「わかりましたよ。では、最初は知識試験です。あちらの別室に移動してください。すぐに準備して向かいますので」
受付が指した方向には、多目的室と札の付いた部屋があった。
「ああ、わかったよ」
蒼汰は素直に従い、多目的室に向かう。
そして数分ほど待つと、先程の受付が入室してくる。
「今回、知識試験を担当するマリスです。早速ですが、試験内容の説明に入りますね」
受付、兼今回の試験官であるマリスが苛立ち混じりに説明する。
「こちらから、いくつかの質問を投げかけます。貴方はそれに回答してください。その内容次第で点数をつけます。エク点満点中、ムル点あれば合格です」
エク点とは、日本語で言うなら百点のこと。表記上も『Ioo』となる。この世界では、一般的な試験の最高得点数になる。
なお、一の位まで連続して並ぶoの字は一般的には発音しない。日本語で『ひゃく』に、ゼロを直接指す発音が含まれないことと同じである。
ただし、例えば『IoI』となった場合は、日本語とは違ってoの字も発音する。言葉にすればエクオルアズ。日本語の場合の『ひゃくいち』とは異なり、中間のoを示す発音が入る。
とは言え、これも絶対的な法則ではなく、人によっては常にoを発音することもある。読みに関しては、この世界の数字というものはある程度寛容である。
「当然、ムル点未満なら失格。次の実技試験には進めません」
わざわざ失格の場合だけ強調するように説明するのは、マリスがそうなるであろうと想定しているからだな、と蒼汰は考えた。
「では、最初の質問です」
そうして、知識試験は開始した。
マリスから繰り出された質問は、計十六問。全てが冒険者として活動する上で必要な、魔物討伐に関する知識。そして依頼を受ける上で心がけるべきことや、素材採集における注意点など。そうした知識に関する質問であった。
蒼汰の場合は、最低限の知識は騎士団で教育を受けているため、答えることが出来た。専門的すぎる内容については回答に困りはしたが、全体から見れば一割か、多くとも二割には満たない程度であった。
試験終了後。マリスは不機嫌そうな表情で口を開く。
「……結果はムルフィズ点。合格です」
思ったよりも高得点だな、と蒼汰は思った。最悪、不合格である可能性も考えてはいたのだが。
何にせよ、最も不安だった知識試験はこれで突破したことになる。
「次は実技試験ですが、正午から開始します。それまでにギルド裏の訓練場に集合してください」
「ああ、わかった」
最低限の事務的なやり取りを終えると、マリスは多目的室を出ていった。その背中を見送りながら、蒼汰はわずかに笑みを浮かべる。
バーカ、ざまあみろ。と小さく口だけを動かして、蒼汰も多目的室を出る。次の試験は正午開始。その前に昼食を済ませておこう、と考え、冒険者ギルドを後にした。