第九話
魔法の名前だけを呟く短縮詠唱。これと同時に、蒼汰の腕を、肘から掌までを蒼い炎が包み込む。
その炎の色に、突然の、見たことのない魔法の発動に、男達は面食らう。動きを止めてしまう。
しかし面食らっている場合ではなかった。もっと、危機感を持っているべきであった。
次の瞬間には――蒼汰は前に出ていた男に肉薄し、そのまま顔面を蒼炎猛る右腕で掴んだ。
「――ギャアアアアッ!!」
男の断末魔が上がる。蒼汰の腕から、蒼炎が燃え移る。炎は瞬く間に男の全身を包み、そしてわずか数秒で黒焦げに変えてしまう。
だがそれでも、炎は燃え尽きない。黒い炭となった男はボロボロと崩れる。それでも蒼炎は燃え続け、やがて白い灰に、塵のようになるまで火の手は収まらなかった。
目の前で、仲間が殺された。それも、何の躊躇いもなく。炎で焼き殺すという、残酷な手段によって。
それは残された二人にとって、十分すぎる衝撃であった。
「こ、固有魔法……ッ!?」
「殺しやがった、てめえ正気か!?」
「はぁ? バカかお前。自分で言っただろ。こんなところ、誰もこねぇって」
蒼汰は、鼻で笑う。
「お前らがなんも喋らなきゃあ、俺も無罪放免だろ?」
そしてニコリ、と。何の邪気も嫌味もない、普通の笑みを浮かべる蒼汰。
これを見て、ようやく男達は気づいた。己等が、何に手を出してしまったのか。どのような状況にあるのかを。
次の瞬間には――逃げ出すために蒼汰に背を向け、走り出していた。
「――フレイムエンチャント」
しかし無意味であった。
蒼汰は身体強化を自らに施し、加速。常人を遥かに超える速度で飛び出し、すぐに男二人を追い越した。そして蒼炎に燃ゆる右腕を、男の一人の顔面に突き出す。拳の一撃は身体強化、そして蒼炎撃による強化の二重効果により、爆発的な破壊力を生む。
男の頭部は、まるで風船かなにかのように破裂した。
「ヒィッ!?」
残された男は、その光景に怯え悲鳴を上げる。弾けた男の頭部は、その破片全てが蒼炎に包まれ、瞬く間に燃え尽きていく。そして首から下も、燃え移った蒼炎によって着実に炭へと、そして灰へと変わっていく。
男が怯え、数歩後退した頃には、そこにもう一人の男が居た証拠など何一つ残っていなかった。服等も含めた装備も燃え尽きており、殺人が起きたとは到底思えない状況。
あえて言うなら、男達が武器としていた剣とナイフだけは燃えていなかった。だが、これは蒼汰が適当な中古武器屋にでも売り払おうとして残しただけに過ぎない。燃やそうと思えば、原型も残らないほどドロドロに溶かしてしまうことも出来た。
「さて……せっかくだから、アンタに聞きたいことがある」
蒼汰はそう言って、怯える男と向かい合う。
「な、何だ!? 何を言えばいい!?」
「ルートゲインって場所について、アンタが知ってる限りの知識を教えてくれ」
蒼汰の言葉に希望を見た男は、面白いほど素直に全てを話す。
ルートゲインとは、冒険者ギルド本部が存在する独立都市国家であった。主要三国――現在地でもあり、蒼汰たちが召喚された、魔族領と接しているヒルヴェイン王国、商業が盛んなパスハット共和国、魔法産業と軍事が発展しているラインスタッド帝国の狭間に位置する。
冒険者ギルドという組織の中立性を保つために、これら三国が共同で立ち上げた都市国家であり、通称は自由都市。三国が睨み合う土地であるという性質上、多少の脛の傷がある程度の犯罪者を取り締まるのが難しい。
例えばパスハット共和国で軽度の犯罪を犯した男がルートゲインに居たとして、彼をルートゲインでパスハット共和国の人間が捕まえようとすると、その行動自体がルートゲインの独立性を脅かすものと判断される。
それを避けるために、正式な手続きを経て現地の治安維持組織の協力を経て、ようやく捕まえることが出来るのだが、その手間を考えれば、例えばパスハット共和国でリンゴを盗んだ程度の男をわざわざ捕まえる理由が無い。
根っからの犯罪者であればルートゲインでも罪を犯し、結局は現地の治安維持組織によって捕まる。その段階で過去の犯罪歴を調べられる為、最終的には国外で犯した罪の分も裁きを受けることになる。
ともかく、そうした性質からしてルートゲインには脛に傷のある者が多い一方で、治安維持組織が高位の冒険者により成り立っているため、実際にルートゲインで犯罪に手を出す者は少なく、治安が良い。
さらには冒険者ギルドの本部があることや、三国に面した立地でありつつ、周辺には有名な魔物、魔獣が多数生息する場所も多く、討伐で稼ぐには都合がいいという理由もあり、冒険者にとっては非常に活動しやすい条件が揃っている。
そのため、多くの冒険者がルートゲインを活動拠点にしている。若く発展途上にある冒険者は皆、一度はルートゲインの高位冒険者として、強く素材も高価な魔物魔獣を狩る生活を夢見るものである。
そして蒼汰が現在滞在している都市は、ヒルヴェイン王国の冒険者がルートゲインに向かう道中で立ち寄ることが多い。そのため、衛兵等は見知らぬ冒険者を見ればまずはルートゲイン行きではないかと想像を働かせるようになっているのであった。
――と、様々な情報を男から聞き出し、蒼汰は満足げに頷く。
「なるほどな、そんな場所があったのか」
冒険者の間では有名な情報であって、あくまでも一般人にとっての常識ではない。無論、騎士団所属である召喚勇者が知る必要のある情報でもない。故に、蒼汰が教育を受けた範疇にルートゲインの情報は含まれなかったのだろう。と、蒼汰は考えた。
「な、なあ。これでいいか? もう十分だろっ!?」
蒼汰に脅されながらルートゲインの情報を喋った男は、泣き笑いを浮かべつつ尋ねる。解放してくれ。助けてくれ。そう懇願する声が今にも聞こえてくるような顔であった。
「ああ、ありがとうな」
それだけを告げて蒼汰は――右腕の蒼炎を消さぬまま、男の顔面を殴りつける。
「ひぎゅ――!」
男は短い悲鳴を上げた。その声が途切れたのは、蒼炎が開いた口から声帯まで入り込み、一瞬で喉を燃やして炭に変えた為であった。
やがて数秒の後には、男は跡形も無く真っ白な灰となり、その時丁度吹き込んできた風によって舞い散り、跡形もなく消え去ってしまう。
「――よし。やっぱ次の目的地はルートゲインで良さそうだな」
蒼汰は一言。それだけを呟いて路地裏を離れてゆくのであった。