第八話
クロウベアとの戦闘を終えた蒼汰は、今日はこれで十分と判断し、冒険者ギルドへと帰還していた。
討伐証明部位、及び魔獣や魔物から剥ぎ取った素材は、受付カウンターとは異なるカウンターへと提出しなければならない。
蒼汰の帰還が早めであったお陰か、査定カウンターには他に誰も並んでいなかった。
「討伐の確認と、素材の査定を頼む」
蒼汰は行って、査定カウンターにクロウベアから剥ぎ取ったものを置く。
「はいよ……って、こいつぁクロウベアかい。しかもでかい。アンタ、若いのになかなかやるねぇ」
「はは、そりゃどうも」
査定カウンターの、どこか剛毅な雰囲気のある女性は言いながら素材を手にする。
「角は揃ってるが、爪は片手分かい?」
「ああ。戦ってたら壊れた。片方だけでも無事で良かったよ」
「ああそうかい、そりゃあもったいないことしたね。こんだけでかけりゃ、片手で金貨四枚程度の価値はあるよ」
この世界の貨幣は金属製の硬貨が基本であり、一般によく用いられるのが銅貨である。これは現代日本での価値に換算すればおよそ八十円から百二十円程度の価値がある。と言っても、これは銅貨数枚があれば街で簡単な食事が出来る、という知識から蒼汰が逆算した価値であるため、正確なところは不明である。
そして銅貨八枚と同等の価値を持つのが黄貨。銅の割合の多い青銅製の硬貨で黄金色をしている。この黄貨八枚と同等の価値を持つものが銀貨。銀貨八枚が金貨、といったように価値は八枚ずつ繰り上がっていく。
これは、この世界で用いられる数字が八進数であることによる。
金貨とは一枚で5万円程度の価値がある硬貨であるため、それが四枚分ともなれば、日本円に換算すれば二十万円。蒼汰はちょっとしたミスで、それほどの大金を得る機会を失ったということになる。
とはいえ、クロウベアの討伐には苦労しなかった。今回得られなかった二十万円程度なら、いずれ取り戻す機会があるだろう、と考え、大して気にはしなかった。
「そんじゃあ、素材買取に討伐報酬、全部合わせて金貨八枚ってとこかね。全部金貨でいいのかい?」
「いや、一枚は適当に両替して渡してくれたら助かる」
「はいよ」
蒼汰の要求に頷き、女性は一度後ろの方へと下がる。そして奥まった場所にある金庫らしい場所から硬貨をじゃらじゃらと取り出した後、カウンターの方へと戻ってくる。
「そんじゃあ金貨七枚、銀貨七枚、黄貨七枚、銅貨八枚。あわせて金貨八枚分だ」
「確かに受け取ったよ」
「この調子で、じゃんじゃん魔獣やら魔物やら狩っておいで」
「そうさせてもらうよ」
蒼汰は言いながら、カウンターに乗せられた硬貨を受け取る。銅貨、黄貨は使いやすいよう懐の小銭入れに。それ以上のものは荷物袋の奥まった部分へ片付ける。
これで蒼汰は今日を生きる糧、金銭を手に入れることが出来た。街で食事でも済ませてから、宿屋を適当に見つけて今日は休んでしまおう、と考える蒼汰。思えば、据え置きのベッドでゆっくりと休憩することの出来た日は随分と昔の話である。勇者として王都を発った後は、基本は野営であった。
久々のベッドを楽しみに思いながら、蒼汰は冒険者ギルドを後にする。
そんな――蒼汰の背中に向けて、怪しい視線を向ける男たちが居た。
だが、そうとも知らず、蒼汰は軽い足取りで食事処を探しに向かった。
小一時間ほどかけて街を巡り、目についた適当な屋台で食事を済ませた蒼汰。次は宿屋だろう、と思って繁華街から離れて行くにつれ、妙なことに気付く。
どうやら、尾行されているらしい、と勘付いたのだ。同じ男が、一定の距離を保って後ろからついてくる。
何事か、と考える蒼汰。だが、考えるだけ無意味だとも思った。何を狙ってのことかは不明だが、善意からの行動でないことは間違いない。
なお、この蒼汰の予想は的中している。現在蒼汰を尾行している輩は、冒険者ギルドに屯していたゴロツキ同然の不良冒険者である。この時刻に討伐を済ませ、冒険者ギルドに顔を出すような人物は、蒼汰のように優秀な冒険者か、あるいは不真面目で、討伐以外の形で――例えば恫喝などで副収入を得られるような輩のどちらかである。
当然、蒼汰を尾行する輩は後者であった。
蒼汰は誘うように、人気の無い路地へと入り込んでいく。尾行する側の男達はこれ幸いと、嬉々として蒼汰を追う。
そして全く人気の無い行き止まりに差し掛かって、ようやく蒼汰は足を止めて振り返る。
「……で、何の用事があるんだ?」
その視線の先には、見るからにゴロツキといった印象を受ける面構えの男が三人並んでいた。
「へへ、新人さんよぉ、今日は随分と稼いだみてぇじゃねぇか。なぁ?」
「ちったあ先輩様にも、分前ってもんを寄越したってバチは当たらねぇぜ」
この発言で、ようやく蒼汰は男達が恫喝の為に尾行をしていたことを悟った。
「なんだよ、そんなに小銭が欲しかったのか? だったら熊の一匹でも殺してくればいいだろ。よくもまあ、こんな回りくどいやり方をしたもんだな?」
「ああん? ナメてんのかてめえ!?」
男達のうち一人がキレたのか、怒鳴り声を上げる。
「てめぇみてえな新入り一匹、俺らのグループからしたら大したことネェんだぞ?」
「はあ? ここにはお前らしかいないだろ。あれか、後でてめえらのお友達に襲われたくなかったら、って話か?」
「そういうわけだ。賢けりゃあ、どうすりゃいいか分かるよなぁ?」
「まあな、これでもそれなりに、処世術は理解してるつもりだ」
言ってから――蒼汰は懐から銅貨を一枚取り出し、それを地面に弾いて落とす。
そして、そこに唾を吐きかけた。
「ほら、拾えよ」
ニヤニヤと笑いながら、蒼汰は男達に笑いかける。
「てめえ……舐め腐りやがって!」
「やっちまおうぜ。どうせこんな場所、誰も通らねえ。何やったって、こいつだけシメときゃあ無罪だ」
そうして、男達は順に武器を構えた。ナイフ持ちが二人、片手の短剣持ちが一人。多少腕に覚えがあるとしても、魔獣や魔物を狩る程度の能力がある男三人に、しかも刃物持ちに囲まれてしまえば無傷では済まない。
常識で考えれば、蒼汰は現状極めて危険な状況にあると言えた。
だが――蒼汰はまるで意に介した様子も見せない。
「なんだよ、結局やるのか。お友達がいなけりゃあなんにもできねぇ腰抜けってわけじゃないんだな」
「ほざけ!」
蒼汰の挑発にキレた男が――おそらく男達の中で最もキレやすい一人が、真っ先に蒼汰に向かってナイフを振り上げて斬り掛かる。
この時点で、引き返しておけば良かったというのに。
せめて蒼汰が『袖を捲った』意味を、その危険性を理解していれば、結末は変わっていただろう。
だが……それは不可能だ。蒼汰がこれからやろうとしていることを、どれだけ危険な技を蒼汰が扱うのかを、どれだけ蒼汰の価値観が壊れているのかを、男達は知る機会が無かったのだから。
「――蒼炎撃」
蒼汰は、小さく呟く。
お久しぶりの更新です。
久々に続きを書く余裕が出てきましたので、手を付けていこうかと思います。
もう一方の連載中作品、吸血鬼な悪役令嬢の方も少しずつ書いていこうかと思います。
低速になるかとは思いますがよろしくおねがいします。