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第七話




 蒼汰は標的となる魔獣を発見し、身構える。

 視線の先には――黒い体毛が艷やかな、体高二メートルほどの熊。その名を『クロウベア』と呼ぶ。

 但しこのクロウベア、蒼汰の常識にある熊とは幾つかの相違点がある。


 まず、額から生えている角。鹿の角に近い形をしており、攻撃には不向きであると考えられる。

 この角はクロウベア同士のコミュニケーションに使われると言われており、これを下手に攻撃して圧し折ってしまうと過剰に怒りを誘い、凶暴化する原因となる。

 一方でクロウベアの角は象牙のような滑らかな質感を持ちながら硬く頑丈であるため、削り出すことで様々な日用品の素材として利用されている。


 そしてその次に特徴的なのは爪。角と同様に爪も発達しており、太く鋭い形をしている。それ単体がナイフか短剣のようでもあり、実際に切れ味は鋭く、革製の鎧程度なら容易く引き裂く。

 クロウベアの体重、そして膂力から繰り出される爪の一撃は極めて強力であり、新米冒険者などが対峙した場合、刺激せずに速やかに撤退するよう指導されるほどである。


 そんな――極めて危険な魔獣を発見し、しかし気負う様子も無く身構える。クロウベアの様子を観察しながら、腕に蒼炎を纏って戦闘態勢を整えた。

「グルルゥ……」

 そしてクロウベアは、蒼汰の気配を感じ取ったのか、のそのそと動き出す。蒼汰のいる方向に向き直ると、立ち上がる。

 立ち上がったことで体高は五メートルほどにも到達する。


 いかにクロウベアが巨大な魔獣とはいえ、多くは三メートル級であり、大型になると四メートルほどになる場合がほとんどである。

 つまり蒼汰が対峙したこのクロウベアは、極めて稀な異常個体であると言える。それも、巨体故の破壊力や生命力の高さを持つ、厄介な個体。

「はは、これはラッキーだな」

 だが蒼汰は、気楽に笑ってみせる。


 実際に――蒼汰はこのクロウベアを、さほど脅威だとは考えていない。

「ガルゥ!」

 次の瞬間、クロウベアが駆け出す。一瞬で距離を詰め、まだ若い木々を圧し折りながら、突進と共に腕を振り上げる。

 そして蒼汰へ向けて振り下ろした瞬間――硬直。


 ずうん、と低い音と共に衝撃がその場に響く。だが、蒼汰は無事であった。クロウベアの振り下ろした腕を、正面から受け止めてみせたのだ。

 鋭い爪は蒼汰の腕に纏わりつく蒼炎を貫くことが出来ず、絡め取られ、ブスブスと鈍い音と異臭を漂わせながら焼け落ちていく。

「あー、もったいない。爪も高く売れるんだけどな」

 蒼汰はぼやきながら、クロウベアを押し返す。軽く突き返すような動作で、クロウベアは体勢を崩し、背中から倒れ込んだ。


 この瞬間、クロウベアは理解した。相手は自分よりも強い。狩る側は自分ではなく、向こう側であると。

 野生の本能が――そして何より、クロウベア特有の高い知能が次の行動を選択させた。

「グオオオオオオンッ!!」

 絶叫。そう表現するに相応しい、悲鳴にも似た咆哮である。

 クロウベアはその角で、他の個体とコミュニケーションを取る。故に高い社会性と知能を有しており、一体がこうして危機に陥った場合、それを知らせるための遠吠えを上げるのだ。


 通常のクロウベアであれば、この遠吠えは他の個体がじきに群れで襲ってくることを意味する。

 しかし、この個体は極めて巨大なクロウベアである。この近隣ではボスに近い立場にあったはずであり、故に彼の危機を告げる遠吠えは――高い知能を持つクロウベアに逃走の選択肢を選ばせることになる。


 そして、仲間に逃げろと伝えたクロウベアはどうするか。

 当然――彼もまた、逃走を選ぶ。生存の為、目の前に現れた危険から遠ざかるのは当然のこと。

「あ、おい! 待てって!」

 まさかクロウベアが逃げに徹するとは想像しておらず、蒼汰は慌てて追いかける。


 クロウベアは巨体を持ちながら、高い筋力にものを言わせ、直進であれば時速八十キロ程度の速度で移動する。

 この異常個体はさらに巨大な肉体を持つが故に、圧倒的な膂力により弾き出るような勢いで走る。その速度は時速百キロにも達するほどであった。


 だが――身体強化をした蒼汰は、それに容易く追いついてみせる。

 蒼炎魔法による身体強化ではないが、それでも蒼汰の通常のフレイムエンチャントは高い強化倍率を誇る。通常の人間が、仮に五倍の速度で移動出来るとすれば。

 蒼汰の場合は五十メートル走を七秒弱で走ることが可能である。これは時速換算で二十六キロメートルほど。

 身体強化でこれが五倍の速度に到達するとすれば、時速百三十キロメートル程度になる。


 クロウベアも通常の熊の倍ほどの速度で走ることが出来るため、極めて俊敏ではある。だが、それでも身体強化魔法を使う蒼汰には及ばない。

 蒼汰は逃げるクロウベアの巨体に飛び掛かり、そのまま蒼炎を纏った腕を振り上げる。

「これで――終わりだ!」

 背中から、貫手を突き込む。蒼炎を纏った腕はクロウベアの肉を焼き千切り、心臓まで到達する。


 ただの一撃で、クロウベアは即死する結果となった。

「よし――って、やばいやばい!」

 クロウベアの死体を蒼炎が勝手に燃やしていく為、蒼汰は慌てて討伐証明となる部位を剥ぎ取りにかかる。

 まずは二本の角。そして買取対象素材でもある爪。クロウベアの肉は臭みが強いため食材としては人気が無く、買取対象とはならない。その為、こうして燃やしてしまうのが通常の討伐でも慣例となっている。


 やがて二本の角と片腕の爪を蒼汰が採集し終わった頃には、クロウベアの巨体の八割ほどが黒い炭となって崩れ落ちていた。

「ふう……まあ、こんなもんだな」

 冒険者としての、始めての魔獣討伐。自分一人で仕事を成し遂げ、蒼汰は充実感に笑みを浮かべた。


 その後、蒼汰はしっかりとクロウベアの死体が燃え尽きるのを確認してから、街へと戻るのであった。

投稿が遅くなりまして、申し訳ありません。


どうにかストックを貯めようとは思っているのですが、現状は上手く行っておりません。

時間的に余裕ができれば、吸血鬼な悪役令嬢の方も投稿を再開し、ペースを上げていきたいとは思っております。

どうか気長にお待ちくださいませ。

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