第五話
蒼汰は中心街を迷わず進み――昨夜ぶりに、冒険者ギルドへと訪れた。今回は真っ当に正面から入る。
そして――ざっと内部を見渡し、受付らしきカウンターの方へと向かう。依頼票の張り出された掲示板もあるのだが、そちらへは向かわない。冒険者としては初心者である、という設定があるため、変に経験者ぶる必要が無い為だ。
「訊きたいことがあるんだが、少しいいか?」
蒼汰は、受付に向かって呼びかける。
「はい、何でしょうか?」
「実は、冒険者として仕事を受けるのが初めてなんだ。それで、流れとかいろいろ確認しておきたくてさ」
「……失礼ですが、登録の際にご説明は受けられなかったのですか?」
「あー、それは受けたんだけど、けっこう前だから忘れちゃってさ」
言って、蒼汰は身分証のカードを取り出して受付に見せる。そこに、ヒルヴェイン王国王都の文字が書かれているのが分かるように。
「俺、元々は王都の傭兵団にいたんだ。けど、外の世界を見たくなって、冒険者に転向したんだけど、向こうじゃ依頼を受けないままこっちに出発してさ。で、この辺までずっと騎士団の後ろについて旅してきたから、一ヶ月の間ずっと依頼を受けてこなかったんだ」
蒼汰は設定どおりの自分の境遇を説明する。
実際、蒼汰が騎士団と共に駐屯地へ向かっていた頃、後ろについてくる行商人や冒険者は存在した。共に行動をしていたというわけではないが、行き先が同じであれば、一つに纏まって行動した方が安全性も高まる。騎士団としては、相手が不審な輩でない限り追い払う必要もない。
蒼汰もそうした行商人や冒険者が不審な人物でないかどうか、確認する仕事を任された経験がある。その為、今回のような嘘を吐くことが出来た。
「なるほど。この辺りに王都から騎士団が来たんでしたら、南の駐屯地でしょうか」
「たぶん、そうだと思うぞ。そんな感じの話もしたからな」
受付の言葉に蒼汰が同意してみせたことで、信憑性も高まる。受付はすっかり蒼汰の嘘を信じ切っていた。
「では、改めて冒険者ギルドの仕組みを説明いたします」
無事、不審に思われることなく説明を受けられることになった。
「まず、冒険者のお仕事は二種類あります。一つは、魔獣や魔物の討伐。次に、ギルドに寄せられた依頼を受けて、これを達成する。この二つの依頼を、冒険者の皆さんにはこなして頂くことになります」
受付は基本的なことから話し始める。この程度の知識であれば、蒼汰も知ってはいたが、こうして丁寧に説明してもらえるのは何かと都合が良い。特に話を遮るようなこともなく耳を傾ける。
「騎士団に同行していた、ということでしたら、魔獣や魔物の討伐であれば既に経験されたことがあるかと思います」
「ああ。討伐証明部位を持ってくればいいんだろ?」
「はい、そのとおりです」
討伐証明部位の知識については、行軍中に魔獣や魔物と交戦した時、後方の冒険者が行っていたので知っていた。基本的には、魔獣や魔物の右耳を切り落としてギルドに持ち込めば良い。それが適用できない魔獣は、種類によって話が異なるが、そうした情報はまた後で聞けばいい話でもある。
「そして、依頼を受ける場合はあちらの依頼票掲示板から、依頼番号を確認の上、受付にてその依頼を受ける旨をお伝え下さい。細かい条件などもその都度、こちらで確認の上、受けることが可能であれば受理致します」
「了解だ」
蒼汰の想定以上に、冒険者の仕事の仕組みは簡単なものであった。確かに、考えてみれば冒険者側が複雑な手順を踏む意義は薄く、事務的な部分はギルド側で可能な限り担うのが望ましい。
「今日はこの後、依頼を受けていかれますか?」
「ああ。旅の途中だから、ちょうどいい依頼を見つけていこうかと思ってる」
「そうでしたか」
説明も終わった為、蒼汰は依頼票掲示板の方へと向かう。適当に依頼票を眺めつつ、内容を確認していく。自分が吐いた嘘に矛盾しなさそうな依頼を探す。
――すると、ある依頼票が蒼汰の目に留まる。
『自由都市ルートゲイン行きのキャラバン護衛。ランクZ。依頼番号So<△ZZQ』
自由都市、ルートゲイン。衛兵が口にしていたルートゲインが都市の名前であると判明した。同時に、わざわざキャラバンが冒険者に護衛を依頼してまで向かうような場所でもある。
ルートゲインについての知識を得る、良い機会だと蒼汰は考えた。この依頼を受けることに決める。
その為には依頼番号――つまりこの世界の八進数で書かれた数字を読み上げなければならないのだが、それぐらいであれば蒼汰でも問題なく可能である。
なお、この依頼番号は『フィルオズティアル、ディンシムトクトルリズ』と読む。これをそのまま口に出して伝えれば、受付には問題なく番号が伝わる。
早速、受付に戻って依頼番号を告げにゆく蒼汰。
「受けたい依頼が決まった。フィルオズティアル、ディンシムトクトルリズで頼む」
「ええと……はい。確認ですが、依頼番号はフィズ、オズ、ディズ、シズ、トズ、トズ、リズ。フィルオスティアルディンサムトゥクトリスですね?」
「ああ、そうだ」
受付が口にした依頼番号の読みは、蒼汰の告げた依頼番号の読みとは異なるものだった。が、これは同じ数字を意味しているために問題は無い。蒼汰は頷く。
今回のように、同じ数字でも読みやすさを重視して発音が変わる場合がある。日本語で言うなら、六百が『ろくひゃく』ではなく『ろっぴゃく』と読まれる現象と正に同じ。
そして、受付が蒼汰と同じ数字を読み上げる前に一つずつ読み上げたものは、単に数字を一つずつ読み上げただけの話である。ちょうど、電話番号を続けて何千何百何十とは読まずに、一つ一つゆっくりと読み上げていくのと同じ行為。
蒼汰はこうした数字の読み方についても騎士団で教え込まれていた。よって、今回も特に迷うようなこともなく応対することが出来たのであった。