第三話
蒼炎魔法を確認した翌日。蒼汰は街へ向かって進み続け、日が天頂に達した頃、ようやくその姿が見え始めた。身体能力が高まっているお陰か、蒼汰の想像よりは早い到着であった。
だが――早い到着であったとしても、街へと入ることは出来ない。
まず、ヒルヴェイン王国の各都市は入門の折に身分証明証の提示が必要となる。例えば一般市民の場合は居住地の不動産ギルドにて居住証明書が発行されるため、これを提示することで入門可能となる。
これが行商人等は商業ギルドから、軍人の場合は各所属組織から証明書が発行される。
無論、蒼汰も勇者の一員であるため、騎士団から身分証明証は渡されている。が、これは『緋影蒼汰』の身分証明書であるため、使用するとなれば不都合が伴う。今後、自分の行先を国に知られたくはない以上、痕跡を残したくはないのだ。
そこで蒼汰が考えたのは、身分証明証の偽造である。
複数ある身分証明証の中の一つに、冒険者ギルドが発行するものがある。
冒険者ギルドとは、主に対魔獣、魔物の討伐による都市外の治安維持活動を生業とする民間組織である。また、一部魔獣や魔物から得られる資源や、危険地域での採集活動なども行う為、特定の都市に所属しない者も多い。
そうした者の中であれば、蒼汰のような身分、出自のはっきりしない者が紛れていても目立つことはない。また、生計を立てる上で戦闘行為を行う必要があるが、蒼汰の場合は蒼炎魔法もあるため問題にならない。
さらには、国に所在を悟られたくない以上、特定の都市に留まり続けたくもない。これが冒険者であれば、都市から都市へと渡り歩くのが普通であるため、やはり目立たずに済む。
故に、蒼汰は冒険者ギルドの身分証明証を偽造することに決めていた。
なお、冒険者ギルドのような民間の軍事組織は複数存在する。例えば傭兵ギルドや狩猟ギルドというものも存在するのだが、これらはどちらも蒼汰の目的にそぐわない為、身分証の偽造に適さない。
例えば傭兵ギルドは、主に護衛や都市防衛、民間からの依頼による盗賊、魔獣、魔物の討伐を行う。一つ一つの依頼の質が高いため、優れた戦力が求められる都合上、所属する傭兵が他の都市へと移ることは少ない。無くもないが、多くは有名な傭兵団であり、組織単位で活動する。移動時も組織単位であるため、一人で都市を転々とする傭兵はまず存在しない。
狩猟ギルドの場合は資源として野生動物、魔獣を狩猟するか、害獣駆除として魔獣や魔物も含めた害獣を狩ることが常である。資源として有益な動物が生息する地域は限られているため、それぞれの地域ごとに専門家としての少数精鋭が所属している場合がほぼ全てである。
そのため、都市間を移動することが無いのはもちろん、そもそもギルドが都市部に存在しないこともある。
また、専門性を求められるため、厳しい試験を合格した者のみが身分証を発行される。これを偽造し、さらに狩猟ギルド員として活動するのは困難を極める。
冒険者ギルドの場合は十把一絡げに魔獣、魔物の駆除を行う為、傭兵ギルドよりも依頼の質が低い。その為、登録自体は最低限の戦闘能力があれば行える。また、駆除対象はあらゆる地域に存在するあらゆる魔物、魔獣を対象としているため、狩猟ギルドのような専門性も求められなければ、ギルド自体もあらゆる都市部に存在する。
こうした理由から、蒼汰が身分証を偽造する組織としては最も冒険者ギルドが適しているのだ。
なお、こうした知識は王都での訓練中に学んだものである。傭兵や冒険者の場合は、前線で志願兵として軍と協力している場合がある。その為、知識として最低限のものを叩き込まれているのだ。
――都市を外部の危険から守る防壁が、ギリギリ見える範囲に蒼汰は待機し、夜を待つ。街道の近くでは怪しまれるため、大きく外れた森の中に待機。
やがて日も沈み、空が暗くなり、正門が閉じられる頃合いになって、ようやく動き出す。
まずは、都市への侵入。これはフレイムエンチャントによる身体強化と、いくつかの道具を使って防壁を登ることで簡単に達成出来た。石レンガの隙間に鉄製の杭を打ち、これを足場にして上へと登っていく。
防壁を登りきった後は、フレイムエンチャントを解除して素早く物陰に隠れる。周囲を警戒し、侵入が誰にも気づかれていないことを確認すると、次の行動に移る。
都市内部に侵入したあとは、冒険者ギルドを探す。この世界の言語は竜言語という特殊な存在であるため、中心街に出ればギルドそのものを探すのは容易であった。看板の字を見れば、そこが冒険者ギルドであるかどうかは一目瞭然である。
ただ、そのまますぐに侵入するわけにはいかない。ギルドの明かりが落ち、人が居なくなるまで適当に街を歩き回って時間を潰す。
そうして――すっかり通りにも人影すらなくなった頃。ようやく冒険者ギルドの施設内に侵入する。
鍵開けの簡単な技術であれば、騎士団での訓練で学んである。幸い、ギルドの裏口にある扉は施錠の仕組みが古く、蒼汰でもそう時間をかけずに解錠出来た。
施設内に侵入して、ようやく本命の身分証の偽造にとりかかる。
この世界の身分証は、基本的にはカード型である。魔力操作を利用した、本人確認機能がついている。ただし、カード自体は魔道具ではない。
仕組みは単純である。カードには、所有者の魔力の情報が記録されてある。ギルドなどには本人確認用の魔道具が設置されてあり、これにカードを入れて、魔道具に触れて魔力を流す。すると、記載された情報と近い魔力であれば青く、そうでなければ赤く発光する。
魔力と竜言語には密接な関係があり、それは本人の精神に魔力の質が依存することを意味する。つまり、魔力の性質は精神に依存する為、一万人いれば一万種類の性質を示すことにもなる。
ただ、これは本人の精神状態によって魔力の質も変化することを意味する。その為、たとえ本人の魔力でも常に完全一致をすることはない。
そこで、魔力による本人確認は性質の部分一致の度合いで行う。一時的な感情、性格の変化に依存しづらい部分を比較し、一致度が高いほど青く光る。そして、十分に一致度が高い場合、本人情報の更新も行う。こうすることで、極めて精度の高い本人確認を行うことが可能となっている。
地球の技術で例えるならば、指紋認証に近い技術であると言える。
そして――この性質があるからこそ、カードの偽造は簡単である。
カードを本物たらしめる要素は三つ。一つは本人確認が可能かどうか。二つ目は、表面に記載された情報の様式が正しいかどうか。最後に、カードそのものが各組織が発行する正式なものであるかどうか。
まず、本人確認については問題ない。ギルドに設置されている魔道具を使い、このまま本人確認をすればいい。初回の場合は、無条件で流した魔力の情報がカードに記録される為である。
蒼汰は騎士団でも身分証を作ったが、その時にそうした仕組みであることを説明され、実際に魔道具に魔力を流した経験がある。
次に、表面記載の情報についても、冒険者ギルドについては問題ない。記載情報は名前、冒険者としてのランク、作成した都市の名前である。これらは刻印という形でカードに直接刻む為、必要な道具はギルドに用意されている。これを使い、蒼汰が自分の情報を刻めばよい。刻印作業は魔道具で行う為、魔力を流すことさえ出来れば難しくもない。
そしてカードについては、ギルドに保管されてあるものを一枚拝借する。貴重なものであるため、紛失対策として施錠された棚の中に保管してあるのだが、これも蒼汰は解錠することが出来た。
これは、カードが盗難されたとして、さほど大きな問題が起こらない為、鍵が複雑なものでなかったお陰もある。金銭とは違い、カードそのものは直接利益が得られることはない。
そもそも、身分証を偽造する必要性自体が無いのだ。普通、この世界の人は身分証を最初から所有している。再発行も正式に新しく作成することも都市内にいれば容易である。都市外で身分証も無く生活している者はごく少数であり、そうした人々が身分証を必要とする場合も極めて少ない。それでも何らかの理由で必要とする場合は、第三者が保証することで身分証無しでも都市に入ることが出来る。
頼れる第三者がおらず、身分証がなければ都市に入れないなど盗賊のような者ばかりであり、そうした人物が都市にわざわざ侵入するリスクを犯すことは無い。また、侵入したとしてわざわざ身分証の素材となるカードを盗んだところで価値が無い為、盗むこともない。身分証を作るにしても、堂々と正面から作ればよい。
つまり、頼れる第三者がおらず、身ぎれいな若者が駐屯地近くの街で新しく身分証を発行した、という怪しい足跡を残したくない蒼汰のような者でなければ、わざわざ偽造すること自体が無意味なのだ。
ともかく――三つの要素を満たし、無事蒼汰は身分証となる冒険者ギルドのカードの偽造に成功。後は一度都市を脱出し、翌朝正門から正式に入り直すだけとなった。