第二話
一人の魔族を始末した後は、特に魔族に見つかることも無く、順調に進むことが出来た。やがて日が暮れてきた為、蒼汰は野営の準備を始める。
駐屯地を目指した一ヶ月の経験もあり、もはや野営の準備など手慣れたものであった。一通り必要なものを取り出し、組み立てていく。
そうしてテントが組み上がり、焚き火の準備が出来た頃には、すっかり日が暮れていた。
「――着火」
蒼汰はそう呟くと、指先を焚き火用に組まれた枯れ枝に突っ込む。すると指先からライター程度の小さな炎が灯り、そのまま枯れ枝に燃え移る。
生活魔法、着火。火種を用意するだけの魔法であり、多少の魔力があれば誰でも使えるような魔法である。呪文も無く、着火の一言で発動する最もシンプルな魔法。
「……これ、暴走させたらどうなるんだ?」
蒼汰は、ふと気になったことをつい呟く。一般的に、生活魔法は極端に魔法の規模が小さいことから、暴走しても全身に激しい痛みが走るだけで済むことが多い。魔法の発動に失敗した子供が一日寝込む、というのは、この世界ではよくある出来事らしい。
だが――蒼汰の場合、暴走魔法は通常とは異なる形で発動する。それは、フレイムエンチャントにより判明している。
「試してみる価値はあるか」
そう呟いて、蒼汰は立ち上がる。
まずは、組み上げたテントから距離を置く、どのような魔法が発動するか分からないため、荷物の安全を確保する。
そして、テントとは逆方向に手を翳し――無詠唱で、着火の魔法を発動する。
指先に灯る小さな炎。これに、どんどん魔力を流していく。
やがて臨界点を超えた魔法は――蒼い炎となって、蒼汰の腕を包む。
「うわっ!?」
蒼汰は慌てて魔法を解除する。右手の服の袖が、焦げてボロボロになってしまった。
「あちゃあ……こうなるのか」
失敗から学び、今度は袖をまくってから同じように魔法を発動。今度は袖を燃やすこと無く、着火の魔法を暴走させることが出来た。拳から肘までを、蒼炎が覆う。
濃密な魔力が腕を包んでいるのを、蒼汰ははっきりと感じていた。腕を魔力が包んでいるということは――つまり、身体強化と同じ効果が発揮されるということでもある。
「ちょっと試しに……アレでいいか」
近場にあった岩を、蒼炎を纏う腕で殴りつける。
すると、ドゴォッ! という鈍い音と共に、岩は砕け散る。さらに、蒼炎は岩の破片までも飲み込み、燃やし尽くす。
砕けた岩の破片がドロドロの溶岩になるまで、蒼炎は燃え続けた。
「……なるほど。この蒼い炎は、対象にべったり張り付いて取れない炎なのか」
おおよその、蒼炎の特性について理解が進む。
「この蒼い炎は蒼炎と呼ぶとして……着火の暴走は蒼炎拳と呼ぶか。いや、でもケンだとコブシかツルギか分かりづらいから……よし、この技は蒼炎撃だ!」
無邪気に、技の名前まで考え始める蒼汰。
「この感じなら、他の火炎魔法も暴走させたら何かありそうだな!」
俄然、興味が湧いてくる蒼汰。自分に何が出来るのか、それが気になって仕方がない。もしかすると、暴走魔法で自滅してしまうのかもしれない。だが、その時はその時だ。既に一度死んだようなものであるから、蒼汰は自分の命を軽く考えている節があった。
「次はファイアボールでも暴走させてみるか」
そう言って、魔法を発動させようと手を翳す。だが、詠唱をする前に一度思い留まる。
「……生活魔法でさえ、腕全体を覆うようなことになったんだ。もしかしたら、フレイムエンチャントみたいに全身が炎で覆われるかもしれないな」
そうなると、また服が燃え尽きてしまう。
蒼汰に露出趣味は無い為、それでは困る。そこで、服を燃やさなくてすむよう、服を脱いてから暴走魔法を試すことにする。
「……全裸で野営ってのも、なんか変な感じだけど、仕方ないな」
脱いだ服をテントの近くに畳んでおき、また離れた場所で魔法を発動する。
ファイアボールは、最も簡単な火炎魔法である。その為、蒼汰の技術でも無詠唱で発動が可能。念じるだけで炎の球体が、蒼汰の手の平の上に発生する。
通常のファイアボールは、この炎を操作して攻撃する魔法である。だが、蒼汰は操作する前に魔力を限界以上まで込めていく。
すると――炎の球体は蒼炎へと変化するとともに巨大化し、蒼汰の全身を包み込むような形で発動する。
さながら炎のバリア。炎で遮られて視界は悪くなるが、外を見通せないわけでもない。ファイアボールとしての攻撃力を持つとしたら、攻撃魔法同士が衝突すると相殺し合う性質から考えて、魔法攻撃を防ぐバリアとして実際に機能することが予想される。
が、この場では実験しようが無いため、次の検証に移る。
まずは、通常のファイアボールと同様に射出可能かどうか。これに関しては失敗。球状の蒼炎は蒼汰の周囲から離れることは無く、微動だにしない。
次に、圧縮が可能かどうか。ファイアボールはその炎を圧縮し、威力を高めて放つことが可能である。これが蒼炎でも可能かどうか検証。
結果としては、可能であった。圧縮した蒼炎の球体は、蒼汰の手の平の上で蒼い輝点となって輝き続ける。さらには――この状態になった蒼炎は、通常のファイアボールと同様に射出することが出来た。ただし、操作性は低く、ほぼ直線的にしか射出できない。射出後の操作も受け付けない。
「うーん……蒼炎の球体だから、この技は蒼炎球。で、圧縮すると弾丸みたいに飛んでいくから、こっちは蒼炎弾ってところか」
早速、新しい蒼炎の技に名前をつけていく蒼汰。
その後も――蒼汰は一晩かけて、自分に使える限りの火炎魔法を暴走させ、蒼炎の技を編み出していく。
その都度、楽しみながら技の名前を付けていく。
最終的に、蒼汰に使える火炎魔法はすべて暴走すると蒼炎になることが発覚。そして、蒼汰は自分の暴走した火炎魔法を蒼炎魔法と名付け、己の切り札として扱っていくことを決めたのであった。