第一話
駐屯地を離れてすぐのことである。
蒼汰は周辺の地理を思い出しながら、最も近い街――徒歩で二日ほどの距離にある田舎町を目指して歩いていた。
そこに、襲撃者が現れた。
「――ひひっ、ニンゲンじゃねぇか。なぁに一人でボサッと歩いてんだぁ?」
魔族であった。どうやら撤退する勇者を追った部隊とは別の、散り散りになった兵士を始末する為の部隊だろう。と、蒼汰は推察する。だが……たった一人で、こんな逃走経路から外れた場所に居るというのは疑問だった。
そもそも、駐屯地にヴィガロが一人で姿を現した理由もいまいち分からない。魔族の動きが読めないというのは、あまり良くない。この先、不要な戦闘が増えるかもしれない。
そう考え――蒼汰は、この魔族から情報を聞き出すことにした。
「ぶち殺してやらァ!」
魔族は、意気揚々と蒼汰に襲いかかる。だが――曲りなりにも勇者である蒼汰にとって、一人きりの孤立した魔族はそう恐ろしい相手でもない。
「――フレイムエンチャント」
短縮詠唱による、支援魔法の発動。これに、蒼汰は普段の十倍ほどの魔力を込める。これは、もしも暴走したとしても自分が死ぬことは無いと判明した為に可能となることだった。もしも送る魔力を間違えても、蒼炎化が発生するだけで済む。服は燃え尽きてしまうが。
十倍の魔力を込めた身体強化により、蒼汰は魔族を圧倒する。後から動き出したにも関わらず、先に魔族の胸元を短剣で切り裂く。
「ゲヒッ!?」
フレイムエンチャントによる炎熱で、切断面が焼ける。魔族と言えど、焼けた切断面を癒やすにはわずかばかり時間がかかる。
痛みに怯んだ魔族を、蒼汰は見逃さない。顔面を殴り、さらに怯ませてから腕を掴んで組み伏せる。
身動きの取れなくなった魔族の上に、蒼汰が伸し掛かるような姿勢となった。
「なあ。お前に訊きたいことがある」
言って、蒼汰は魔族の顔のすぐそばに短剣を突き立てた。
「正直に話せば、この短剣をお前の頭に突き立てなくて済む」
そして――魔族は正直にすべてを吐いた。
まず、今回の六魔帝の作戦について。なんと、軍に内通者が紛れ込んでいたらしく、それで勇者の行動は魔族に筒抜けであった。王都にも内通者は居たため、そもそも召喚された時点からずっと勇者の動向は魔族に把握されていた。
今回の遠征で、勇者を一網打尽にしようとして計画されたのが、誘い込んでからの六魔帝による襲撃だった。
途中までは上手くいった。だが、騎士団長アルバートの決死の足止めにより、ヴィガロの追撃が遅れてしまった。そのため、魔族の一般兵はそれぞれが独自の判断で勇者を追撃したり、敗残兵狩りをして遊んでいたのだ。
そしてヴィガロが駐屯地に一人で顔を出したのは、当初の予定では一気に駐屯地まで勇者を追い込み、始末する予定であったため。だがヴィガロが足止めを食らったことで、一般兵の魔族では駐屯地の内部まで攻め切ることが出来ず、撤退する勇者達を追い打ちする形になった。ヴィガロは予定通り、ひとまず駐屯地を確認した後、逃げる勇者を追う予定であった。
そこまで聞いて、ようやく蒼汰は納得する。そして、運が良かったのだとも理解した。もしヴィガロが駐屯地を無視していたら、蒼汰がヴィガロと戦うことはなかった。
お陰で、蒼炎という強力な攻撃手段を手に入れることが出来たのだ。蒼汰にとって、ヴィガロは尊い犠牲、贄であった。
「な、なぁ? ちゃんと全部話しただろ? 開放してくれよ」
「ああ、分かった」
蒼汰は、魔族を拘束する手を離す。そして――地面に突き立てた短剣を手に取り、素早く魔族の首を刎ねた。
「約束通り、頭は無事だ」
そうして、蒼汰は魔族を一人始末した後、街を目指しての旅路に戻る。
少し一話が短くなり過ぎましたので、ちょっとした裏話を一つ。
前章の題名、陰キャの転落とはどういう意味だったのか、ということについてです。
まず一つは、緋影蒼汰という人物が些細な噛み合わせの違いからどん底まで転落していった時のこと。
そしてもう一つは、何もかも失い絶望の縁へと落ちる、駐屯地に取り残される寸前までの展開のこと。
最後の一つとして、緋影蒼汰という少年が、世界や他人というものに対して感じるものが、悪い意味でストンと落ち着いてしまった最後の展開のこと。
これら三つの意味で、陰キャ=緋影蒼汰の転落という題名をつけてあります。
特に三つ目、ヴィガロを殺した後の、人並みの良心があるからこその苦しみから開放された瞬間。本人は爽快感こそ感じておりますが、ある意味では取り返しのつかないところに落ちてしまった瞬間でもあります。
さて、そんな蒼汰君がこれからどうなってしまうのか。
どうぞご期待ください。