表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/79

第三話




 あれは、蒼汰が中学三年生の時だった。

 あの日も、夏休み前の、終業日だった。


 当時の蒼汰は……当時はまだ特別に親しい間柄にあると『思い込んでいた』幼馴染、斎藤遥に恋をしていた。

 だからこそ、中学生活最後の夏は思い出に残したかった。遥と過ごす時間を、幼馴染でなく恋人として過ごしたかった。

 きっと受け入れてくれるだろう。そう考えて――告白の為に、空き教室に呼び出した。


 妙に緊張していた蒼汰は、約束の時間の三十分以上も前に、空き教室に向かってしまった。

 そして、聞いてしまう。

「――でさぁ、遥は実際んとこ、緋影くんのことどう思ってるわけ?」

 空き教室から、遥のものではない女子の声が響いた。


「どうって……幼馴染だよ。千里と同じ、大切な友達だよ」

「でもさぁ、こんな日に呼び出しって、絶対告白してくるじゃん?」

 また別の女子の声。そして、その予想は的中していた。自分の行動を読まれた為に、蒼汰は恥ずかしく思った。照れた、と言っても良い。

 だが、その程度で済めば御の字だったのだ。続く女子同士の会話は……当時の蒼汰にとって、あまりにも無慈悲だった。


「で、実際に告白されたとして、遥は緋影くんと付き合うの?」

 それは、蒼汰が何よりも気になっていたことだった。

 告白する前に結果を知るなんてまずい。そう思って、一度引き返そうとした。

 だが、もう遅かった。


「――それは無いかな」


 遥の答えは。

 蒼汰にとって、予想外のものだった。


 何よりも――迷いすらせず、即答であった。

 それが蒼汰には一番恐ろしかった。


「マジ? でも緋影くんと遥って、けっこういい雰囲気じゃない?」

「そうかな。一応、家が隣同士だし。お父さんとお母さんが蒼汰のご両親と交流があるから、昔っから色々お世話を任されてたけど。でも、男の子として見たことなんて一度も無いよ」

 一度も無い。それはつまり、脈すら無いということではないのか。


 蒼汰は緊張のあまり、心臓の鼓動が早まり続けるのを感じていた。

 それでもなお、聞きたかった。遥の本心。直接本人に言わないからこそ知ることの出来る、語られることの無かった思いについて。


「親同士は、けっこうそういうつもりっぽいんだけどさ。正直、期待されても困るっていうか。私にも、彼氏を選ぶ自由ぐらいあると思うし。だから、お父さんとお母さんに蒼汰の彼女みたいな扱いをされるのって、結構苦しいっていうか、嫌なんだよね」


 そうだったのか。そんなにも嫌がっていたのか。

 蒼汰は絶望した。時折、遥の家に遊びに行くこともあった。自然と遥の両親とも顔を合わせる。その度にからかわれて、蒼汰は顔を赤くしていた。

 でも……遥は嫌がっていたんだ。

 気づいてしまった蒼汰が、遥の真意を悟るのはそう難しくなかった。


 つまり、幼馴染という立場、両親の縁から仕方なく友達付き合いをしているだけであって。

 本当なら、迷惑であって。

 告白などは……以ての外だということ。


「でもさ、緋影くんけっこう女子の評価高いよ? 優しいし、勉強も運動もそれなりだし」

 期待と違う展開だったのだろう。女子の一人が、一転して蒼汰を庇うような言動を始める。

 だが、それでも遥は無慈悲であった。

「平均より少し上ぐらいでしょ? それぐらいじゃあ、正直あんまり魅力的じゃないかなぁ」

「まぁ、そっか。遥、成績も良いしスポーツも得意だもんね」


 女子の言葉通り。斎藤遥という少女は天才の部類である。成績が学年上位であり、バレー部ではキャプテンを務めている。運動神経も良く、人に好かれる性格もあり、体育の授業ではクラスの中心人物となってチームをまとめ、活躍している姿を幾度となく見せてきた。

 それをずっと見てきたからこそ、蒼汰は理解した。確かに、自分では不釣り合いだと。


「それに優しいって言っても、女の子に優しくするのは普通でしょ? むしろ他の男子が子供っぽいっていうか、情けないかな?」

「うっわ、遥ってけっこう理想高いタイプ? 意外~」

「っていうか、緋影くんでダメならもうみんなダメじゃない?」

「そうでもないよ? 陸上部の本木くんとか、けっこういいかなって思うし」

「あぁ、あいつね。でもあいつけっこう性格悪いらしいよ? 付き合うと変わるらしいし」


 だが、陸上部の本木ならば蒼汰にも理解できた。勉強もスポーツも出来る男。蒼汰のような、必死に努力してどうにか平均より上程度のダメ人間とは違う。

 人間としてのレベルが、そもそも桁違いなのだ。

 遥の隣には、きっとそういった人間の方が相応しいんだろう。


 最早――これ以上、聞く必要など無かった。

 むしろ聞きたくなかった。

 何も知らずに告白して……玉砕していれば、普通に友達としての関係に戻ることも出来たのに。


 こうして全てを知ってしまえば、もう戻れない。

 自分が、いかに友達としてでさえ遥に釣り合わないか。


 一緒にいるだけで迷惑しているのだから、蒼汰にはどうするべきかが手に取るように分かった。


 もう……終わりにしよう。

 幼馴染として隣りにいるだけで、苦しいとまで言われるなら。

 今まで遥という天才に釣り合うよう、努力を続けてきた。

 その全てが無価値だったと言うなら。

 自分自身が無価値であることも同義であって。


 だったら遥にとって、無価値な存在になろう。

 決して交わることの無い、赤の他人になろう。


 そう決意した蒼汰は――その後、結局は約束の時間になっても空き教室を訪れることは無かった。

 呼び出しておきながら、すっぽかしたのだ。


 それ以来、蒼汰と遥は他人の関係である。

 少なくとも、蒼汰にとっては。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こんな性格腐れた女に振られたぐらいで気にすんなや
[一言] 幼馴染みとはフラレただけで不貞腐れてこんな態度なんかい
[一言] 幼馴染に関しては特に悪口とかなく、あくまで主人公に恋愛感情はないと言ってただけだし約束すっぽかされた被害者ではあるな。 ラブコメでよく見る幼馴染の親からの彼氏彼女扱いは本当に相手が好きじゃな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ