第二十九話
輪廻は、遥から説明を受ける。
まず、クラスメイトの中には誰一人として六魔帝と戦えるような実力の持ち主は居なかった。つまり、殿として意味のある働きを出来る者は一人もいなかったということになる。
となると、六魔帝に対抗するにはスキル、つまり勇者としての力が特別に相性が良い必要がある。
そして出現した六魔帝のヴィガロは爆炎の魔法を扱う。つまり、炎に対して有効なスキルを持つ勇者であれば、有利に戦えるということになる。
ここまでくれば、輪廻にも理解できた。クラス委員長として、輪廻は勇者のスキル全てを把握している。その中で、特別な有利状況を作れるようなスキルは、一つだけ。
そう――炎熱のダメージを完全無効化する『火傷耐性』のみである。
蒼汰自身からスキルの効果を聞いたわけではないが、生真面目な輪廻は騎士団長からクラスメイト全員のスキルについて聞いていた。その中には、当然蒼汰の『火傷耐性』も含まれる。
また、遥の証言によれば、この基地に到着してからも、撤退中も蒼汰の姿を見ていないとのことだった。撤退中は遥も負傷し、騎士団員の肩を借りながらの撤退であった為、周囲を気にする余裕がなかった。また、基地に到着後は怪我の治療や精神的に不安定になったクラスメイトを励ましたりと、忙しかった。
故に、こうして改めて思い返してようやく蒼汰の姿を一度も見ていないことに気付いたのである。
これらの条件を考えるに、緋影蒼汰が殿として残り、犠牲になった勇者である可能性は高い。
となると――真実について知っている人物から、話を聞く必要がある。
「……佐々木くんのところに行きましょう」
輪廻はそう遥に告げ、幸次郎に真実を問うことに決めた。
遥の手を借りながら、少しふらつきながらも進む輪廻。真相を尋ねるため、幸次郎を訪ねる。
幸次郎は基地に到着してからずっと、訓練場で訓練を続けていた。不思議なことに、その相手を剣城拓海が買って出ており、二人は連日訓練場で手合わせを続けていた。
今日も例に漏れず、遥と輪廻が訓練場に顔を出すと、ちょうど拓海と幸次郎の手合わせの決着がついたところであった。
勝ったのは、剣城拓海。それぞれの武器は拓海が剣、幸次郎が槍であり、本来ならば拓海が不利なのだが、勇者としての訓練密度の差、そしてそれ以前の武器の練度の差が結果に強く影響していた。剣道経験者であり、喧嘩の経験もある拓海の方が、幸次郎を上回るのは当然の結果と言えた。
「――あれ、斎藤さんに……四ノ宮さん! 良かった、目が覚めたんだね!」
幸次郎は二人へと駆け寄っていく。
「佐々木くんに、訊きたいことがあるんだけれど」
「ん? 何かな。答えられることなら、何でもきいてくれていいよ」
輪廻の少し棘のある口調に、幸次郎は首を傾げながら応える。
「……蒼汰くんを見殺しにしたって、本当なの?」
輪廻の言葉を受け、幸次郎は悔しげに顔を顰め、俯く。
「……あの時、蒼汰が残ってくれなかったら、恐らく六魔帝の追撃を受けて今以上の被害者が出ていた。クラスメイトだって、何人死んでいたか分からない」
「だからって、蒼汰くんを犠牲にしていいわけじゃないわ!」
「犠牲じゃない。彼は、自分の意思で残ってくれたよ」
「……そんなわけ、ないでしょ……っ!」
輪廻はその時の状況を想像する。どういう経緯であれ、火傷耐性が六魔帝を抑える為に有効だと判明してしまえば、蒼汰に選択肢は無かっただろう。やりたくない、と喚いたところで、それを周囲が許す状況ではない。拒絶すれば、魔族だけでなく当時錯乱気味な状態にあった勇者達まで敵に回すのは想像に難くない。となれば――蒼汰は、諦める以外に選択肢は無かったはずだ。
「――蒼汰は嫌がってただろうが。ホラこいてんじゃねぇぞ、幸次郎」
そんな輪廻の考えを肯定したのは、拓海であった。
「あの野郎、テメエの世話係の貴族様にまで助けを求めるぐらいには嫌がってただろうが。まあ、そいつにも裏切られて、結局居残りするしか無かったみてぇだけどな」
「……そう、だね。最終的に彼が自分で選んだとはいえ、それを選ばせたのは僕らだ。強制した、というのも間違いじゃないかもしれない」
幸次郎は、目を伏せながら言う。が、すぐに顔を上げてしっかりと輪廻と遥の方を見据える。
「けれど、間違ったことをしたとは思っていない。そうしなければ、沢山の人が死んでいた。……恨むなら、僕を恨んでくれて構わない。報いは受け止めるよ」
幸次郎の、正論でありながら、ある意味では身勝手な言葉に、遥と輪廻は言葉を失う。要するに、幸次郎にとって緋影蒼汰は必然的に生じた犠牲者であり……見殺しにした、自分の選択で死に追いやった被害者ではないのだ。
そうせざるを得なかった。と、幸次郎が信じる限り、そこに責任や後ろめたさを感じることは無い。あるいは、そういった感情を抱くことを失礼だ、不適切だとまで考えるかもしれない。
そんな相手を責めたところで――そもそも、今更何をしたところで、事実は変わらない。
行き場のない怒りと、悲しみに輪廻は拳を握る。喚き散らしたり、泣いたりしてしまいたい気分であった。
だが……自分の隣にいる人物のことを考えると、それは出来ない。
「――そう、たぁ。蒼汰ぁ……っ!」
遥は、制御できない感情に突き動かされ、涙を流す。蒼汰の名を呼びながら、輪廻に縋り付く。
そんな遥を受け止め、背中を擦って慰める輪廻。
(……諦めちゃ、ダメ。まだ、確実に死んだって決まったわけじゃないもの)
輪廻は、気を強く持とうと意識して、そう考えた。蒼汰が生存している可能性は極めて低いが、ゼロというわけでもない。
となれば――蒼汰の生存を信じて、出来る限りのことをするべきだ。
まずは、身体の回復に努める。そして蒼汰を探す。そのためには敵が――魔族が邪魔となるだろう。捕虜として捕らえられている可能性もある。
ならば、戦うだけだ。
(……蒼汰くん。私、戦うから)
また会うために。そして……今度こそ、本当に仲直りをするために。
決意を新たに――四ノ宮輪廻は、勇者としての戦いに身を投じることを、覚悟した。
今回の投稿から、週一回のペースに戻ります。
次回の投稿は来週の水曜日になります。
また盛り上がりどころで加速することはあるかもしれませんが、しばらくはこのペースでいきますので、よろしくお願い致します。