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第二十八話




 魔族の罠に嵌り、蒼汰を犠牲にして撤退してから数日後の、勇者達。

 撤退先は駐屯地から半日ほどの距離にある前線基地。駐屯地とは違い、砦としての機能が強く、高い防壁と魔族すら葬る威力の魔法兵器に守られている。

 駐屯地の兵士は無論のこと。騎士団と勇者もまた、この前線基地まで撤退していた。


 撤退の道中も魔族の追撃を受け続けていたが、六魔帝の姿は無かった。その為、犠牲者をほぼ出すこと無く基地に到着。魔族の追撃部隊は、基地の魔法兵器の餌食となり、犠牲者を出した時点で即時撤退。

 最終的に――勇者はわずか五名の死者を出すだけで撤退することができた。


 これは六魔帝の攻撃を受けたこと、罠に嵌ったことを考慮すれば奇跡的な数字と言える。

 だが、これまでどこか甘い考えを抱いていた少年少女にとっては、違う意味を持つ。


 これは戦争だったのだと。

 自分達も、突如理不尽に殺されうるのだと。


 故に、勇者達の間には絶望的な、暗鬱な雰囲気が漂っていた。中には死んでしまった五人のクラスメイトと仲の良かった者もおり、泣き崩れるか、悲嘆に暮れて身動きも撮れないような有様である。

 そして――クラス委員長である、四ノ宮輪廻はそんな状況下で目を覚ました。


「……ここ、は」

 ベッドの上に寝かされていた輪廻は、ゆっくりと身体を起こす。すると、全身がまるで岩になったかのように動かしづらく、痛みまで走る。

 六魔帝の襲撃時、輪廻は勇者の中でも前線寄りの立ち位置に居た。持ち前の責任感から、戦場で無理をしがちなクラスメイトを統率する意味もあっての行動だった。

 結果――爆炎の初撃が直撃することは無かったものの、その余波で吹き飛ばされ全身を強打。その後、騎士団員に救出され、撤退時も担架に乗せられた状態で運ばれた。

 そして基地の救護室で治療を受け――現在に至る。


 そのような説明を、輪廻の起床に気付いた衛生兵から受けた。輪廻は、ようやく理解した。自分が、魔族の攻撃で死にかけていたことを。

「――そうだ、他の皆は!?」

 自分が死にかけたということは、他の仲間――自分よりもさらに前方で戦っていた勇者はさらに危険だったはず。


「死者は五名です。お名前は――」

 衛生兵から、勇者から出た犠牲者の名前を聞き出す輪廻。その全員の顔を思い返し、悔しさに拳を握る。

 クラスメイトを、死なせてしまった。その責任感に唇を噛む。


「輪廻さん!」

 その時。救護室に駆け込みつつ、輪廻を呼ぶ者が現れる。

「――遥さん?」

 輪廻は、驚きながらその人物、斎藤遥の方に向き直る。

「どうしたの、そんなに慌てて」

「えぇ……慌てるに決まってるでしょ? 三日も目を覚まさなかったんだよ?」


 遥が顔を見せてからは、遥から情報を仕入れる輪廻。この三日の間に何が起こったのか、遥に分かる限りのことを説明してもらう。

 まず、クラスメイトが五人も死んでしまったことから、戦いたくないと言い出すクラスメイトが出たこと。逆に、クラスメイトを殺された恨みから、魔族に復讐すると意気込む者も出てきたこと。現在、勇者はその二派に分裂している。


 次に、負傷者について。生存者で最も傷が深かったのが輪廻。爆風で吹き飛ばされた拍子に頭を打ったためである。輪廻より近くで爆炎を浴びた勇者も居たが、即死したのは三人で、他は火傷を負う程度で済んだ。傷は輪廻よりも深かったが、意識を失い、長期間目覚めなかったのは輪廻だけだった。


 そして、撤退の最中に死んでしまったのが二名。一人は最初の爆炎での負傷により、撤退中に魔族の追撃に対応できず死亡。もう一人は混乱のあまり隊列から抜けて脱走。だが、孤立した者を魔族が見逃すはずがなく、直後に囲まれで袋叩きに遭い、死亡した。


「……ねぇ。輪廻さんはどうする?」

「どうする、って?」

「これからも戦うかどうか、って話」

 こうした話をするほど、元々の輪廻と遥は親しい関係にはなかった。だが、この世界に来てから両者ともに優れた能力を持つ勇者として行動を共にすることが増えた。それ以来、今後の身の振り方について話すことが多くなった。主に、迷う遥が自分の参考にする為、という形で。

 今回もそれだろう、と考えて輪廻は考える。


「……私は、戦うしかないわね。復讐なんて言ってる場合じゃないとは思うけど、そういうクラスメイトを見捨てる気にもなれない」

「そっか。……じゃあ、私も手伝うよ」

 言って、遥は輪廻の手を握る。

「輪廻さんには、相談にも乗ってもらった恩があるし」


 相談とは、主に蒼汰についての事である。遠征出発の前日、食堂で蒼汰に話しかけたのも、輪廻の助言があってのことであった。

 蒼汰と仲直りがしたい。その思いを共有する仲間であることが分かって以来、遥と輪廻、そしてこの場には居ない千里の三人は奇妙な友情を築き上げていた。


「そういえば、千里さんは? 無事なの?」

「うん、無事だよ。ただ……昨日から、急に部屋に籠もって出てこなくなっちゃって。何かあったみたいなんだけど、話しかけても返事もしてくれなくて」

「そうなの……。でも、無事でいてくれて良かった。死んじゃったら、こうして心配することもできないもの」

「だね。後で、二人で千里のところに行こう?」

「ええ」


 そうして話も終わったところで、邪魔にならないよう距離を置いていた衛生兵が近寄ってくる。

 そして――予想だにしない言葉を口にする。


「輪廻様が回復して、本当に良かったです。これで、負傷者も全員が回復しました。……こうして犠牲者が最低限で済んだのも、殿に残ってくれた勇者様のお陰ですね」


 殿に残ってくれた勇者。そんな話は、これまで一度も耳にしなかった。輪廻は遥の方を見ると、首を傾げて応えられた。つまり、遥も知らないことなのだ。

「あの、すいません。その殿に残った勇者、っていうのは?」

 輪廻が聞くと、衛生兵は納得したような表情を浮かべる。

「ああ、輪廻様はここに来るまでの間も意識を失っていたんでしたね。詳しくは私も知らないのですが、どうやら騎士団と勇者の皆様が撤退するのを助けるために、殿として一人の勇者様が残ってくださったらしいんですよ」


 そんな人が居たのか、と納得する輪廻。だが――直後に疑問が浮かぶ。

「……あの、その人は死者五名の中のだれか一人ですか?」

「いえ、違いますよ。殿に残っただけで、死亡が確認されたわけじゃありませんからね。死者数には含みませんよ。それに、幸次郎様も『彼はきっと戻ってきてくれると信じている』といっていましたからね。無事かもしれない人を死者扱いは出来ませんよ」

 なるほど、それは道理だ、と納得する輪廻。そして、話の流れとして当然その殿の勇者の名前が気になってしまう。


「その勇者の名前って、わかりますか?」

「いえ、そこまではちょっと……。ただ、六魔帝の追撃を防ぐために、一人残られたという話ですから。それだけの力をお持ちの方だったのかと。その勇者様が実際に六魔帝を抑えていてくれたからこそ、追撃による被害が最低限に収まったんですから、実際に六魔帝と戦えたことは間違いないと思いますよ」

 六魔帝。それを聞いて、輪廻は首を傾げる。自分達に、そんなとんでもない実力の仲間がいただろうか、と。


 ――ふと、横を見る。そこに居る遥は……顔を青ざめさせて、震えていた。

「……う、うそ」

「どうしたの?」

 輪廻が聞くと、遥は頭を抱えて蹲る。

「確かに、ずっと見かけないとは思ってたけど……殿は、軍の人に頼むって話だったし……」

「ねえ遥さん、どういうこと?」

「――そっか、それで千里はっ!」


 遥はぶつぶつと、一人でつぶやき続ける。そして、真っ青な顔のまま、輪廻に向き直る。

「……ねえ、輪廻さん」

 そして、最悪の言葉を呟いた。

「もしかしたら……蒼汰が、死んじゃったかもしれない」

連続投稿はここまでです。

次は水曜日の投稿になる予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] あからさまに、「勇者は戦争の駒、使い捨て」という運用態度がみえみえ。 この状況でまだ「魔族許すまじ」と言ってる人達は、どうしようもないね。
[一言] 当たり前のような日常の中に潜む否定の積み重ねがこれほどまでにひねくれまくった主人公を形成してしまったのか… さすがに主人公の精神的な弱さも問題ある気もするが、他者を否定することが正しい…みた…
[一言] 死んでおらん。まあ、蒼汰の方から拒絶するだろうから諦めろ。
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