第二十七話
駐屯地にて、身支度を開始して約一時間後。蒼汰は壊されず無事残った天幕から服や装備を拝借した。
騎士団の斥候部隊の天幕がほぼ残っていた為、蒼汰が普段から使っていた装備に近いものを揃えることが出来た。
質に関しては勇者用の装備より一段から二段ほど下がるが、むしろ都合がいい。上質過ぎる装備をつけていると、不審に思われてしまう。
――何故、そんなことを気にするのかと言えば。
「よしっ、こんだけ詰め込んだら完璧だな!」
蒼汰がヒルヴェイン王国から逃亡するつもりだからである。
理由としては極めて単純。自分を捨て駒にした国に残りたいとは思わない。ただそれだけのこと。ついでにクラスメイトやネリーなど、もう二度と会いたくない相手と距離を置けるのも都合がいい。
そこで、蒼汰は服や装備を拝借すると共に、旅装に使える代物も集めた。野営道具はもちろん、水や食料、金銭なども拝借。また、荷物は二つのマジックバッグ――魔法で内部の容量を二倍から三倍にかさ増ししたバッグを使い、コンパクトに纏めた。背負い袋と、小物を入れるウェストポーチの二つ。ポーチには咄嗟に使うサバイバル道具や傷薬、松明代わりの照明用魔道具など。背負い袋には野営道具など一日に何度も取り出すことのない荷物を詰め込んだ。
総重量は優に百キロを超えるが、重量軽減の魔法もある為、実際の重さは六十キロ程度に収まる。また、蒼汰のステータスは異世界人と比較すればかなり高い域にある為、もし百キロのままであっても持ち運びは難しいことではない。
そんな背負い袋を、蒼汰は余裕の表情で持ち上げる。
「そんじゃあ、まあ、行くかっ!」
軽く鼻歌を歌いながら、駐屯地を後にする。
そんな――蒼汰の姿は、かつてとはすっかり変わっていた。単純に気の持ちようで雰囲気が変わった分もある。だが、実際に蒼炎の反動で変わってしまった点がある。
まずは髪色。本来は日本人らしい黒髪であったが、今や蒼汰の髪は紺色に染まっている。
同様に、瞳の色も変化し、今は透き通ったブルーサファイアのような色をしている。
というように色が変わった影響もあって、今の蒼汰が蒼汰であると見抜くことが難しくなっている。
なお、この原因については既に蒼汰にも想像が出来ていた。
理由はステータスにある。
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Name:緋影蒼汰
Class:ノービス
HP:492/785
SP:83742/97584
ST:390/541
STR:559 DEF:498
MST:295 MDF:305
SPD:603 DEX:344
LUK:884 INT:452
Skill
『火傷耐性』『魔力過敏症』
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これが、蒼汰が最後に確認した時点でのステータスである。
異世界に召喚された時と比べて、全てのステータスが伸びている。これは、王都での厳しい訓練と、駐屯地へと向かう道中での戦闘経験によるものである。
ただし、SPを除いて。
蒼汰のSP――これが何故か、人によってはMPとなったり、TPとなったりする不思議な数値なのだが、蒼汰の場合はSPである――が、五桁に達しているのは、無論訓練の結果などではない。実際、駐屯地への到着時点では三桁しか無かったことを覚えている。
では、なぜSPが急激に増えたのか。その答えはスキルにあると、蒼汰は予想している。
それが、スキル『魔力過敏症』である。言葉からして、魔力に過敏になる能力であることは間違い無い。そして、SPとは即ち魔法を使うために必要な力――魔力を表す数値でもある。
魔力と関係の深そうなスキルを、魔力が増大すると同時に習得していた。関連性を疑う方が自然であった。
詳細は不明なものの、魔力過敏症がSPの増大に影響していることはほぼ間違いがなく。そして現状、デメリットのようなものも感じられない。故に、蒼汰はこのスキルを前向きに受け入れることにした。単純に、魔法に使える魔力が増えたものだと思うようにしたのである。
さらに言えば、突如髪と瞳の色が変わった理由も、このスキルにあると蒼汰は考えている。また、その変色の関連から、一度自分の身体が蒼炎化したことがそもそもの原因なのでは、とも考えている。無論、答えも確証も存在しないのだが。
「――どこに行くかなぁ。面白いとこがあればいいなぁ」
蒼汰は一人呟く。髪と瞳の色が変わり、駐屯地ではあたかも蒼汰が死亡したかのような戦闘の痕跡がある。このまま逃げれば、間違いなく自由の身になれる。
そう考えると、蒼汰はつい機嫌が良くなり、独り言や鼻歌が増えてしまう。
幸いにも、散々受けた訓練のお陰で、身一つで生き抜く術は十分身についているし、世界地図も頭に入っている。これからの旅の先行きは明るい。
こうして――後に蒼炎の英雄と呼ばれる少年の旅路が始まったのだが。
それを知る者は誰一人として居なかった。