第二十六話
ヴィガロに勝利した。
その後の蒼汰は――しばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。肉体を蒼炎へと変えたフレイムエンチャントも効果時間が終了。肉体は炎から、生身へと戻る。
「……おれ、いきてる、のか?」
蒼汰は、自分の生存を信じられずにいた。
蒼炎と化したことで、蒼汰は死を覚悟していた。自分が暴走した魔法を発動した自覚があり、故に死は必然だと考えていた。
蒼汰が学んだ知識は、あくまでも暴走魔法によりほぼ確実に術者は命を落とす、という点のみである。よって、竜言語という特殊な存在を介してスキルと暴走魔法が噛み合い、奇跡を起こしたという事実が理解できない。
しかし、十数分ほど立ち尽くした結果、ようやく実感が湧いてくる。
「……そうか。俺、生き残ったのか」
じわり、じわり。歓喜が蒼汰の胸に広がっていく。
ヴィガロという強敵を打倒したことはもちろん。結果的に自分自身が何か『吹っ切れた』ことに対する喜びもあった。
「俺――自由だ」
その言葉は、不思議と溢れてきた。蒼汰を取り巻く環境は何も変わってはいない。むしろ、悪化すらしていた。
帰還すれば、今まで通り勇者として戦うことになる。騎士団長は死に、心の支えであったネリーには見捨てられた。クラスメイトは蒼汰を称賛するだろうが、そうした上辺だけを見てすり寄る輩が蒼汰は嫌いな為、間違いなく衝突する。そして元通り、関係を悪化させるだろう。
しかし、それでも蒼汰の心は晴れやかだった。
「殺せばいいだけだったのにな。それだけで、うるさい奴らはみんな静かになる」
そう。自分の暴走魔法――蒼炎で燃やせば、どんな不快な存在も灰になって消える。
自分の世界は静かになり、イライラする事もない。
つまるところ、心が自由で居られるのだ。
「――なんか、楽しくなってきたな!」
ニヤリ、と無邪気な少年のように蒼汰は笑う。ヴィガロという障害を排除したことで、蒼汰の心はすっかり晴れやかに変わっていた。
「よし、まずは何をしようか……」
顎に手を当て、考え始める蒼汰。そして、ようやくあることに気づく。
「……とりあえず、服を着るか」
――蒼炎の、最大の欠点が判明した瞬間であった。




