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第二十四話




 ――様々なことを思い出していた。

 殴られ、意識が朦朧としながら、蒼汰は過去のことを考えていた。


 家族を拒絶したあの日。幼馴染を、妹を拒絶した日でもあった。それから少しずつ、世界が色褪せて……何もかもが、蒼汰の存在を拒絶しているかのように感じた。

 蒼汰という不良品を否定する。より優秀で、より善良な、もはや赤の他人と何も違わない何かに変わることを求められる。


 俺はそんなんじゃない。俺はクズだ。無能だ。小さなことに苛ついて、家族や幼馴染も許せなくて――けれど、俺はそんな自分のことが好きだ。

 いいところなんか何一つなくても、俺は俺のことが十分好きだったんだ。


 それを誰も認めてくれない。

 俺が俺を否定することを、俺が俺でなくなることを……俺が好きな俺自身を殺すことを、誰もが求める。


 異世界でなら、なにか変わるかもしれない。少しは期待した。けれど現実は、これだ。クラスメイトも、異世界人も、何も変わりない。

 結局のところ、俺は誰かにとっての不良品で、換えのきく小道具で……壊れるまで使い潰してようやく人並みの価値しか無い存在で。


 つまり誰も『使えない俺』自身を好きになってはくれないんだ。


 ――それに気づいた蒼汰の胸の中に、ある感情が芽生える。


 憎い。

 悔しい。

 許せない。


 理屈で言い表すことの難しい、純粋な憎悪が湧き上がる。自分以外の全てを憎み、拒絶し、破壊したいという衝動に駆られる。


 ――ああ、そうだ。なんで今まで、気づかなかったんだろう。


 自分が拒絶され、存在を否定されるのだから。

 自分だって、そいつを拒絶し、否定してやればいい。

 そこに存在していることすら、認めてやらないのだ。


 塵も残さないぐらい――真っ白な灰になるぐらい、この腹に煮えたぎる憎悪で焼き尽くしてしまえばいいんだ。


 それに気づくと同時に、蒼汰は呟いていた。


「――フレイム、エンチャント」


 正にヴィガロが蒼汰という存在を否定するため、爆炎を放ったのと同時の事だった。

 蒼汰は自分の持てる限りの魔力全てを動員して、フレイムエンチャントに注ぎ込む。当然、それほどまでの膨大な魔力が許容範囲に収まるはずもなく、暴走。フレイムエンチャントにより、蒼汰を包むはずの赤いオーラが、次第に荒れ狂い始める。

 それは爆炎の衝撃も熱も飲み込み蒼汰の身体を破壊しかねないほどの魔力の渦となり、その場に漂い始める。


 本来――過剰な魔力を注がれた魔法が暴走すると、ほぼ百パーセントの確率で術者が死亡する。暴走した魔法は魔法として発動すること無く崩壊し、術者へと逆流。既に攻撃性を帯びてしまった魔力は術者の体内を異物として駆け巡り、内蔵を隅々まで破壊し、脳をドロドロに溶かし、最後には全身から血と共に皮膚を突き破り、体外へと放出される。


 ただし、これは術者の体質や、魔法の種類によって微妙に異なる結果を得る場合がある。

 例えば自立型の魔法――召喚魔法などは、魔力が術者に逆流することはなく、その場で炸裂。この場合、魔力の炸裂の威力に耐えることが出来たならば、術者は生存する。但し召喚魔法に必要とされる魔力は膨大であるため、生き残ったとしても五体満足で済む可能性は無いに等しい。


 あるいは術者が通常の魔法と異なる経路で魔法を発動している場合、逆流せずに魔法そのものが暴走する場合もある。これは術者本人の竜言語の扱い方――つまり意識、認識に依存するものであるため、一概に起こる現象を語ることは難しい。


 そして――今回の蒼汰の場合、正にその意識、認識が影響していた。

 スキル『火傷耐性』の影響もあり、暴走した蒼汰の魔法は独特かつ唯一無二の現象を引き起こす。


 まず、異界の勇者が授かるスキルとは、召喚された時に竜言語と意識が繋がることにより習得するものである。つまり、本人の気質、性格が、そのままスキルとして現れる。

 つまり蒼汰の火傷耐性とは――常日頃から周囲に対して感じていた『憎悪』により、身を焼くような怒りを感じていたことに由来するものである。


 そして、スキル化するほどの強い気質であれば、当然意識を通じて竜言語にも影響がある。竜言語が影響を受けるということは、つまり竜言語の詠唱により発動する魔法にも影響があることになる。


 蒼汰の場合、自身の心さえ傷つけるほどの強い憎悪が、竜言語を介して暴走魔法に自傷的な影響を与えた。

 結果として、蒼汰の魔法が暴走した場合――全ての魔法の効果は反転し、自らを傷つけるような形で発動することとなる。


 本来ならば暴走した魔法の威力により即死するところが……蒼汰にはスキル『火傷耐性』がある。

 特に火炎属性の魔法は、竜言語の影響により蒼汰自身を焼き尽くそうとする方向で自傷効果を発揮する。だが、蒼汰の身体は炎熱による一切のダメージを受け付けない。


 では――フレイムエンチャントの場合は、どうなるか。


 本来のフレイムエンチャントは、火炎属性の魔力を物体に付与するだけの魔法である。しかし、これが蒼汰の魔力で暴走した場合、付与対象が蒼汰自身に限定される。また、付与されるのが魔力ではなく――蒼汰の心、意識の深層から生まれ出る自傷の炎へと変わる。


 自分以外の全てを憎み、拒絶し続けた蒼汰。

 その心を通じて起こる暴走魔法の色は――蒼。

 深く暗い、底無しの闇にも似た蒼い炎であった。


 憎悪の炎――蒼炎が、蒼汰の身体を包む。

 衣服を燃やし、装備していた短剣さえもドロドロに溶かして。

 最後には、蒼汰の肉体さえ燃やす。


 しかし熱くはない。

 蒼汰は、自分の肉体が炎に変わるのを感じていた。

 だがそこに痛みも、苦しみもない。開放感すら感じるほどであった。


 やがて蒼汰の肉体全てが炎に変わったところで、変化は終わる。

 自分自身を、蒼炎に変える。

 フレイムエンチャントが暴走した時の効果であった。


「――ヘェ、面白そうじゃねぇか」

 蒼汰の姿を見て、笑みを浮かべるヴィガロ。


「……うるせえ」

 対象的に、死人のような表情のままヴィガロを睨む蒼汰。


 両者――遂に激突する。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界の魔力暴走って、めちゃ怖いのね。
[一言] つまり、今蒼汰くんは裸であると 毎回裸になるなら対策は必須だな
[一言] ありがちな黒炎じゃないのがいいですね。逆に憎しみしかない混じり気のない澄んだ炎って感じで
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