第二十話
「――軍部としては、勇者とは独立した動きをとらせてもらう」
南端から駐屯地まで引き返した蒼汰と騎士団、そして勇者達を待ち受けていたのは、そんな軍部の無慈悲な選択であった。
「……ッ! ですが、勇者が一人でも多く生存することがこの国にとっても大事なはずです! このまま軍部の協力無しで撤退したところで、全滅するだけです!」
「だとしても、だ。要するに勇者を守る肉壁になれというのだろう? 兵を預かる立場として、そんなことは許すわけにはいかん。そもそも、騎士団が軍に命令することは出来ないはずだろう。どうやって、そのような要求を通すつもりだ?」
「今はそんなことを言っている場合じゃないでしょう!」
生き残った騎士団員の中から、代表者が一人、駐屯地の総指揮官と口論を繰り広げる。六魔帝が出現した、という報は既に駐屯地まで届いており、兵は撤退を開始していた。駐屯地に残っているのは、全体の一割強に過ぎない。
せめてその一割を使って、撤退する勇者の支援をしてほしい、というのが騎士団の要求であり、総指揮官はこれを突っぱねた。
立場が違うため、話し合い自体がそもそも成立せず、騎士団が帰還してからこの膠着状態が続いている。
他の騎士団員が勇者を連れ、撤退のための隊列は整えたものの、その背後を守る部隊が組めず、動けずにいる。その背後を守る部隊を軍から借りようという算段であったのだが――宛が外れてしまい、現在に至る。
「……そもそもだ。異界の勇者に頼ること自体が異常なのだよ。彼らはこの世界の異物だ。あげく、その異物の為に自国の兵を徒に死なせていては本末転倒だろう」
「……おっしゃることはわかります。ですが、彼らはまだ子供なのです。どうか寛大な処置を」
「子供というなら、一兵卒とてつい去年までは未成年であった者もいる。特別扱いの理由にはならんな」
どちらかと言えば――総指揮官の言う言葉に理があるように、蒼汰には思えた。勇者と言えば聞こえがいいが、言ってしまえば異国から拉致した少年を急造の兵士に仕立て上げただけの存在である。
たとえそれが戦力として強大であっても、所詮は異国の民。それを守るために自国の民を使い捨てるようなことは、まともな思考回路を持つ者なら選択しない。
とはいえ――それを理解していても、騎士団の立場としては、勇者を守りたいというのが心情であった。自国の都合で拉致した少年少女を見捨てるというのは、心境として選びたくはないものである。
また、騎士団長のアルバートが命を賭して勇者を逃したのだ。その遺志を無駄にしたくはない、というのが本音でもある。
(……平行線だ。このままじゃあ、全員が死ぬ)
蒼汰は、そんな騎士団員と総指揮官の口論を眺めながら考える。蒼汰もまた、騎士団長に遺志を託された者の一人である。直接言葉を貰った、ただ一人の部下である。
可能なら、騎士団長の――アルバートの願った通りにしてやりたい。
そのために何が必要か、考える。
(まずは……状況を整理するんだ)
周囲に視線を向け、見渡す。この場には騎士団の代表者が三名。軍の指揮官二名と総指揮官一名。
勇者側はまず蒼汰。そして佐々木幸次郎が男子生徒の代表。女子生徒の代表は蒼汰が名前も覚えていない地味な女子二人。さらに勝手に顔を出している剣城拓海の、計五名がここに居る。
他の勇者は精神的に不安定なため、こうした場に顔を出すのは無理であろう、と判断して騎士団員が連れて来なかった。蒼汰から見ても、役に立つとは思えなかった。その為、この場にいる勇者が、作戦上使える勇者の全てだと考えられる。
そこまで考えて――蒼汰はふと思う。妹の千里、幼馴染の遥、クラス委員長の輪廻はどうしたのだろう、と。こうした状況でリーダーシップを発揮するのは、常に彼女ら三人であった。女子生徒をこの異世界でまとめ上げていたのは、あの三人であったように思う。
だというのに、この場に居ない。……それは、最悪の可能性が考慮に入るものだった。
(――なんで、俺が動揺する必要があるんだ)
蒼汰は頭を横に振り、考えを吹き飛ばす。あの三人は、他人だ。既に死んでしまったクラスメイト達と同じ、他人なのだ。死んだからといって――気に病む必要など、無い。
そう、無いはずなのだ。
(……くそ。最悪な気分だ)
理屈では、蒼汰にとって三人の死はどうでもいいものであった。だが――感情は、心は違うと訴えていた。
死んでしまっても構わない――とまで言えるほど、自分はあの三人を嫌いではなかった。それが、なにか不純なように思えて、蒼汰は不愉快だった。
「……おい、幸次郎。使える勇者は、ここに居るので全員なのか?」
蒼汰は、そんな自分の心境をごまかすように口を開く。
「そうだね。他はパニックを起こしていて、話し合いに参加できるような状態じゃないし、戦闘だって出来ないと思う。精神的に大丈夫な人も、ほとんどが負傷していて騎士団の人に庇われながらどうにか戻ってきたぐらいだよ」
「……そうか」
「千里さん、斎藤さん、四ノ宮さんは負傷組だよ。命に別状は無いから、安心してくれていい」
「聞いてねえよ」
だが、それを聞いていくらか落ち着けたのは事実であった。
蒼汰は――少しぐらいは、三人の話を聞いてやろう、と思った。関係を改善するつもりは無いが、赤の他人としてなら会話してやるのも悪くはないだろう、と考えた。
そこまで考えたところで――騎士団員と総指揮官の口論に進展があった。
「そもそも、だ。犠牲を最小限にする、というならば適任者が居るだろう」
総指揮官の言葉は――思わぬ形で、蒼汰を地獄のどん底に突き落とす。
「相手は爆炎。ならば炎に耐性を持つものが殿を務めるのが定石。――居ただろう、勇者の中に。火傷耐性とかいう、他に使い道のなさそうな奴が」
――自分に、視線が集まった。
それを蒼汰は、つぶさに感じ取った。