第二話
一本のバナナを食い終わり、蒼汰は静かに通学路を進む。同じ学校に通う、同じ制服の学生の姿がちらほら見える。だが、その中に蒼汰と会話するような関係の者は居ない。そもそも、蒼汰には友達自体が存在しない。会話する相手自体が居ない。
「――蒼汰。おはよう」
その、はずだった。
蒼汰の背に、呼び声がかかる。振り返ると、そこに立っていたのは一人の少女。
「一緒に、学校いかない?」
その少女の名は、斎藤遥。蒼汰にとっての幼馴染である。
蒼汰は――幼馴染のことも無視する。黙って先を歩く。
否定もされなかった。そう解釈したのか、遥は蒼汰を追うように駆け、距離を詰める。すぐ後ろについて歩く。
その表情は迷いと罪悪感。そして僅かばかりの幸福によって複雑に微笑んでいた。
「……久しぶりだね、こういうの」
そんな遥の言葉を、蒼汰は尽く無視する。
「ねえ蒼汰。何か言ってよ、もう」
「赤の他人と馴れ合う趣味は無い」
突き刺すような一言。遥の表情は一瞬にして暗く絶望に染まる。
「……なんで、そんなこと言うの」
「事実だし、他人と話したくない。コミュ障だからな、俺は」
「そんなことないよ。蒼汰は――」
「知ったような口を利くなよ」
脅すように、蒼汰は声を低くして告げる。息を飲み、黙ってしまう遥。
そのまま、二人は学校に向かって歩き続ける。通学路を、一人と一人が歩いてゆく。足並みを揃えるのは遥の方だけで。蒼汰は、誰かが後ろからついてきている、という事実さえ否定したがっている様子だった。
「……ねえ、蒼汰」
そんな蒼汰にも、遥はめげずに声をかける。
「昔みたいにさ。私たち、仲良くできないかな」
そして勇気を振り絞り、伝えた。
遥は、期待していた。想像、妄想をしていた。真剣に向かい合えば、きっと蒼汰は分かってくれる。応えてくれる。だって蒼汰は――優しいから。
そんなある種の信頼を、蒼汰は。
「お前なんかと、仲良くしてたことなんか一度も無い」
たった一言で、打ち砕いた。
遥は足を止めてしまう。蒼汰の後ろをついていくのが、苦しかったから。言われた言葉が、刃物のように胸に突き刺さったから。
苦しくて、痛くて。悲しみが溢れ、涙が溢れ、その場で泣き出してしまう遥。
それでも、蒼汰は遥を相手にしない。
なぜなら、それを望んだのは、遥の方だから。
蒼汰を拒絶する道を選んだのは、遥だから。
と――蒼汰は、本気で思っていた。
啜り泣く遥の声を背に、蒼汰は学校へ向かう。重くも軽くもない、いつもどおりの足取りで。けれど、涙する幼馴染に、多少は影響されて。
少しばかり、昔のことを思い返していた。