第十九話
六魔帝。事前知識として勇者の全員が叩き込まれた、魔族の要注意人物。それぞれが一騎当千の強者であり、たった一人で数百人の兵士を相手取ることが可能なほどの存在。
その中の一人――爆炎のヴィガロ。爆裂と火炎の上位魔法を同時に行使する、二重無詠唱魔法の使い手。戦場の状況から察するに、あの魔族こそがその六魔帝、爆炎のヴィガロなのだろう。と、蒼汰は推察した。
既に戦線は崩壊。勇者と騎士団の戦死者に加え、六魔帝まで出現した。一般兵は散り散りに、騎士団は恐慌状態にある勇者を守りながら撤退する。
その背面に目掛け、ヴィガロは続けざまに魔法を放つ。爆発により体勢が崩れ、そこを灼熱の炎が襲う。恐るべき魔法の連鎖に、次々と兵士が、騎士団員が絶命していく。
だが、勇者の被害は最小限であった。最初の不意打ちで数名の勇者が即死したものの、その後は騎士団が身代わりとばかりに守り通し、負傷者を出すこともなく撤退を続けている。
だが、それも時間の問題であろう、と蒼汰は容易に想像出来た。騎士団は魔法で炎を防ぎ、勇者を守り続けている。だが、それがいつまでも持つとは思えないのだ。一人、また一人と焼き殺される騎士団員。魔力の消耗よりも、人員が欠けていく方が早い。じきに守りを失い、勇者は全滅するだろう。
顔見知りが黒焦げの炭に変わる様に、吐き気を覚える。だが、吐いている場合ではない。手段を考えねば――勇者は、つまり自分も含めた全員が死ぬ。
「……蒼汰、撤退だ。一人でも多くの勇者を連れ帰れ。私からの、最後の命令だ」
そこで、騎士団長の声が掛かる。
「団長!?」
「アレを引き止め、時間を稼げるとすれば私ぐらいだ。……その間に、お前たち勇者は逃げろ。ここで死にさえしなければ、いずれ力を得て、アレを打倒することも可能だろう。そのためには蒼汰。お前が必要だ。軍人としての訓練を受けたお前なら、勇者を正しく統率出来る。俺の代わりに、あの子達を導いてやれ」
「……団長」
それ以上、騎士団長は何も言わなかった。剣を構え、六魔帝ヴィガロの方へと駆けていく。
「――六魔帝、爆炎のヴィガロよッ! 我こそはヒルヴェイン王国王都騎士団長、アルバート!」
「ヘェ、鉄壁のアルバート様かい! こりゃあおもしれぇ! オレサマを止めてみな!!」
そうして、両者は激突した。騎士団長――アルバートは全身から白いオーラを放ちながら、ヴィガロに斬りかかる。それを回避しつつ、爆炎の魔法を放つヴィガロ。
爆炎の直撃は避けつつ、前進するアルバート。普通の騎士であれば、余波だけで深いダメージを負う。だが、アルバートは大したダメージを受けていない。白いオーラが、炎を弾いているのだ。
アルバートの身体能力は、ヴィガロと同等のものであった。優れた剣術の使い手でもある為、確実に追い込み刃がその身を裂く。だが魔族であるヴィガロは、瞬時にその傷が癒えるため、決定打にはなっていない。
もしも――ヴィガロの爆炎がアルバートを捉えた時。勝負は決着を迎えるのだろう。と、蒼汰は想像する。となれば、残された時間はそう多くない。
「……すみません、団長っ!」
数少ない、尊敬できる大人であった。だからこそ、躊躇してしまう。
しかし、その団長自身が蒼汰に指示を残したのだ。歯を食いしばりながら、蒼汰は背を向け、駆け出した。逃げるため。嫌いな奴ら――クラスメイトを、どうにか防衛基地まで逃してやる為に。
「……ようやく行ったか」
蒼汰の姿が離れていくのを見て、アルバートは呟いた。
(こんな血腥い戦場に子供達を連れてきておきながら……感傷に浸るなど、許されないとは思うのだが)
アルバートは、剣を握る力を強める。
(それでも、出来るならば、彼らに救いを与えてやりたい。一人でも多く、生き延びてほしい)
それが、騎士団長としてでなく、アルバート個人としての思いであった。
勇者召喚。その制度の是非については、古来から繰り返し議論が交わされてきた。
アルバートの所属するヒルヴェイン王国は肯定派であり、他国には否定派もある。そんな時勢の中召喚された少年少女達を、どうにも哀れに思ってしまうのが、アルバートという男であった。
肯定派の国にいながらも、個人としてのアルバートは否定派なのだ。
だからこそ、生き延びるための力を与えた。厳しい訓練を課し――特に弱いと思われた緋影蒼汰は、徹底的に鍛え上げた。
そしてこの戦況、この状況。もはや、アルバートに出来ることは一つしかない。
「……テメェ、余計なこと考えてんじゃねぇだろうな!?」
次の瞬間、ヴィガロの爆炎がアルバートのすぐ傍らで炸裂。衝撃で体勢を崩し、剣戟の連鎖が途切れる。同時にヴィガロが距離を取り、勝負が仕切り直される。
「せっかくの殺し合いダァ、本気を出してもらわねェと楽しくねェだろ? あぁん?」
「……そうだな。殺し合いの最中、考えるようなことではなかった」
アルバートは言うと気を引き締め――白いオーラをよりいっそう濃く纏う。
「テメェのそのオーラ……えらい防御力だと思ったが、タネはなんてこたぁねえ。ただのホーリーエンチャント。神聖属性による身体強化の支援魔法だな?」
「ほう、魔族にしては察しがいいな」
アルバートは、あえてヴィガロとの会話に乗ることにした。こうして時間をかせぐことが、勇者達の生存に繋がるなら、手の内を晒すことも惜しくはない。そもそも――これが身体強化の支援魔法だと判明したところで、困ることは何も無い。
「しっかし、下級の支援魔法をそこまで極めるたァ、偏屈なヤローだな、テメェ」
「ふん。私には剣と、僅かな支援魔法の才能ぐらいしか無かったからな。使えるものを最大限使い続けた結果のことだ」
「ヘッ、それでここまでの強化魔法が完成するとはなァ! 恐れ入ったぜェ!!」
敵であるアルバートを称賛したヴィガロ。それと同時に、爆炎魔法を放ちつつ、アルバートへと襲いかかる。
「ここで失くしちまうのが惜しいぐらいの技だぜェ!」
(……ふん、心配されずとも、この技は既に伝授してあるさ。一人の勇者に、な)
アルバートは、口に出さず、ヴィガロの攻撃を回避しつつ考えた。
(まあ――蒼汰の奴は、何ということのない、ごく普通の身体強化魔法だと思っていたようだが)
何にせよ、遺せるものは、全て遺したのだ。ここで散るとしても――アルバートに、悔いは無かった。
盛り上がりどころが近いので、ちょっと連続投稿をしてみます。
明日から一日に三回投稿を数日ほど続けますので、よろしくおねがいします。