表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/79

第十七話




 翌日。勇者達は騎士団と共に、防衛拠点へと向かい王都を発った。

 行軍は徒歩で一月ほどのものとなる。道中で複数の都市に立ち寄り、物資の補給をしながら、魔族と交戦中の防衛拠点のある国境付近へと向かって進んでいく。

 勇者と言えど、その点に関しては特別扱いはされない。馬車があるのは物資輸送の為であり、人を乗せて楽をさせる為ではない。


 女子を中心に文句の声は上がったが、それも数日だけのこと。そもそもステータスが高い為、勇者にとって徒歩の行軍はさほど辛いものではない。結果として、三日も立てば全員が黙々と隊列を維持したまま足を進めるようになった。


 夜になれば、野生の獣や魔獣、魔物に襲われることもあった。

 魔獣とは魔法的な能力を持つ獣の総称であり、魔物は異形の怪物、いわゆるゴブリンのような存在を指す。どちらも世界に偏在する危険生物であり、駆除対象である。襲われたとなれば、撃退――つまり殺さなければならない。

 勇者達は、ここで初めて、自分の手で命を奪うという経験を経ることとなった。


 精神的に脆い者は、魔獣や魔物を殺した後に嘔吐することもあった。だが、それも半月ほどしたころには無くなった。

 勇者達は、誰もが行軍を経て、確実に戦士、軍人として成長をしていた。


 そんな中――蒼汰の成長は目覚ましかった。

 斥候として積んだ訓練のお陰で、活躍の場面は無数にあった。時には周辺の安全確認の為、騎士団の斥候と共に先行することもあった。野営の訓練も受けていた為、勇者達の設営を先導し、指示するのは主に蒼汰の役目であった。

 そうした理由もあり、クラスメイト達の蒼汰に対する悪感情はわずかばかり和らいだ。


 ただ、それでも蒼汰自身がクラスメイトを受け入れなかった。その為、関係改善というほどの状況には至らなかった。

 故に蒼汰の精神的な負担は連日かなりのものであったのだが、それを支えたのがネリーであった。夜、蒼汰は必ずネリーに通信魔石で連絡をとった。その日あったことを蒼汰が話し、ネリーもまた他愛のない日常の出来事を話す。ただそれだけの時間があったお陰で、蒼汰のストレスは大きく緩和されていた。


 そうした一ヶ月の行軍を経て、勇者達と騎士団は国境の防衛拠点へと到着した。

 防衛拠点には仮設の駐屯地が広がっており、およそ半日ほど引き返した地点にある防衛基地からの補給を受けつつ、常に魔族との小競り合いを続けている。戦闘自体は散発的に発生しているのだが、勇者召喚の後頃から魔族側の攻撃が活発化。

 勇者達が到着した現在も、駐屯地を外に出てすぐに交戦区域が広がっており、魔法による炸裂音や、武器のかち合う金属音が響いている。


 到着次第、勇者達は騎士団長の指示で出撃の準備を整える。装備の確認と点呼を行い、それを担当者――現在は蒼汰がまとめ、報告する手筈となっている。

「団長。勇者一同、揃いました。装備にも不備不足はありません」

 蒼汰が報告をすると、騎士団長は頷きながら答える。

「そうか。半刻後、現在の交戦区域の南端に向かって進軍する。各自、そのつもりで身構えているように」

「わかりました、伝えておきます」


 騎士団長の指示を受け、蒼汰は勇者達、クラスメイトに伝達する。

「聞いてくれ。次の出発は半刻後。交戦区域の南端に向かうらしい。それまでに準備をしておいてくれ。それまでは休んでいていいらしいぞ」

 蒼汰の指示を受け、クラスメイト達は各自で休憩を取り始める。その場に座り込む者も居れば、割り当てられた天幕に入って行く者もいた。中には緊張や興奮からか休憩に入らず、柔軟運動などをこなして出発に備える者もいた。


 そんな各自の動きを確認した後、蒼汰も休憩に入る。蒼汰は他の勇者達とはステータス的にも、役割的にも違う立場にある。故に、与えられた天幕はクラスメイトとは離れた場所にある。騎士団の斥候部隊員に与えられた天幕の近く。

 ただ、曲りなりにも勇者ではあるため、同じ天幕を割り当てられた者は居ない。つまり、蒼汰は一人で一つの天幕を使える特別扱いを受けていた。


 それは――通信魔石を使うには都合の良い環境でもあった。特段秘密にするようなことでもないが、見せびらかすようなことでもない。他人の目が無い場所で使えるなら、それに越したことはない。

 そうした考えもあって、これまでも蒼汰は一人の時間を見つけて通信魔石を使うようにしていた。

 今日も出撃まで一人の時間が出来た為、この一ヶ月繰り返してきたとおり、ネリーに繋がる通信魔石を握り、魔力を込める。


 最初は――訓練を受け始めた頃は、この魔力を込めるという単純なことでさえ苦労した。そんなことを思い返していると、通信魔石がちょうどつながった。

「……蒼汰様ですか?」

「ああ。俺だよネリー」

 声が聞こえた途端、身体から緊張が、疲れが抜けていくような感覚を蒼汰は覚えた。


「日中にご連絡いただくのは珍しいですね。どうなさったんですか?」

「ちょうど今、前線の防衛拠点に到着した。今、出撃前の自由時間なんだ。半刻したら、交戦区域の南端で、初の魔族戦だ」

「そうでしたか。……どうか、無理はなさらないようにお願いします。蒼汰様が無事に帰ってきてくださることを、このネリーは何よりも願っておりますので」

「ああ。俺だってそのつもりだよ」


 二人はそうして、他愛のない会話を続けた。半刻、という時間は流れるように疾く過ぎ去った。

 こうして、いよいよ訪れた出撃の時。勇者達は騎士団員の作る隊列の後方に並び――予定時刻通り、予定した地点へと向かって歩き出した。

 ――それがまさか、絶望的な戦地であるとは想像だにしないまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いよいよ、覚醒の時は近いか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ