第十六話
自室のベッドに横になり、蒼汰は目を閉じていた。眠気は無い。だが、そうしていれば静かになる。視界も遮り、全てを拒絶して一人きりになる。それが、蒼汰の荒れた心を落ち着ける為の手段の一つであった。
やがて瞑想がただの仮眠に変わろうとしだした頃。部屋をノックする音が聞こえる。
「蒼汰様。私です、ネリーです」
その声を聞いて、少しばかり安堵する蒼汰。妹か幼馴染が押しかけてくる可能性もあったが、杞憂に終わった。
「入ってくれ」
蒼汰の許可を得て、ネリーは入室する。
「……少しだけ、お話をさせていただいてもいいでしょうか?」
「ん、まあ、いいぞ」
どうしたのか、と疑問に思いつつも、蒼汰はネリーの要求を許可した。すると、ネリーは蒼汰の傍ら――ベッドのすぐ横まで近寄って、腰を下ろす。
「まずは、蒼汰様にお渡ししたいものがありまして」
そう行って、ネリーは二つの水晶球を取り出した。手のひらに乗る程度の小さな球が二つ。その片方を蒼汰に差し出す。
「これは?」
「通信魔石、というものです。魔力を込めると、対となる魔石との間に繋がりが出来て、音声だけですが通信が可能になるものです」
その通信魔石を、ネリーは蒼汰の手に握らせる。
「どうか、これを蒼汰様に持っていて欲しいのです。何かあれば……私が、お話を聞きますから」
「……急に、どうしたんだ?」
突然のことで、蒼汰はネリーを訝しむ。露骨な顔をしてみせたが、それでもネリーは穏やかな表情のまま応える。
「蒼汰様の、力になりたいのです。私は、侍女として蒼汰様のお世話を任されました。ですが、その役目として以上の思いで、蒼汰様のことを好ましく思っております」
「……俺は、そんな好かれるような人間じゃない」
「そうやって、わざと嫌われようとするところ。私は、蒼汰様が本当は優しくて、とても真面目な方だからこそのものだと分かっておりますから」
照れ隠しにしてはきつい蒼汰の言葉を、ネリーは何でも無いように受け止めてみせた。
「他の勇者様方とは、あまりよい関係でないことは存じ上げています。ですが、私は今まで蒼汰様が真剣に訓練へと取り組むのを見てきました。蒼汰様が、自分でやると決めたことには真剣に、懸命に取り組むことができる方だと、私は知っています。だから――私は、そんな蒼汰様は素敵な方だと思っています」
真っ直ぐに、蒼汰を褒め続けるネリー。その言葉を受け、蒼汰は面食らいつつも、嬉しく思っていた。自分を理解してくれる。受け止めてくれる。そんな経験は――蒼汰にとっては、初めてと言っていい経験であった。
故に、蒼汰は感激のあまり言葉を失っていた。
「ですから、私は蒼汰様の力になりたいと思ったのです。明日から、お側にいることはできなくなってしまいますから、せめて話し相手になって、少しでも心の疲れを解すことが出来れば、と思いまして。それで、この通信魔石を用意したのです」
「……そう、か」
蒼汰は、どうにか頷きつつ言葉を捻り出す。受け取った通信魔石をしっかりと握りながら、ネリーに返す言葉を選ぶ。
「……ありがとう、ネリー。嬉しいよ」
そして――蒼汰は笑みをこぼし、感謝を口にした。どちらも、久しく人に向けた記憶のないものであった。
そんな表情を、言葉を引き出してくれたネリーのことを、蒼汰は特別な存在であるかのように感じていた。
盛り上がりどころが近いので、週2回程度まで投稿ペースをあげます。
ストックはないのでいつまで続くかわかりませんが……。