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第十五話




 工作員としての訓練が決まってから、蒼汰の毎日は早く過ぎ去っていった。日中はクラスメイトに陰口を叩かれながらも、一心不乱に基礎体力を付ける訓練に勤しむ。夕食と僅かな休憩時間の後は、技術訓練。工作員としての基本技能――道具、薬学の知識や、気配を消して行動する技術の習得。時には暗殺技術を。またあるときは、誰でも扱える基礎的な魔法の訓練を行った。


 着実に成長していると、蒼汰は感じていた。だが、それがクラスメイトからの評価に影響することは無かった。夜間の訓練はクラスメイトが把握しておらず、その努力もまた認識されていない。そもそも、たとえ努力の成果が実ったとしても、今更蒼汰を見直すような者も居ない。

 完全に孤立した状態で、蒼汰は日々を過ごしていった。


 そんなある日のこと。日中の訓練が終わった後、普段ならば解散となるところで全員が集められた。

 そして騎士団長の口から、思わぬ言葉が告げられる。

「いよいよお前達にも、実戦経験を積んでもらおうと考えている」

 その言葉を受け、ざわつき始めるクラスメイト達。それを蒼汰は冷めた目で見る。分かりきっていたことで、どうして今更騒ぐのか、と。


「魔族の侵攻を受けている防衛拠点がいくつかあるが、その中の一つが現在も交戦中だ。お前達にはそこで魔族との戦闘を経験してもらおうと思う。不安に思う部分もあるだろうが、拠点には騎士団が先行している。いきなり最前線に立たせるようなことは無い。せいぜい、戦場の端の方で敗走する魔族の背中に追い打ちをかけるぐらいだろう」

 おおよその説明を受けるにつれ、ざわつきは収まっていく。実戦と言っても、それほど危険なものではない。そう理解できる内容であった為だ。


「とは言え、油断をすれば大怪我をすることも、最悪の場合は死ぬことすらありえる。決して気を抜くことの無いように。――では、明日から防衛拠点へと向かうことになるので、今日はしっかりと休んでくれ。以上、解散!」

 こうして、単なる高校生に過ぎなかった少年少女達が勇者に――軍人になる時が来たのであった。



 その後、夕食の席は実戦の話でもちきりだった。誰もが恐怖や、妙な興奮等様々な感情で浮足立っていた。

 蒼汰もまた、同じであった。日夜励んだ訓練の成果がいよいよ出せるのだ。そう考えると、戦いも――魔族という存在を殺すことも気にならなくなる。


「……ねえ、蒼汰」

 そんな蒼汰の背中に、声をかける者が居た。幼馴染、斎藤遥である。

「実戦のことなんだけど」

 今になって、何の用があるのだろうか。蒼汰にはまるで遥の意図が理解できなかった。そのまま応じることも無く、無視を徹底。夕食を食べ続ける。


「不安とかは、無いの? その、死んじゃったりするかもしれないし」

 質問を受けても、蒼汰は答えない。黙々と食事を続ける。

「だから……このままなんて、嫌だよ。仲直りしたいよ」


 遥の言葉に苛立ちつつも、蒼汰は無視を続ける。仲直りと言うが、そもそも直すような関係性など最初から存在しなかった。と、蒼汰は考えている。故に、聞く耳を持つ必要も無い。

 だが、そうして無視を続けているうちに、さらに人が増える。

「――お兄ちゃん」

 妹、緋影千里である。


「私も、遥とおんなじ気持ちだから。こんな時だけど……ううん、こんな時だからこそ、ちゃんと仲直りしたい。お兄ちゃんと、昔みたいに――」

 千里の言葉は、そこまでで遮られてしまう。バンッ! と、蒼汰が強くテーブルを殴りつけた為である。驚き、怯え、千里は口を噤んでしまう。


「要するに」

 蒼汰は、二人にまとめて返事をする。

「お前らは俺のことが嫌いなんだろ」

「そ、そんなことないよ」

「そうだよ、私たち、お兄ちゃんのことが心配で……」

「もういい。黙れよ」

 蒼汰は食事も終わっていないのに席を立つ。


「優しくて都合のいい男が欲しけりゃ、向こうに都合のいいヤツがいるだろ。俺に、同じものを求めるな」

 言って、蒼汰は指し示す。そこには、心配げに様子を伺う幸次郎の姿があった。

「じゃあな」


 蒼汰は背を向け、食堂を後にする。自室へと引き返していく。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界にきて勇者やると言った時点で、戦争マシーンなのは当然の既定路線なのに、 積極的に勇者君選んだ人達は、何不安がってるんだろ。 ゲームじゃないってのにね。 覚悟不足準備不足を言い訳にし…
[一言] あこれ囮になるやつだろこれ。
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